大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和28年(う)2138号 判決

被告人 竹田儀一

〔抄 録〕

一、S両弁護人論旨第一点及びI両弁護人論旨第五点。

被告人に対する本件公訴事実は被告人は昭和二二年四月石川県より選出されて衆議院議員となり、民主党に所属して昭和二三年一二月二三日迄其の地位にありて同院に於ける法律案等の審議表決を為す職務を有して居たものであり、長尾達生は福岡県田川郡猪位金村に炭鉱業を営み且つ同県選出の衆議院議員として民主党に属し、第一回国会に於て成立した臨時石炭鉱業管理法につき同法は炭鉱経営権の棚上であり増産を阻むものであるとの見解から時期尚早論を理由として終始その立法化の反対運動を持続していたものであるが、被告人は昭和二二年八月中旬頃東京都千代田区永田町衆議院内において長尾達生が前記法案の国会上程を阻止し更に上程後はその通過に反対せられ度い旨の請託の趣旨で供与するものであることを諒とし同人より其の振出に係る安田銀行本郷支店宛の金額二〇万円の小切手一通を収受して衆議院議員としての職務に関し収賄したものであるというに在り、その要点は(一)臨時石炭鉱業管理法案の国会上程阻止と(二)上程後はその国会通過に反対することであつたところ、原判決の認めるところは、被告人は原審相被告人長尾達生から昭和二二年八月初旬衆議院内において臨時石炭鉱業管理法案が国会に提出されることが止むを得ないようなればできるだけその内容を業者の不利益にならないよう格別の尽力に預り度い趣旨に併せて自己の政治的栄達の為めの支援を得ようとして民主党幹事長としての被告人の出費を補うてやる趣旨を含めて供与するものであることの情を知りながら衆議院議員たる被告人の職務に関して金額二〇万円の小切手の交付を受けて収賄した旨であつて、このように認めるについて格別訴因変更手続のとられていないことはまことに所論のとおりである。

しかし乍ら本件公訴事実の罪となるべき基本的事実は衆議院議員として法律案の審議表決を為す職務権限を有した被告人がその職務に関し金二〇万円の小切手の交付を受けて収賄したということであつて、法案の国会上程阻止、その上程後は国会通過に反対するということと法案の国会上程が不可避ならばその内容を業者の不利益にならないようにするということ(抽象的に職務に関するものと解して)とは単に衆議院議員として法律案の審議表決をする職務の執行方法の形態の差異というだけのことであつて、その職務内容の根本には何等差別を生ぜしめるものではないのであるから、右の差異はもとより公訴事実の同一性を害するものとは解せられないのである。

よつて原判決が前述のような本件公訴事実に対し原判示のように認定しても職務の内容に変更を加えたものとも認められず、且つ日時、相手方、金額には固より変更はないのであるから、所論のように審判の請求を受けた事件について判決せず、審判の請求を受けない事件について判決したものとは認められないのである。

しかし法案の国会上程阻止、その上程後は国会通過に反対するということと法案の国会上程が不可避ならばその内容を業者の不利益にならないようにするということとでは前述のように職務執行方法の形態はこれを異にするものであるからこれが表示されている以上は勿論訴因としては別個のことに属するものと謂わなければならない。しからば原判決が訴因変更の手続を執らないで、本件公訴事実に対し原判示の如く認定したのは訴訟手続法令に違背する場合に帰するものといわなければならない。けれども法案の国会上程阻止、上程後はその通過に反対するということと法案の上程止むを得ないならばその内容を業者の不利益にならないようにするということとは両者全く無関係のものではなく互に密接な関連性があり、所論のように全く別個の事実とは認められないのである。且つ後者の方が前者より情状としては遙かに軽微と認められるのであるからこの訴因変更の手続をとらなかつたからというて被告人の防禦に実質的な不利益を生ぜしめるものとは認められないのである。よつてこの法令違背は格別判決に影響を及ぼすものとは認められないのである。所論は要するにこれと見解を異にするものであつて、結局論旨は採用できない。

二、S両弁護人論旨第二点乃至第五点中事実誤認、法令適用の誤、理由のくいちがい、審理不尽を主張する点及びI両弁護人論旨第一点乃至第四点、第七点、第八点、第一一点中事実誤認、採証法則違反、審理不尽、理由不備、法令解釈適用の誤を主張する点について。

