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東京高等裁判所 昭和28年(う)1247号 判決 1953年6月20日

控訴人 被告人 笹沢久

弁護人 竹上半三郎 坂本忠助

検察官 金子満造

主文

原判決を破棄する。

被告人を罰金五千円に処する。

右罰金不完納の場合は金弐百円を壱日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

被告人に対しては公職選挙法第二百五十二条第一項の選挙権及び被選挙権を有しない旨の規定を適用しない。

被告人が選挙運動者山浦育男に対し自己のため投票取纒方を依頼しその報酬並びに資金として金五百円を供与したとの点については被告人は無罪。

理由

弁護人竹上半三郎及び坂本忠助の論旨第一点について、

原判決が判示第二の事実認定に引用する論旨摘録の証拠を綜合すれば、被告人及び其の選挙運動者である山浦育男は其の選挙区内である宮沢部落居住の選挙人約十名に対し一票につき金五十円宛を供与して其の投票を買収すべきことを共謀し、之が資金として被告人より山浦育男に原判示の如く、金五百円が手渡され、右金員は更に山浦育男より同趣旨のもとに山浦亮に一且手渡されたのではあるが、結局全然使用されることなく、そのまま後日右山浦亮から被告人の弟笹沢始に返還されたことが認められる。

然らば、少くとも被告人及び山浦育男は前示宮沢部落に於ける投票買収についての共謀者であり、其の間に授受された右金五百円は山浦育男に対する報酬として同人の所得に帰せしめる趣旨を含まず右買収の為の資金なのであつて、被告人より山浦育男に之を供与したのではないから、公職選挙法第二百二十一条第一項第一号にいわゆる金銭供与罪の成立を認むべきでないばかりでなく、右金員の授受は共謀による買収実現の為にする共謀者内部の関係に於ける準備行為の分担に外ならずと認むべく、右両名共謀による前示山浦亮に対する買収犯の成否については之を別個に考察すべきであるとしても、少くとも被告人と山浦育男との間に於ては同法条第一項第五号にいわゆる交付罪の成立をも認むべからず、何等の罪をも構成しないものと解すべきである。

然るに原審はその判決事実摘示第二に於て被告人及び山浦育男間に於ける右金員の授受を公職選挙法第二百二十一条第一項第一号に所謂金銭供与罪に該当するものと認定判示している以上、此点に於て事実を誤認し、延いては法令の適用を誤つた違法あるものと謂わなければならず、右違法は判決に影響を及ぼすこと明らかであるから、原判決は破棄を免かれない。論旨は結局理由がある。

(その他の判決理由は省略する。)

(裁判長判事 稲田馨 判事 石井文治 判事 古田富彦)

控訴趣意

第一点原判決は判決に影響を及ぼすことの明かな事実の誤認がある。

一、原判決は第二事実として被告人笹沢久は昭和二十七年十月四日自宅において、選挙運動者である山浦育男に対し自己の為に投票並びに投票取纒方を依頼し、その報酬並に資金として金五百円を供与したものである。との事実を認定し公職選挙法第二百二十一条第一項第一号に該当するものと為し、以上の事実認定の証拠として、被告人並に山浦育男の各検察事務官作成供述調書と被告人の原審公判廷における供述を援用して居る。

二、仍て右各証拠を検討して見るに被告人の検察事務官作成の供述調書中には、十月四日山浦育男が自分方に来て宮沢方面に必要だから五百円欲しいと云つたので百円札五枚を渡したがこの金は使わなかつたと云つて自分の弟の方に返して来たと供述して居り、又山浦育男の同上供述調書中には十四日午前六時頃候補者である被告人方に行つた処、被告人より宮沢部落を心配してくれ、一票五十円位でやつてくれ、と云われて五百円を渡された。自分は予て山浦亮に十票位纒めて貰う様頼んで置いたのでこの五百円を渡す積りで同日山浦亮方を訪ねたが不在であつたのでその儘持帰りその日の内に被告人の弟始に右五百円を返還したとの趣旨を供述して居る。原判決は第二事実認定の証拠として被告人の原審公判廷における供述を援用しているが、被告人は原審公判廷においては右事実に関する具体的の供述をして居ない。

次に原審において証拠として提出せられ原判決が第一事実証拠として援用して居る被告人の実弟笹沢昭の供述調書中には右五百円を十月四日山浦育男より返還せられたので、その翌日である投票当日の十月五日朝自分と山浦亮方を訪問し、亮が拒否するのを押して無理に五百円を置いて来た処、その二月後に亮から五百円全部を返還して来たので受取つたとの供述記載がある。

三、以上の各証拠によつて明かな如く本件の金五百円は最初より買収を共謀して居た被告人より選挙運動者山浦育男に宮沢部落の投票十票を一票金五十円宛を以て買収する為にその買収資金として交付せられたものであつて、その資金中には選挙運動者である山浦育男の一票分の投票報酬は勿論同人の選挙運動報酬を含んで居ない事実が極めて明かである。投票を買収せんとする共謀者間において、その買収資金を授受するもそのこと自体は公職選挙法第二百二十一条第一号の供与罪を構成しないことは旧衆議院議員選挙法第百十二条第一項第一号につき大審院判例の示す通りである。(昭和九年(れ)第二四八号同年四月十六日第二刑事部判決、大審院判例集第十三巻四八五頁以下)

四、而して原判決第二事実の五百円に対しては前記笹沢始の供述調書等に示されて居る通り結局投票買収費に使用せず、現実に選挙の公正を害した事実は全く存在せず、唯単に買収の共謀者間において授受したとの事実が存在するのみで、公職選挙法第二百二十一条第一項第一号所定の供与罪は成立せず、故に同法第二百二十一条第一項第五号の交付罪に該当するものとしても、現実に投票買収の為に使用せられて居ない事実に照合すれば、その罪状は極めて軽く従つて原判決の認定は判決に影響を及ぼすべき事実の誤認があるものと云わなければならない。

(その他の控訴趣意は省略する。)

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