東京高等裁判所 昭和28年(う)3831号 判決
被告人 山谷栄次
〔抄 録〕
右弁護人の控訴の趣意第一点について。
論旨は、原審の事実誤認を主張するものである。よつて按ずるに、原判決挙示の証拠を綜合すれば、被告人は自動車運転者であつて、昭和二十七年六月一日午後六時二十分頃三条市大字田島千百五十二番地先附近において同市大字一の木戸方面に向け新第五―七〇六三号小型四輪乗用自動車を運転中、自己の運転する自動車の前部と柿島金造の乗用する自転車の前部とが衝突し、その際同自転車は四千五百円相当の修繕費を要する破損を蒙り、かつ右柿島金造は右肘部及び右肩胛関節部に加療約二週間を要する挫傷等を被つたこと、並びに被告人運転の前記自動車も前照灯のガラスが破損したこと、及びその際被告人が被害者の救護その他必要な措置を講じなかつたことはいずれもこれを認めるに十分である。しかしながら当審における証拠調の結果殊に証人柿島金造、同相場一郎、同熊谷鐐輔、同芦田源資に対する各証人尋問の結果に徴すれば前記柿島金造が自己の自転車の破損並びに右肘部及び右肩胛関節部の挫傷等に気づいたのは被告人の自動車の発進後であり、殊に右傷害の点に気づいたのは実にその約三十分後であること、したがつて、前記衝突直後自動車運転者たる被告人及び同自動車に同乗していた前記熊谷鐐輔らに問われた際、右柿島金造は「何ともありません、どうもすみません」と答え、被告人においても右柿島が前記のごとき傷害を負つたことは勿論、右自転車の破損したことにも気づかなかつたこと、並びに被告人が前記自動車の前照灯のガラスの破損に気づいたのは前記衝突現場から自動車を運転して同市本寺小路に到り、同所に停車した際であることを窺うに十分である。されば被告人が前記衝突の際人の殺傷若しくは物の損壞につき何らの認識をも有しなかつたことはもとより当然であつて、かかる場合には道路交通取締法第二十四条第一項の適用の余地のないこともまた理の当然といわなければならない。したがつて、原判決が、被告人は自己の運転する自動車の前部と柿島金造の乗用する自転車とを衝突させ、同自転車を金四千五百円相当の修繕費を要する破損を蒙らしめ且つ同人の右肘部右肩胛関節部に加療約二週間を要する挫傷等を負わせ、自己の運転する前記自動車もまたその前照灯のガラスの破損したるに拘らず救護その他必要な措置を講ぜず云々と判示し、前記衝突による人の傷害並びに物の損壊につき認識を有しながら被害者の救護その他必要な措置を講じなかつたものと認定し被告人に対し有罪の言渡をしたのは、まさに事実を誤認したものというべく、この誤は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決は爾余の論旨につき判断をなすまでもなく、すでにこの点において破棄を免れない。論旨は理由がある。