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東京高等裁判所 昭和28年(う)2718号 判決 1953年11月10日

控訴人 被告人 井上洋二

弁護人 河内守

検察官 中条義英

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣旨は末尾添附の弁護人河内守名義の控訴趣意書と題する書面に記載の通りである。これに対して次の様に判断する。

論旨一及び二に対して

原判決挙示の証拠によると、原判示事実即ち被告人が原判示日時場所で手拳をもつて原判示小出喜久雄の顔面顎下等を数回毆打しその結果同人の上唇部等に全治約一週間を要する裂創打撲傷を負わせ、更にその直後同所で同人に対し後に手を廻し所携の刃物に手をかける様な態度をしながら「たゝき切つてやるぞ」と申向け同人に危害を加えかねない態度と気勢を示して脅迫したことを認めるのに十分である。被告人の右所為は手拳により毆打傷害を加えた後更に別個の害惡を告知して新に別の法益侵害に出でたものであるから、仮令暴行傷害行為の直後同所で脅迫行為がなされたものであつても、傷害罪の外に脅迫罪が成立し両者は併合罪の関係に立つものと解すべきものであつて、これと同趣旨にでた原判決は正当である。なお本件起訴状には被告人が原判示日時場所で右脅迫行為をなし更に右暴行傷害行為に出でた旨の記載があつて、脅迫傷害として起訴された訴因事実を原判決が前記の様に傷害脅迫と順序を変えて認定していることは所論の通りであるが、原判決は起訴された訴因と全く同一の訴因を認定したものであつて、右の様に脅迫傷害として起訴されたものを順序を変えて傷害脅迫と認定することは公訴事実の同一性を害するものでなく、また訴因の変更手続を必要とするものでもない。所論に基き記録を精査するも原判決には所論の様な審理不尽乃至は事実誤認の廉はなく、また法令適用の誤りも存しない。論旨はいずれも理由がない。

(その他の判決理由は省略する。)

(裁判長判事 久礼田益喜 判事 武田軍治 判事 江里口清雄)

控訴趣意

一、判決には法令の適用に誤がある。原審は事実を傷害及び脅迫の二ケとし刑法第二百四条及び同法第二百二十二条第一項を適用せられたのであるが判示脅迫の言動「たゝき切つてやるぞ」は判示の如く傷害暴行「直後」の所為にてこれは該暴行行為の連続発展と見るべきでこれを脅迫の独立行為とするは誤りである。本件の場合この暴行、脅迫の形式上二ケの所為は時間、場所、被告人の意思、行為態様から見て密接に連続し偶然別個に実行せられたものでないから被告人の一個の傷害なる暴行行為に包含し処断すべきである。然るに脅迫の言動を独立別個の行為とし刑法第二百二十二条第一項をも適用処断したのは法令に適用の誤があり而してこのことは原判決に影響を及ぼすので破棄せられ度い。

二、右理由なしとせば、事実認定に誤認がある。即ち判示傷害脅迫の二行為は脅迫の所為が傷害の暴行に包含せられ、この脅迫が右暴行行為の第一節であることは被害者小出に対し検察官作成供述調書(昭和二十七年七月二十三日附)二項(記録八四丁裏)によるも明かにて、原審は之を証拠に援用せざるも、該調書供述は同被害者の公判証人供述するも被害記憶未だ新たなる時の陳述なので、原審が右脅迫の言辞行動が傷害暴行中に介在するものなりや否やの点につき審訊を重ねず而も訴因の行為を傷害脅迫と順序を変へて(訴因には脅迫傷害の順になつている)判示したのは審理不尽、右二ケの行為を傷害の一ケとせざるは事実の誤認あるに帰着するものと思考する。

(その他の控訴趣意は省略する。)

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