東京高等裁判所 昭和28年(う)3568号 判決
被告人 塚田良雄 外
〔抄 録〕
一、被告人李鐘夏の論旨(二)及び弁護人の論旨第一点乃至第四点について。
所論は要するに、
(一) 原判示第二記載の日時当時李被告人及びその同行者には異常な挙動のなかつたのは勿論、その服装や携帯品等からみて、犯罪に関係ある者とは認められなかつたから、警察官と雖も同被告人等に対し職務質問をなし得るものではない。従つて星野巡査等のなした職務質問は職権濫用であり、正当な権限に基く行為ではないから、李被告人がこれに応じなかつたとしても、それは正当な行為であり、法令に違反するものではない。
(二) しかも右星野巡査等が、李被告人に対し外国人登録証明書の呈示を求めたのは、薄暮である、同巡査は私服で、一見与太者のような格好をしていたから、客観的にみて、同人等が警察官であるとは認め難い状況であつたにかかわらず、同巡査等はその身分を了解させるのに適切の手段をとらなかつたから、李被告人は右星野巡査等を警察官とは認識しなかつた。従つて同被告人が右星野巡査等からなされた外国人登録証明書の要求を拒絶しても、何等違法性の認識がないから罪とはならない。
(三) 仮に然らずとしても、李被告人は星野巡査の要求に応じて、外国人登録証明書を呈示したから、原判示のような犯罪は成立しない。
というのである。
よつて按ずるに、原判決挙示の各証拠に、当裁判所で行つた証拠調の結果を綜合すれば、昭和二十七年八月二十七日午後七時頃、群馬県桐生市警察署員巡査星野祐治及び森沢栄の両名は犯罪予防、一般警戒のため、群馬県桐生市末広町一丁目附近を警戒中、たまたま同市本町通り方面から国鉄桐生駅方面に向つて急ぎ足で行く二人連れの朝鮮人を目撃したが、その二人は、桐生市内で見かけない者であつたところ、その数日前に前橋地方検察庁の検察官の宅に火炎ビンを投げたものがあり、その犯人は朝鮮人で前橋市から、桐生市方面に向つて逃走したという情報を得ていたので、右星野巡査等は、いま目前を通過する朝鮮人両名(即ち李被告人及び李在津)がその事件に関係を有するのではないかと思料し、これを同所附近で呼止めて職務質問をなし、外国人登録証明書の呈示を求めたところ李被告人は逆に星野巡査に対し警察官たる身分証明書の呈示を要求したので、同巡査は直ちに警察手帳を取出して被告人に呈示したところ、被告人はさらにその内容までも見せろと要求したので、写真の貼附してあるところを開いて見せたにもかかわらず、同被告人はその手帳を自分に手交して披見させよと要求し、同巡査がそれに応じなかつたので遂に自己の外国人登録証明書を呈示しなかつたものであることが認められる。
(一) 而して叙上認定のような状況の下にあつては、警察官は朝鮮人とみられる未知の通行人に対し、一応職務質問をなし得るものと解するのを相当とするから、その執行に際し、外国人の登録証明書の呈示を要求することのできるのは当然である。一般的に、外国人に対して警察官が外国人登録証明書の呈示を求めることは、憲法第十二条、第十四条は勿論、他のいかなる条項にも反するものではなく、前認定のような状況の下にあつては本件星野巡査の行つた職務質問は職権濫用とも認められず、警察官等職務執行法にも違反するものではないから、適法なものといわねばならない。
(二) また本件事案の発生したのは午後七時過頃であるから、盛夏とはいえ、既に薄暮であつたことは、まさに所論の通りであるが、一件記録を精査し、かつ当裁判所で行つた証拠調の結果によれば、原判示の場所は桐生市内でも繁華街に近く、当時は未だ人通りも相当あり、星野巡査等の服装、態度、言動等から考えても、その職務質問を与太者の云いがかりと誤解するような状況ではなかつたことが認められるばかりでなく、前示のように、星野巡査は、李被告人の要求に応じ、直ちに警察手帳を取出して呈示し、かつその内容までも披いて見せたことが明かであるから李被告人が星野巡査等を警察官と認識しなかつたとは認められず、従つて「同被告人が星野巡査の外国人登録証明書呈示の要求を拒否した行為に違法の認識がなかつた」という所論は到底採用することができない。
(三) 次に、李被告人が外国人登録証明書を呈示したという点について検討してみると、前掲各証拠に徴すれば、同被告人は前認定のように、星野巡査からその呈示を求められた際、ことさら反抗的態度をもつて同巡査に応対し、逆に警察官たる身分証明の呈示を求め、かつ警察手帳を自己に手交することを要求したりして容易に自己の外国人登録証明書を呈示せず、唯それらしき物を指先に持つて、同巡査をからかうように、その眼前にチラチラさせ、同巡査がそれを手に取つてよく見ようとすると直ちに引込ませてしまい、遂に同巡査にそれを披見させなかつたことが認められる。而して同被告人のかかる所為は外国人登録法第十三条所定の呈示に該当しないことは同法条の趣旨に照して明白であるから、これに反する所論は理由のないことは論を俟たないところである。
要するに、原判決挙示の証拠に依れば、原判示事実を認定するに十分であつて、所論に基き記録を精査し、且つ当裁判所で行つた事実取調の結果に徴するも、原判決には所論のような事実誤認は認められず、法令適用の誤りも存しない。論旨はいずれも理由がない。