東京高等裁判所 昭和28年(う)399号 判決
被告人 清水直
〔抄 録〕
一、第一点について。
本件記録並びに当審における事実の取調の結果に徴すれば、本件豚小屋は、昭和二十八年四月二十五日当審における検証当時は既に約一年前に取り壊されて存在しないが、大工である、清水守康の父徳太郎が七・八年前、五日位かかつて作つたものであり、間口二間、奧行一間、屋根はガラ板の上に杉皮を敷き、柱は三寸角材六本を正式に本組みをし、柱の下は土台として玉石をおき、周りは下部から二尺五寸の所まで、板をくみ合わせた柵をめぐらし、柵は出入口のところは取り外しのできるようになつており、屋根までの中程に中段としてコオラ板を渡し土台より中段までは約四尺、中段よりハリまでは約四尺の高さがあり、下段は豚を収容し、中段には藁などを置いていたものであつて、相当堅固な、建造物類似の構造を有していたものと認められるのであるが、右建物は元来豚を収容するために作られたものであつて、中段に前示のように藁をおいていたが、元来人の出入することを予定して建てたものではなく、人が入ろうと思えば入れるが、実際入つたことはないというのであるから、右建物は刑法第百九条にいわゆる建造物には該当しないものと認めるのが相当である。蓋し同条にいわゆる建造物たるには、人の起居出入に適する構造を有するものでなくても、土地に定着し、人の起居又は出入しうるものであれば、これに該当するものと解せられるのであるが、同条の立法趣旨から見ても、それは人の起居又は出入することが予定されている建物であることを前提としているのであつて、その構造から見て、人が入ろうと思えば入れぬことはないが、そのものの性質上人の起居又は出入が全く予定されていないもの(例えば犬小屋、堆肥小屋等)は同条にいわゆる建造物には該当しないものと解するを相当とするからである。従つて原審のこの点に関する事実の認定並びに法令の適用には所論のような違法はないから論旨は理由がない。
二、第二点について。
本件記録及び当審における事実の取調の結果に徴するときは被告人が放火した原判示の再繰工場(揚返場)は判示大沼工場の繰糸工場1・2煮繭場、副産処理室、同工場男子浴室及びその南側にある男子寄宿舎これに続く事務室と順次接続しており、その間廊下を以て自由に往来しうるような構造となつていたもので、右廊下は羽目板及び壁を以て右各工場又は浴室、男子寄宿舎事務室等と区劃されていたものであつて、構造上一建物内を通ずるいわゆる中廊下の関係にあるものと認められ、従つて叙上の建物全部は構造上不可分的一体をなしておつたものと認めるのが相当である。検察官は、右建物はその北方にある、当時多数の女子工員が居住していた寄宿舎とも木造トタン葺廊下で連接一体をなしていたものであると主張するけれども、当審における事実の取調の結果によれば、右廊下には柱と柱との間に羽目板等もなく、単に前記工場等と女子寄宿舎とを連接するいわゆる渡り廊下に過ぎないもので、これを以て未だ右再繰工場と女子寄宿舎とが一体をなした建造物であつたものとは認められない。然し叙上の一体をなしていたものと認められる建物のうち男子寄宿舎の部分には当時居住者はなかつたが事務室には当時宿直並びに常時居住者として大日方貞夫外数名の者が現住していたことが当審証人大日方貞夫の供述によつて認められるのである。これによつて見れば、当夜被告人が火を放つた再繰工場自体には人が現在せず、又はこれを人が住居に使用していなかつたとしても、その建物と一体をなす接続部分に人が現在し又は居住していたものであるから、被告人の所為は刑法第百八条にいわゆる人の現在する建造物に放火したものに外ならないのであつて、且つ、被告人が人の現在する建造物に放火することにつき未必的故意があつたことは被告人の検察官に対する供述調書中の記載によつてこれを認めることができるのである。しかるに原審は前記再繰工場はその他の部分とは独立した別個の建物であるとの見解の下に、同工場には人が現在しなかつたものとして、刑法第百九条第一項の放火罪を以て問擬したのは事実を誤認し法令の適用を誤つた違法があるものであつて、右違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、検察官の論旨は結局理由があり、原判決はこの点において破棄を免れない。