東京高等裁判所 昭和28年(う)627号 判決 1953年6月03日
控訴人 被告人 日馬昭一
弁護人 上村進
検察官 野中光治
主文
原判決を破棄する。
被告人を懲役参月に処する。
この裁判の確定した日から四年間右の刑の執行を猶予する。
原審における訴訟費用は被告人の負担とする。
理由
弁護人上村進の控訴趣意は別紙記載のとおりで、これに対し次のように判断する。
論旨第二点について。
論旨は、本件住民登録届書は刑法第二百五十八条の客体となるものではないと主張するのである。しかしながら、同条にいわゆる「公務所ノ用ニ供スル文書」とは、現に公務所が使用し又は保管している文書をいうのであつて、その作成者が公務員であるか私人であるかは問うところでない。しかるに、原判決の挙示する証拠によれば、本件届書は原判示村役場が住民登録法によつて受理し住民票作成の資料として保管中のものであつたというのであるから、同条にいわゆる「公務所ノ用ニ供スル文書」であることは疑のないところである。次に、論旨は、被告人は本件届書そのものは破棄していないと主張する。なるほど押収にかかる住民登録届綴について見れば被告人は右届書をその綴り目の部分からこれを破り取つたものでその記載部分を破棄したものでないことは認められる。しかし、たとえその記載部分ではないにもせよ、ともかくその文書の一部を物質的に毀損したことは明らかであるのみならず、前記法条にいわゆる文書の毀棄とは、必ずしも文書を有形的に毀損する場合だけでなく、無形的に一時その文書を利用することのできない状態に置いた場合をもいうのであるから(大審院昭和九年(れ)第一〇七〇号同年一二月二二日判決、刑事判例集一三巻一七八九頁参照)、いやしくも不正領得の意思なく公務所の用に供する文書をその管理者の意に反して持ち去つた以上は、当該公務所をしてその文書を利用することのできぬ状態に置いたものであつて、同条にいわゆる「毀棄」に該当するものといわなければならない。そして、かくのごとく公務所の利用を妨げた事実があれば、その期間の一時的であると永続的であると、また後日返還の意思あると否とはなんら同罪の成否に影響しないと解すべきであるから、右文書が現在村役場に返還されているからといつて文書毀棄罪の成立を阻却する筋合ではない。これを要するに原判決が被告人の所為に刑法第二百五十八条を適用したのは正当であつて、論旨は理由がない。
(その他の判決理由は省略する。)
(裁判長判事 大塚今比古 判事 山田要治 判事 中野次雄)
控訴趣意
第二点本件破毀の客体となつた文書は各住民の任意提出にかかる登録表で一冊の綴になつているが厳格にいうとそれ自体が住民登録の原簿と称するものではなく住民登録法の所謂住民登録簿そのものでは絶対にない。只その原簿を作成する資料に過ぎないものである。本質は厳格の意味では多分に提出者の私的性質を保有している文書で提出者によつて後日訂正は充分出来るべき性質のものである。従つて刑法第二五八条に謂う厳密の意味での「公務所の用に供する文書」とはいい得ないものといわねばならない。被告人はその意味で訂正を要求した結果が自己に持ち帰る心を感しての行為に過ぎないのである。然り而して破毀された文書はその後村長及係書記(何れも証人に出ている人)が承諾され破れ目に紙を裏打ちして元の通りにして返還し「登録表綴」に綴込まれて居るのである(此点証人小池与三治、同証人牧瀬本一の証言御参照。)牧瀬の証言中、只今は職権で日馬主の分は出来て居ります……此文書を返却されれば原本に綴込んで置くことが出来ます。村長が承諾すればよいと思います云々ということによつて、住民登録原簿ではない資料に過ぎない本件「表綴」の一部(一枚)而かも文字の処には何等の支障を来たさなかつたもの即ち文書の一部としても何等の破毀の結果を来さなかつたもの、全体としても今日に於ては少々の破毀の結果のない行為、文書として役場と厳然として完全に備付けられている文書、又此資料によつて住民登録簿なるものは別に完成して備付けられていることは証人牧瀬本一の証言によつて明らかである。以上何等実害を生じていないし、行為の客体たる文書は破毀されていないのである。然るに之れある如く有罪と断じた原審判決は審理不尽の結果事実誤認があり違法の判決で到底破毀を免かれないものである。
(その他の控訴趣意は省略する。)