東京高等裁判所 昭和28年(う)2848号 判決
被告人 金仁淑
〔抄 録〕
論旨第一点について。
所論鑑定書は司法警察員が被告人方より押収した二cc入注射液アンプル一包二百十本の中より抽出した一本及び同アンプル一組九本の中より抽出した一本について各反応試験を実施した旨及び右各一本にはいずれもフエニルメチルアミノプロパンの含有が認められた旨を説明していることは所論の通りであり、原審は右鑑定書及びその他の挙示の証拠を綜合して被告人が所持していた本件注射液二cc入アンプル二百十九本全部がフエニルメチルアミノプロパンを含有するものと認定したことは記録に徴し明らかである。論旨は被告人はたまたま一包となつていたアンプル二百十本及び別の一組のアンプル九本を所持していたのであるから、その中の各一本にたまたまフエニルメチルアミノプロパンが含有されていたからといつて、他の全部にも同じものが含有されていたものと認定するのは全く根拠のない単なる憶測に過ぎないのであつて、かかる憶測に基く事実の認定は刑事訴訟法上許されない。裁判所は本件アンプルの製造行程及び入手経路等を更に調査して内容の同一性を確かめるか又は他のアンプルについても鑑定をさせた上判決をなすべきであるのにこれ等の審理を尽さないで右鑑定書に漫然事実を認定したのは審理不尽による事実の誤認であると主張する。しかし原判決挙示の証拠によると被告人に本件注射液を買つてくれと云つた豊川某は、新聞紙に一括して包んだ注射液を手提鞄より取出し、続いてバラバラになつていた注射液九本を手提鞄より取り出し「包の中には二百十本入つているが、こわれた物もあるだろうからこの九本を余分に置いて行く、内容は同じ物だ」と云つたというのであり、容器分量等も同一であることを窺知し得るのであるから、特に数人から別々に買受けたとか、容器分量等が異り一見して製造元が数ケ所であると認められる様な特別の事情がある場合は格別、何等かかる事情の認められない本件においては、裁判官の自由心証により右注射液二百十九本は同一の物と認め、二百十本の包の中より抽出した一本及び他の一組の九本の中より抽出した一本について鑑定を命じ、右二本について反応試験を実施した結果いずれもフエニルメチルアミノプロパンの含有が認められた旨の鑑定書に基いて、其の他の二百十七本を含めた合計二百十九本全部にフエニルメチルアミノプロパンが含有していたと認定しても経験則に反するものではないから、原判決は単なる憶測に基き事実を認定したとの所論は正当でない。而して原判決挙示の証拠を綜合すると原判示事実は優にこれを認めることができるから原審が本件アンプルの製造行程及び入手経路を更に調査して内容の同一性を確かめず又は他のアンプルを鑑定させなかつたからといつて審理不尽による事実誤認の過誤あるものということはできない。論旨はいずれも理由がない。