原判決が認める事実は被告人竹田儀一は原審相被告人長尾達生から昭和二二年八月初旬東京都千代田区永田町二丁目衆議院内において臨時石炭鉱業管理法案が国会に提出されることがやむを得ないようなればできるだけその内容を業者の不利益にならないよう格別の尽力に預り度いとの趣旨に併せて自己の政治的栄達のための支援を得ようとして民主党幹事長としての被告人の出費を補うてやる趣旨を含めて、金百万円預入の帝国銀行本店預金通帳一冊の提供をうけたところ一旦はその受領を拒絶したが同年八月一五日頃同日附金二〇万円の小切手一通を手交されるやその情を知り乍らこれが交付をうけてもつて衆議院議員たる被告人の職務に関して収賄したものであるというのであるが、この説示だけからでは、国会に提出される右法律案の内容を業者の不利益にならないよう格別の尽力に預り度い趣旨のみ即ち法律案の国会上程前のみなのか或は右法律案が国会に提出された後も若し所期の如く業者の不利益にならないようになつていなければ更に業者の不利益にならないように尽力即ち修正されるよう格別の尽力に預り度い趣旨の国会提出後迄のことを包含するものなのか否かがにわかに判別し得ないのである。

よつて先づその何れであるかにつき検討するのに、文章の構造上普通に解読すれば、「その内容」という「その」は前文をうけて前文言の「臨時石炭鉱業管理法案」をさし、即ち同法案の内容を業者の不利益にならないよう格別の尽力に預り度い趣旨と解せられ、法案の内容が業者の不利益になつていなければ国会上程はもとより通過も止むを得ない趣旨と見られるのであるが、若し上程された法案の内容が業者の不利益になつていればそれを業者の不利益にならないよう修正してくれという趣旨迄包含しているものとしては言葉が足らず、判文全体を通読しても法案の国会提案後のこと迄も包含しているとは解し得ないのである。即ち原判決証拠説示中(二六五頁から二六六頁)「左記各証拠により認めうる本件小切手授受当時の臨時石炭鉱業管理法案の見透即ち当時巳に三党首会談が妥結し政府はこれに基づいて法案の要綱作成に努力していた頃で民主党内部に不満の声が高いとはいえ同案の国会提案はほぼ確実とみられる情勢にありこれが実現を阻止したり又は国会提案後これに反対したりすることは与党幹事長たる地位にもある衆議院議員被告人竹田儀一としてはなし得るところではなかつたが、三党首会談の妥結条項は同法案の大綱を決定したものに過ぎず、要綱案化、法文化の過程における関係当事者の見解、努力の如何により石炭国管制度の強弱に相当の差異を生じ得るものであり、現に被告人竹田儀一は党の分裂を防ぐべく民主党案の線に近ずけるために努力して来た事実」という部分更に同じく証拠説示中(二八〇頁から二八一頁)「当裁判所は上来説示する如く本件小切手が授受された当時においては民主党幹事長たる衆議院議員被告人竹田儀一としては、臨時石炭鉱業管理法案の提案を阻止し得る情勢になかつたものと認める。その限りにおいて検察官の主張は採用しない。(検察官の主張とは本件公訴事実の如く本件小切手の授受は右法案の国会提案阻止、提案後の国会通過反対の請託の趣旨である。)しかし右に説示するが如く三党首会談の内案は大綱を決定した弾力性のあるもので、関係当事者の努力、見解の如何により要綱案、法律案の成文の上に相当の差異を生じさせうるものであつたのであり、現に被告人竹田儀一はこれを民主党案の線に近づけるために努力を言明しかつ実行しているのである」等説示し、右法案の国会上程前においては被告人がこの内容を民主党案の線に近づけるよう尽力したことは説示しているのであるが、上程後被告人がこれについて如何なる態度をとつたのかということについては少しも説示するところのない点から考えても「その内容」というのは法案の内容を示し、これが国会に上程される迄のことを判示したものと解せられるのである。なお若し原判決が法案の国会上程後のことも包含するとするならば何故、その上程後は不利益にならないよう云々とかいうわずかな語を省略したのであろうか理解し得ないところである。

しかし乍ら更に原判決の趣旨が上程された法案の内容が業者に不利益の場合、これを業者の不利益にならないように修正してくれという趣旨をも包含せしめて認定しているものとするならば、原判決が掲げる全証拠によつては勿論、なお原審取調にかかるその余の全証拠並に当審において取り調べた全証拠によつてもこれを認めることはできないのである。

