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東京高等裁判所 昭和28年(う)170号 判決 1953年4月22日

控訴人 被告人 落合陳恒

弁護人 宮崎梧一

検察官 曽我部正実

主文

本件控訴を棄却する。

当審における訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は弁護人宮崎梧一作成名義の控訴趣意書に記載されたとおりであるから、ここにこれを引用し、当裁判所はこれに対し次のように判断する。

第一点について。

本件は略式命令を不服とする被告人の請求によつてなされた正式裁判であるところ略式命令書の原本又は謄本が本件記録に編綴されていないこと所論のとおりであるが、正式裁判の請求により裁判所がその審判をするにあたり略式命令の原本又は謄本を必ず記録中に編綴すべき旨の規定は存在しないのみならず、正式裁判の請求による審判手続は、略式命令に基いて行われるのではなく、起訴状(略式命令請求書)を基礎として通常の手続規定に従い行われるものであるから、略式命令書の存否は右審判手続の効力に何等の影響を及ぼすものではない。なお所論裁判官の除斥事由の有無の如きは記録以外の資料によつてもこれを調査する途がないわけではないから右調査の不便を理由とする所論も容認できない。論旨は理由がない。

第二点について。

所論告発書が訴訟条件的事実立証のためではなく、本件犯罪事実立証のため検察官から提出されたこと並びに被告人がこれを犯罪事実立証のための証拠とすることに同意せざる旨主張せるに拘らず、原審がこれを証拠として受理しその取調をしたことは所論のとおりである。而して本件告発書の如き、告発権者なる所轄税務署長が捜査機関に対し特定の犯則事実を申告し、犯人の訴追を求める意思表示を内容とする書面は犯罪事実を立証するための証拠とすることはできないに拘らず、原審が漫然これを右証拠として取調を了し、且つこれが排除決定をしなかつたことは違法であるといわなければならない。しかし、原判決は右告発書を本件犯罪事実認定の証拠として掲げていないのみならず、原判示事実はその挙示する証拠によつて十分これを認められ且つ右告発書が本件犯罪事実の証拠として記録中に存するため原判決に何等かの影響を及ぼすものとは認められないこと極めて明白であるから原審の訴訟手続に右の如き法令の違反があつても、それがため原判決を破棄すべき事由があるとは認められない。論旨は畢竟、理由がない。

よつて刑事訴訟法第三百九十六条第百八十一条第一項に則り主文のとおり判決する。

(裁判長判事 坂間孝司 判事 鈴木勇 判事 堀義次)

弁護人宮崎梧一の控訴趣意

第一点原判決は、略式命令を不服とする被告人の請求によつてなされた所謂正式裁判であるところ、本件記録には右略式命令書の原本は固より謄本も見当らない。

元来、正式裁判の請求により判決をしたときは、略式命令は、その効力を失うのであるから、略式命令書の存否如何は問題でないといわれるかもしれないが、本件のように、略式命令書が存在しないと、略式命令をなした裁判官の何人であるかが判明せず、従つて正式裁判たる原判決をなした裁判官と略式命令の裁判官とが果して異るのかどうか判断するに由なく、結局刑事訴訟法第三七七条第二号に所謂法令により判決に関与することができない裁判官が判決に関与したかどうかの調査が不可能となる虞が生ずる。被告人が送達を受けた略式命令謄本を調査すれば、事は極めて容易であるといわれるかも知れないが、盗難、紛失等の危険も保し難いのである。そのような場合には、更に進んで、直接略式命令をなした裁判所につき実地調査の労を執るべし、との議論もあり得ようが、幾多のケースのうちには時日と費用との関係から必ずしも簡単にはいかない場合があるものと思料する。この種事件の記録上略式命令書を編綴しないのが一般であるのかどうか、不幸にして承知しないけれども、どの裁判官が略式命令を発したかは、極めて重要な事柄であるから、須らく訴訟記録に編綴すべきものと考える。

本件記録に略式命令書を編綴しなかつたのは上叙の意味合からいつて訴訟手続の法令違反に該当し、右違反は判決に影響を及ぼすこと明らかであるから、原判決は破棄を免れないと信ずる。

第二点原審第一回公判調書によれば、検察官は、本件犯罪事実を立証するため(1) 告発書、(2) 通告書、(3) 保管証、(4) 犯則事件報告書、(5) 領置てん末書、(6) 証拠品提供書、(7) 酒類検定書二通、(8) 被告人の厚木税務署収税官吏に対する質問てん末書、(9) 被告人の検察事務官に対する第一回供述調書につき証拠調を請求し、被告人は、これに対し、右(3) (5) (6) (7) は証拠とすることに同意したが、(1) (2) (4) (8) (9) については証拠とすることに不同意の旨を明示したところ、検察官は右(2) (4) の証拠調を撤回したことが明らかである。然るに、同公判調書によれば、裁判官は、右検察官請求のうち、(1) (3) (5) (6) (7) は採用する(8) (9) は留保する旨決定を言渡し、(1) (3) (5) (6) (7) の取調を為したことが明白である。

記録一五丁以下編綴の告発書を見るに、これは、疑もなく、刑事訴訟法第三二一条に所謂「被告人以外の者が作成した供述書」であつて、同条第一項第三号に該当する書面であるから、供述者が死亡その他の事由により公判準備又は公判期日において供述することができず、且つ、その供述が犯罪事実の存否の証明に欠くことができないものであるときに限つて証拠能力を認められるに過ぎないものである。而もその供述が特に信用すべき情況の下になされたものであるときに限る、との厳格な条件に服しなければならないのである。

然るに原審は何等右のような条件の調査をなすことなく、本来証拠能力を有しない右告発書につき、被告人の不同意を無視し、卒然として証拠調をなしたのは、重大な訴訟手続の法令違反である、とせねばならない。而も右告発書の取調請求が、本件犯罪事実の立証のためになされたものであつて、単に本件につき収税官吏の告発があつたとの点の訴訟条件的事実の立証のためになされたものでないことは、これが取調請求に当つてなされた検察官の冒頭陳述に徴して疑う余地がない。右法令違反が判決の結果に影響を及ぼすことは明らかであるから、原判決は破棄を免れないと信ずる。

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