東京高等裁判所 昭和28年(う)2280号 判決
被告人 足立義太郎
〔抄 録〕
論旨第三点について。
原判決が理由として「第一犯罪事実、起訴状記載の公訴事実の通り」と記載したこと、刑事訴訟法第四十四条が裁判は理由を附することを要求し、同法第三百三十五条第一項が有罪の言渡をするには罪となるべき事実、証拠の標目及び法令の適用を示すことを要求していることは洵に所論のとおりである。しかしながら右前法条は、裁判には裁判のよつて生じた所以を明確にすることを、右後法条は、そのうちの有罪の言渡をする判決書には罪となるべき事実、これを認めた証拠の標目、この事実に対する法令の適用を示すことを要求しているに止りこれを示すべき記載の程度乃至方法についての細目に至る迄規定しているのではなく従つて所論のようにこれらの法条がその示すべきものとしておるところの各事項を必ず裁判書自体に具体的に記載しなければならないという趣旨までをも強く要求しているものと解すべきでなくその記載の方法乃至程度を如何にすべきかは全く別個の観点から考慮して妥当な方法を講ずることは右法条に牴触するものではなく、これについては刑事訴訟規則において例えば裁判書自体に必ずこれを記載せよとするか又は他の書類の記載を引用してこれに代えることができるとするとするかそのいずれを採るにしてもいずれも前記法条の要求するところに違背するものではないといわなければならない。而して刑事訴訟規則第二百十八条において第一審裁判所が判決書には、起訴状に記載された公訴事実又は訴因若しくは罰条を追加若しくは変更する書面に記載された事実(以下起訴状等の記載と略称する)を引用することができると規定したのは、主として裁判官の判決書作成の労力を減軽するために訴訟に関する書類のうちでも、すべての事件に必ず存在しなければならない筈の訴訟を開始し、維持し終結する上において最も重要であるべき起訴状及びこれに準ずる書面の引用を許容しているのであつて、前に述べたとおり、この規定は、前記両法条の存在を前提としてその理由を附し又は罪となるべき事実を示す方法を規定したものであつて決して所論のようにこれを改変したものではないのであるから、右両法条に牴触する違法のものとは到底考えられない。而して右刑事訴訟規則第二百十八条にいわゆる引用とは文字通り判決書とは別個に存在する起訴状等の記載をもつて判決書の記載に代えるという意味であつて、引用された起訴状等の記載の事実が判決書自体に明らかになつていることは必要でないのである。若し然らずして何等かの方法で判決書自体に明らかにしなければならないとすれば、たとえ引用文書の写を添附するとしても結局それは判決書自体に当初からその事実を記載するのと全く同一であつてこの規定を設けた前記趣旨は全く沒却されることとなるのであるから、この場合の判決書には引用された書面の写を添えなけなれば違法であるとの所論は全く独自の見解であつて採用するに由ないところである。なるほど判決書の原本は永久保存であるのに対し、その他の訴訟記録に編綴されている書類は、それぞれ一定の期間を経過すれば廃棄される定であることは洵に所論のとおりであるので、引用された起訴状等を廃棄し判決書の原本のみが残存するとしたならば、後日判決書の内容が不明になる虞のあることはまさに当然の事柄であるけれども、この場合においては、その引用書類を判決書の原本とともに保存すればこの虞は解消する訳であつて、現に実務上の取扱においても右の如く起訴状等を判決書原本とともに一括して永久保存の取扱をしているのである。又訴訟関係人において判決書の謄本又は抄本を請求する権利を持つており、その請求の必要も多いのであるが刑事訴訟規則第五十八条第五項には、この場合の謄本又は抄本の作成について特に規定を設け、抄本について当該部分を記載する必要のない場合を除いて、必ずその引用された起訴状等の記載をも記載しなければならないことを定めているのであるから、この点においても訴訟関係人に些かの不便支障を与えるものではないのである。然り而して判決書に起訴状等を引用する場合は、所論の指摘するように判決書自体に総ての事項を記載した場合に比較して、これを閲覧したり謄写したりする上において、訴訟関係人に多少の不便を与えることは免かれ得ないのであるから、判決書を作成する裁判官としてはこの刑事訴訟規則第二百十八条が主として裁判官の判決書作成上の労力を軽減する点にあることや訴訟関係人になるべく不便を与えない点等に思を致し罪となるべき事実が簡単でこれを判決書自体に自ら記載しても左程労力を費消しないような場合にはできるだけ引用をさけることが適切妥当と思われるのであつて、本件においても原審の認定した罪となるべき事実は公職選挙法第二百二十一条第一項第四号違反の単純な一個の犯罪であつて僅かに百余語にすぎないのであるから、以上の観点からすれば判決書自体にこれを記載しても左程労力を費消するものとも思われないのでその方法を採るのが適切であつたであろうが、さればといつてその方法によらなかつた本判決に理由不備の違法があるものとは到底解されない筋合である。