東京高等裁判所 昭和28年(う)2990号 判決
被告人 吉野孝太郎 外
〔抄 録〕
弁護人甲外二名の論旨第一点第二点及び弁護人乙の論旨第一点について。
(一) 論旨は原判決は大栄水産株式会社(以下大栄水産と略称する)の設立に際し現実に出資されたのは金六十五万円に過ぎないと認定しているが、実際は資本金全額(二百万円)が出資済であると主張する。しかし原判決挙示の証拠を綜合すると大栄水産の資本金中現実に出資されたのは金六十五万円に過ぎなかつたことが明らかであり、右認定に反する被告人吉野孝太郎の司法警察員に対する供述は輙く措信し難いところである。而して大栄水産の出資は金銭出資の方法によつたものであることは記録上明らかであるから。たとえ資本金に相当する現物の出資があつたとしてもこれを以て金銭出資による資本金全額の出資があつたものということはできない。(二)次に論旨は原判決は千葉銀行勝浦支店長代理鈴木雄三に対し、右会社の設立登記が完了した後は直ちに返済する約束の下に一時銀行より融資を受け、これを右会社の別段預金とされたい旨申込をなし、右鈴木雄三をしてこれを承諾させたと認定しているが、被告人吉野孝太郎は同人外一名名義の同支店に対する預金を担保として金二百万円を借受けたのであつて、かかる場合その金員の使途について銀行の諒解を求める必要はなく、銀行としてもその使途を確める必要もないのであり、鈴木雄三の原審公判廷の供述に徴しても原審の右認定は事実に反すると主張する。しかし原判決挙示の証拠を綜合すると原判決の認定した右の事実は優にこれを認めることができ、右認定に反する鈴木雄三の原審公判廷の供述は遽に措信し難い。所論は自己の預金を担保として金員を借受ける場合の一般論に過ぎない。(三)次に論旨は原判決は「恰も吉野孝太郎に対し同人外一名の同銀行預金を担保として同支店から金二百万円を手形貸付したように作為し、この金員を被告人両名を含む株主の右会社株式払込金として払込み、同会社の別段預金に預け入れたように装い」と認定し、次いで「同局出張所係員をして会社設立登記簿原本に右会社の資本の総額二百万円の払込を完了した如く不実の記載をなさしめ」と認定しているが、吉野孝太郎は同人外一名名義の千葉銀行勝浦支店に対する預金二百万円余を担保として同支店から金二百万円の手形貸付を受け、これを吉野甚治郎に貸与し、同人が発起人代表として大栄水産の株式払込金として払込み、会社設立登記完了後吉野甚治郎が払戻しを受けてこれを吉野孝太郎に返済し、吉野孝太郎はこれを同支店に返済したのであつて、原判決認定のように同支店から金二百万円を手形貸付したように作為したのではなく、また同会社の別段預金に預け入れたように装つたものでもない。従つてまた会社設立登記簿原本に原判示のような不実の記載をしたものでもないと主張する。しかし原判決挙示の証拠を綜合すると大栄水産に現実に出資されたのは金六十五万円に過ぎなかつたに拘らず、設立登記完了後は直ちに返済する約束の下に右勝浦支所から金二百万円を借受け、これを同会社の株式払込金として別段預金に振当て、同銀行より株式払込金保管証明書を発行させ、大栄水産の設立登記完了するや直ちに右別段預金の払戻しを受け、これを右借受の返済に充てる形式をとつた事実を認めることができる。これによつて見ると現実には株金払込による資本金六十五万円しかない大栄水産が被告人等の右のような、「からくり」によつて資本金二百万円全額の株金払込があつたような株式会社が設立登記されたのであるから右の所為は正に株式の払込を仮装し、登記簿の原本に不実の記載をなしめたものに外ならないものというべきである。(四)次に論旨は原判決は被告人牧野幸之助は吉野孝太郎及び吉野甚治郎と共謀したと認定しているが、同被告人は吉野甚治郎から大栄水産の設立に参加するよう勧誘されてこれを承諾し、同人の指示する通り出資をなし必要書類に押印しただけで原判示のように同人等と共謀したことはないと主張する。しかし原判決挙示の証拠を綜合すると被告人牧野幸之助は原判示のように株式の払込を仮装することについても吉野孝太郎及び吉野甚治郎と謀議したことを認めることができるのである。(五)次に論旨は商法が預合を禁止している理由は、株式の払込がないのに恰も払込があつたように見せかけ会社財産の存在を装い株主及び一般第三者に不測の損害を加えることを防止するためであるが、本件においては原判決認定の金六十五万円の外に発起人が会社のために金百三十五万円を以て旭造船株式会社から変電所その他の施設を買受け、その中家屋三棟はその後勝浦町に高等学校用建物として金参百万円で売却したのであつて、この一事を以てしても大栄水産の発起人が会社設立前に旭造船から買受けた施設は優に金二百万円を超えていたことは明らかであり、発起人が会社のために買入れた資産は会社の前主たる設立中の会社に属するもので会社成立と共に会社に移転するのであつて、大栄水産は実質的に資本金二百万円以上の資本を有していたのであるから、被告人等の所為は何等違法性なき行為であると主張する。しかし大栄水産の出資の方法は金銭出資によるものでありその出資額は金六十五万円に過ぎなかつたことは、(一)において敍説したとおりであり、所論主張の旭造船から買受けた財産が現物出資の方法によつて出資されたものでないことも記録上明らかであるから、仮りにその財産の価格が資本金以上であるとしても、現物出資の方法によらないで現物を出資し、資本金全額の金錢出資による払込があつたように仮装することは法の厳禁するところであつてこれを以て違法性なき行為ということはできない。若し所論のように解するならば商法が現物出資に関し厳重な規定を設けた趣旨は没却されるであろう。(六)最後に論旨は預合罪は自然犯又は刑事犯のように行為自体に条理違反性を含むものではなく、商法の規定によつてはじめて法技術的に可罰性を生ずるものでいわゆる行政犯に近い性質のものである。故にかかる犯罪の故意の成立には犯罪構成要件に該当する事実の外行為が法によつて禁止されている違法なものであることの認識を必要とする。しかるに被告人等はかかる認識を欠いていたのであるから被告人等に故意を認めることはできないと主張する。しかしいわゆる自然犯たると行政犯たるとを問わず、犯意の成立に違法の認識を必要としないことは最高裁判所の判例(昭和二十三年(れ)第二〇二号同年七月十四日大法廷判決及び昭和二十四年(れ)第二二七六号同年十一月二十八日第三小法廷判決参照)の示すところであるから被告人等において原判示のような行為が法律によつて禁止された行為であることを知らなかつたとしても、かかる事情はいまだ被告人等の犯意を阻却する事由とはならない。
これを要するに原判決の挙示した証拠を綜合すると原判示事実は優にこれを認めることができ、原審及び当審で取調べた各証拠を精査しても原判決には所論主張のような事実誤認乃至法令の解釈適用を誤つた違法を発見することはできないのである。論旨は結局信用し難い証拠または被告人に有利な証拠のみを根拠とし、或は独自の見解により原審の正当なる事実の認定及び法令の適用を非難するものであつて採用し難い。論旨はいずれも理由がない。