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東京高等裁判所 昭和28年(う)1881号 判決 1953年12月22日

控訴人 原審検察官

被告人 安宅博惠 中村実

弁護人 田中正名 伊藤龜久二

検察官 金子満造

主文

原判決中被告人安宅に対する免訴の部分を除きその余を破棄する。

被告人両名を各懲役八月に処する。

但し被告人両名に対し本裁判確定の日からいずれも三年間右各刑の執行を猶予する。

訴訟費用中原審証人丸山ミエに支給した分は被告人安宅の負担、原審証人長谷川喜作、同神田豊作に支給した分は被告人中村の負担、原審並びに当審証人建守興治及び当審証人金沢正、同高橋甚蔵、同堀口伊三郎、同堀口久弥に支給した分は被告人両名の連帯負担とする。

理由

本件控訴の趣意は検事保倉忠作成名義の控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する答弁は弁護人田中正名、同伊藤龜久二提出の各意見書記載のとおりであるからここにこれを引用する。これに対する当裁判所の判断は左のとおりである。

所論は要するに原審は被告人安宅に対する公訴事実中起訴状記載の第一の(一)並びに(二)の事実及び被告人中村に対する公訴事実中起訴状記載の第二の(三)の事実につき、堀口久弥の麻薬取締官に対する供述調書(合計三通)は刑事訴訟法第三百二十一条第一項第三号の書面に該当しないとしてその証拠調をせず、しかも結局犯罪の証明がないとして、それぞれ無罪の言渡をしたのであるが、右各供述調書が刑事訴訟法第三百二十一条第一項第三号所定の要件を具備するものであることは明らかであるから、原審の右各供述調書に対する措置は同法条の解釈適用を誤つたものというべく、そしてその誤が判決に影響を及ぼすことは明らかであるから原判決は破棄を免れないというのである。よつて先ず右供述調書の任意性並びに信用性について考えてみるに、記録によれば、堀口久弥は昭和二十六年二月二十三日麻薬中毒患者として逮捕せられ同年三月五日新潟地方裁判所に麻薬取締法違反被告事件として起訴されたが、すでに同日、新潟刑務所に拘禁中の右堀口は、新潟地方検察庁検察事務官水野正夫に対し「安宅医院(被告人安宅博恵方)では約一年間塩酸モルヒネの注射をしてもらつたが、昭和二十五年春頃からは中村医院(被告人中村実方)に行きモルヒネの注射をしてもらうようになつた」旨陳述していたものである事実、昭和二十六年四月三十日新潟地方裁判所判事大内弥介により前示被告事件につき懲役十月の判決の言渡を受けたが、その後引続き新潟刑務所に拘禁中の堀口は昭和二十六年六月五日新潟県麻薬取締官宛に「中毒患者をつくつた医師はどうなるか、憲法第十四条について意見をお願いする」旨の葉書を発送し、翌六日同葉書を受取つた麻薬取締官建守興治は同日直ちに新潟刑務所に到つて堀口に面接しよつて右建守外一名の麻薬取締官において同日より同月十三日迄の間三回に亘り同人の陳述を聴取したものであるが、その際における右堀口の供述を録取したものが即ち前記の供述調書三通である事実をそれぞれ認めることができ、右の経過と右各供述調書の形式内容及び堀口久弥より新潟地方裁判所大内裁判官宛の昭和二十六年五月三日附意見書並びに同月八日附上申書各謄本の記載、原審並びに当審証人建守興治の各供述、鑑定人金沢正作成に係る昭和二十六年四月十六日附鑑定書の記載によれば、堀口久弥の麻薬取締官に対する前記各供述調書は特に信用すべき情況の下に右堀口が任意になした供述に基き作成されたものであることを認めるに十分である。しかして堀口久弥は原審公判廷において(当審においてもまた同様であるが)、右各供述調書の供述内容につき記憶の喪失を理由として供述を拒否しているのであるから、右は、刑事訴訟法第三百二十一条第一項第三号に所謂供述者が死亡、精神若しくは身体の故障等のため公判準備又は公判期日において供述することができない場合に該当するものといわなければならない。そしてまた右各供述調書が前記各犯罪事実の存否の証明に欠くことのできないものであることは、記録に徴し疑のないところである。しからば右各供述調書が刑事訴訟法第三百二十一条第一項第三号の要件を具備することは明らかであるにもかかわらず、原審がこれに対する検察官からの証拠調の請求を却下したのは、同法条の解釈適用を誤つた違法の措置であるというべく、これが判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、原判決はこの点において破棄を免れないのである。しかして被告人中村については、検察官から同被告人に対する原判決の、一部無罪及び一部有罪の、全部に対し控訴が提起され、右一部有罪の部分については、同部分の判決だけをさきに確定せしめるときは、右一部無罪の部分に対する控訴が理由ありとされる場合において、右全部につき一個の判決を受ける機会を失わしめるに至るべきことをその控訴の趣意とするものであるところ、すでに前示の如く、右無罪部分につき原判決を破棄すべき理由が存する以上、当然いまだ確定をみない右全部につき原判決を破棄すべきものと解するのを相当とするから(大審院大正十四年(れ)第一一八一号事件判決、大審院刑事判例集第四巻七六九頁参照)同被告人に対する原判決は全部破棄を免れないものといわなければならない。<以下省略>

(裁判長判事 花輪三次郎 判事 山本長次 判事 関重夫)

控訴趣意

各論第四 被告人中村に対する公訴事実については「堀口久弥に麻薬を注射した事実」については有罪「堀口久弥に麻薬を譲渡した事実」については無罪の言渡をしているが右無罪の言渡の部分については前述の如き違法があつて検事控訴を行つたものであり有罪判決の部分は無罪判決の部分と併合罪として処理せられるのが妥当と思料せられるので右有罪判決の部分を確定せしむるときは検事控訴せる無罪判決部分と併合罪として処理せられる機会を失うに至るから有罪判決部分についても検事控訴を行つた次第である。

(その他の控訴趣意は省略する。)

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