大判例

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東京高等裁判所 昭和28年(う)3340号 判決

被告人 渡辺正国

〔抄 録〕

論旨中事実誤認を主張する点は要するに、本件上太コール天の所有者は今村幸太郎で、小倉亮は今村の製品の販売を担当したに過ぎず、被告人は寿実業株式会社浜松営業所員を介し、今村から代金三十六万九千六百円で買受け、その代金は被告人が今村に対して有していた四十五万円の手数料債権と相殺したのであつて、原判決認定のように小倉亮を欺罔して同人からこれを騙取したものではないというにある。仍て訴訟記録並びに原審及び当審で取調べた証拠を調査検討して見ると、小倉亮は予てから綿布染色業今村幸太郎方に出入し、同人の製品を他に売却の斡旋をして手数料を貰い或はこれを自ら買受け利益を得て他に転売していたのであるが、同人は昭和二十八年七月中旬頃今村幸太郎から上太コール天三十二碼もの百反を一碼百五十五円で買受ける約束をし、その売却斡旋方を寿実業株式会社浜松営業所に依頼しておいたところ、被告人は同年七月三十日寿実業株式会社浜松営業所員津田良弘、芹沢富雄等を介し自己の名を秘し田中照作が買受けるように仮装し、右の品物の内七十反を一碼百六十五円の割合で現品引換に代金を支払うこととして即日これを浜松市松江町六十六番地田中照作方まで運搬させ同所でこれを受取り、次いで同日これを磯部金三に対し代金一碼百四十円の割合で売渡し、磯部から即時内金として小切手で十四万円、翌三十一日現金で九万八千余円、同年八月二日現金で七万五百余円の支払を受けながら、これを右上太コール天買受代金債務の支払に充てることなく、他の用途に支払つたことを認めることができ、また被告人は警察の取調べ以来終始今村に対しては四十五万円の手数料債権を有していたので、これと本件上太コール天買受代金債務とを相殺計算するつもりであつたと供述しているが、この供述は今村幸太郎の証言と対比して輙く信用し難いのであり、その他にこれを確認するに足りる証拠はない。尚論旨は本件取引に当り被告人は今村において、買主が被告人と判れば反対債権と相殺を主張せられることを虞れて売渡を拒否する場合を慮り、田中照作名義を利用したのであつてこの点は道義に反するとしても、商人間に応々行われる取引の通念に過ぎないと主張するけれども、本件のような取引において買主が被告人と判れば相手方は売渡しを拒否するであろうことを知りながら、敢て自己の名を秘し他人名義を利用して買受けの申込をするということは、単に道徳に反するのみならず詐欺の一手段と認めるべきで、これを以て商人間の取引の通念ということはできないのである。叙上の如く被告人は本件取引をするに当り自己の名を秘し、田中照作が買受けるように仮装し、しかも一碼百六十五円で買受けた上太コール天を即日磯部金三に対して一碼について二十五円も安い百四十円で転売し、その代金は同日から両三日内に逐次支払を受けながら自己の買受代金債務の支払に充てることなく他の用途に支払つたのであるから、被告人は当初から代金支払の意思がなかつたものと認めるべきである。論旨は原審がその有する自由裁量権に基いてした証拠の取捨判断及び事実認定を独自の見解に基いて論難攻撃するもので正当でない。要するに訴訟記録並びに原審及び当審で取調べた証拠によると被告人は代金支払の意思がないのにこれあるもののように装い、寿実業株式会社浜松営業所員を介し、小倉亮に対して、原判示上太コール天七十反を代金は一碼百六十五円の割合で現品引換に支払う旨を申向け、同人をしてその旨誤信させ売買名義でその引渡を受け騙取したという起訴状記載の訴因たる事実を認めることができるのである。然るに原判決は被告人は代金支払の意思もないのにこれある如く装い小倉亮に対して、まだ先方から金をもらつていないが明日の午前十時迄には間違なく現金を銀行に入れてこの小切手が支払われるようにしておくから上太コール天七十反を自分に渡してくれと申向け、ついで同人に原判示の小切手一通を交付し、右小倉をして翌三十一日には必ず右小切手が支払われるものと誤信させ、買取名義の下にその交付を受けて騙取したという予備的訴因を認容しているが、論旨は被告人は原判示のように小切手の交付によつて上太コール天の引渡を受けたものでなく、その以前に引渡が完了していたことは記録上明白であると主張し、原判決の理由にくいちがいのあることを主張するものの如くであるからこの点について判断するに、記録によると被告人が小倉亮に対して原判示のような小切手一通を交付したことは明らかであるが、被告人が右小切手を小倉亮に交付するに至つた事情は、被告人が代金は現品引換払の約束で上太コール天を買受けその引渡を受けながらその支払をしなかつたので、小倉亮から強硬な請求を受けたためであつて、原判示のように右小切手が翌三十一日には必ず支払われるものと小倉亮を誤信させた結果上太コール天の引渡を受けたものでないことは記録上明白であるから、原判決には理由にくいちがあるものといわなければならない。従つて論旨は結局理由があり原判決は刑事訴訟法第三百九十七条第三百七十八条第四号により破棄を免れない。

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