東京高等裁判所 昭和28年(う)1866号 判決
被告人 後藤昭二
〔抄 録〕
次に本件火炎瓶が、爆発物取締罰則に所謂爆発物に該当するか否かを案ずるに、
抑も爆発物取締罰則に所謂爆発物については、同罰則は単に爆発物なる語を使用するに止まり、その定義及び範囲を限定するところがない。従つて同罰則に所謂爆発物の何たるやは、通常の意味における理化学的概念を基礎とし、法的概念を確立することを要するものと謂わなければならない。
仍つて先ず爆発とは如何なる現象を指称するかと謂うに、原審証人山本祐徳の証言並びに同人作成の鑑定書の記載によれば、理化学上の概念として爆発を物理的爆発と化学的爆発とに大別することができ、前者は例えば酸素ボンベや蒸気罐の破裂に見るように、考えうる物体系の体積が急速に増大する現象を指称し、此の場合は爆風等による対外作用はあつても、発火発光等の化学現象を伴わないのに対し、後者は例えば火薬類の爆発の如く、化学反応を生ずることに起因するものであつて、必らず発熱し発光が見られ、その化学反応が急激に進行して一時多量の熱とガスを発するため、体積の急増を来す現象を指称するものとされる。されば理化学的に爆発物と謂うは、以上のいずれかの意味において爆発現象を生ずべき物又は物の結合を謂うことになり、小にしては日常点火の用に供せられる燐寸、玩具の花火の類、大にしては原子爆弾に至る迄総べて爆発物概念に包蔵されるものと解することができる。
然し乍ら、右に所謂理化学上の概念としての爆発物を以つて、総べて爆発物取締罰則に所謂爆発物と解すべきにあらざることは、前記燐寸、玩具の花火の事例に徴しても明かである。されば同罰則に所謂爆発物と謂うときは、前記理化学的概念の爆発物は自ら同罰則制定の目的により制限を受けざるを得ない。これについて原審が「爆発物とは主として一時の多量の熱及びガスを発生すべき急激な化学反応その他の動因により物体系の体積の急速に増大する現象を惹起させ、この際生出するエネルギー若くはこれを放出する反応の速さの有する威力によつて公共の平和を攪乱し又は人の身体財産を傷害損壊し得べき薬品その他の資料を調整配合した単一の装置を有する物ということになる」、と定義したのは洵に相当であり、単なる急激なる燃焼も亦爆発作用なりとなす論旨は独自の見解であつて採用することができない。
果して然らば、本件火炎瓶が右所謂爆発物に該当するや否やにつき考察するに、原審における証人山本祐徳の同人に対する証人尋問調書の供述記載及び同人作成の鑑定書の記載を綜合すれば、原判決も判示している如く、本件火炎瓶は組成物質たる硫酸の腐蝕作用及びガソリンの火炎による火炎火傷の危険性等を別にすれば、その保有する装置のままにおいては化学反応に起因する爆発現象を呈すべき物件ではあるが、その爆発を生ずべき物質殊に主材たる塩素酸加里が極めて少量のため爆発が小規模であつて、その威力が微弱であり、爆発現象自体これにより公共の平和を攪乱し又は人の身体財産を傷害損壊する威力を有する危険性のないことは、優にこれを認めることができ、此の点において既に罰則に所謂前記爆発物の概念に包容し得ないものと謂わなければならない。されば之と同趣旨に出でた原判決は洵に相当であつて、これに反する所論は独自の見解であつて到底採用するに由ない。原判決には毫も事実の誤認の違法なきは固より、法令の適用を誤つた違法は存しない。論旨は総べてその理由がない。