そこで原判決が認める被告人竹田儀一の罪となる事実は要するに国会に提案される臨時石炭鉱業管理法案の内容をできるだけ業者の不利益にならないよう格別の尽力に預り度い趣旨の下に交付されるものであることの情を知り乍ら本件二〇万円の小切手を受取りもつて衆議院議員たる職務に関し収賄したものであるというに在つて右法案が国会に提案された後その法案の内容が業者の不利益であれば、これが不利益にならないよう修正してくれとの趣旨迄は包含していないものと解すべきものである。

而して右趣旨に解してこそ原判決挙示の証拠によつてこれがようやく認められるのである。

原審並びに当審において取り調べた証拠のうち右認定に反する部分は原判決挙示の証拠に照せば信用するに足らないものである。本件二〇万円の小切手が所論のように単に民主党の幹事長であつた被告人の出費補助の金員とは認められないのである。右の範囲内においては原判決には理由のくいちがい、理由不備、審理不尽、採証の法則違反はもとより事実誤認の存するものとは認められない。

さて本件小切手の授受が右法律案が国会に上程された場合には業者の不利益にならないようよろしく頼むという趣旨ならば、法律案を審議表決する職務権限を有する国会議員の職務に関するものであることはいう迄もないところであるが、しかし本件小切手授受の趣旨が法案の国会上程後のことには無関係であることは前述のとおりであるから、原判決が認定するものと解した、本件臨時石炭鉱業管理法案の内容を左右することが果して当時衆議院議員であつた被告人竹田儀一の職務に関する行為であつたであろうかどうかにつき更に審究するに、衆議院議員の職務は国会において法律案、予算案、その他の議案を審議表決すること及び所謂議員立法としての法律案を提出することであるから、抽象的にいえば、国会に提出される為の法律案の作成という事は提案の前提条件であり議員の職務に密接な関係のある事項というべきである。しかしもとより具体的現実にその法案の作成に関与していなければ、その議員の職務に密接な関係のある事項とはいえないことも勿論である。

ところで本件臨時石炭鉱業管理法案は原判決も認める如く、先づ昭和二二年六月下旬、当時の政府原案が発表されるや、これに対する反対論多く、同案は同年七月下旬一応棚上され、その間社会党案、国民協同党案が発表され、次で同年八月五日頃民主党の石炭増産緊急措置大綱が決定発表されたがその間には相当の懸隔があつたので、同年八月九、一〇の両日当時の与党であつた社会党、民主党、国民協同党三党首の会談によつてその大綱について妥結を見、これに基づいて政府は臨時石炭鉱業管理法案要綱案を作成、八月一六日この要綱案を与党三派の合同会議に附した結果法文化することになり、その頃から商工省石炭庁当局において国会提案の為に専ら立案することになつたことは原判決引用の証拠のみならず、当審証人吉田悌次郎の公判供述によつて認めうるところであり、当時被告人竹田儀一が衆議院議員として右法案の作成に関与していたという事実を認めるに足る証拠は何等存在せず、且つ同人が幹事長として所属していた民主党において右法律案を作成していたという事実のなかつたことは明白である。もつとも右法案が同年九月二五日衆議院に提案された後には民主党内においても石炭管理対策特別委員会を設けて法案の検討を開始し院内の鉱工業委員会とは別個に修正案の立案に努力した事実は認められるが、已に説明したとおり法案の国会上程後のことは無関係なのである。

しからば被告人竹田儀一は右法案の作成につき何等直接具体的には関与していなかつたもので、又これを左右しうる直接の地位にもいなかつたものであることは明らかというべきである。

しからば被告人竹田儀一は当時衆議院議員としての職務上は臨時石炭鉱業管理法案の立案作成については直接何等関与していなかつたものであると認めなければならない。当時所謂与党の幹事長として被告人が石炭の国家管理制度に関する党議をまとめ、法律案の作成が開始されるや政治的、間接的に右法案作成に何等かの影響力を有していたとしてもそれは議員としての職務とは全く別個のものであつたと解せなければならないのである。

よつて原判決が右法案の内容を業者の不利益にならないよう格別の尽力にあずかり度いということ即ち法案の内容を左右することをもつて衆議院議員であつた被告人竹田の職務に関する行為と認めて、原判示事実を刑法第一九七条第一項前段に該当するものと認めて処断したのは、結局法令の解釈適用を誤つたものと認めなければならない。この違法はもとより判決に影響を及ぼすものであるから、論旨は結局理由あるに帰し、原判決は破棄すべきものとする。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!