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東京高等裁判所 昭和28年(う)750号 判決 1953年6月12日

控訴人 被告人 秋本慶次郎

弁護人 小倉重三

検察官 中条義英

主文

原判決を破棄する。

本件を東京地方裁判所に差し戻す。

理由

本件控訴の趣旨は末尾添附の弁護人小倉重三名義の控訴趣意書と題する書面に記載の通りである。これに対して次の様に判断する。

論旨第三点に対して

原判決は被告人は昭和二一年一一月二五日頃から千葉合同無尽株式会社(現在千葉相互銀行)松戸第二出張所(後に松戸支店に昇格)に外務員として勤務し、無尽契約の募集及び掛金の集金の業務に従事して昭和二六年一〇月一五日解雇になつたものであるところ、右解雇以前はその集金を自己の用途に費消するつもりであつて会社に掛金として入金するつもりはないのに恰かも会社に入金するものの様に装い、又解雇後は会社の集金人でないのに会社の集金人として掛金を集金に来たものの様に装い、会社より無尽の集金に来たと虚構の事実を申向け、原判示第一乃至第三の日時場所で同判示の様に夫々相手方を誤信させて角田健吉から合計三七回に金四七、五〇〇円、宮崎きんから合計二五回に金三一、二五〇円、鈴木新太郎から合計二九回に金九二、五〇〇円を交付させて、その都度之を騙取した旨の事実をその挙示の証拠によつて認定し、いずれも詐欺罪として之に各刑法第二四六条第一項を適用していることは所論の通りである。然し乍ら被告人は右判示の様に昭和二六年一〇月一五日解雇されるに至る迄は前記会社の外務員として無尽契約の募集及び掛金の集金の義務に従事していたものであるから、無尽掛金集金の権限をもつていたものであり、従つて被告人が原判示の様に仮令その集金を自己の用途に費消するつもりであつて会社に入金するつもりがないのにも拘らず、之を秘して、角田健吉から原判示第一1乃至27、宮崎きんから同第二1乃至16、鈴木新太郎から同第三1乃至24各記載の様に夫々無尽掛金を受領したとしても、右解雇迄の右集金は正当権限に基く無尽掛金の集金行為であり、又正当権限を有する被告人に無尽掛金として交付した右角田健吉外二名の支払行為は即時且当然に右会社に対して有効な掛金の支払となるものであつて、被告人に右集金の際受領金の使途について不法の意図があつたとしても、右は単に動機の不法に過ぎないもので右集金行為を違法ならしめるものではない。従つて被告人が右集金行為後に右金員を擅に自己の用途に費消或はその目的の為に着服したときは業務上横領罪が成立する(此の点については訴因の釈明変更等の手続を必要とする)は格別、右集金行為が詐欺罪にあたるものということはできない。然るに原判決が所論の様に右解雇日である昭和二六年一〇月一五日以前の集金行為をも詐欺罪に問擬したのは法律の適用を誤つたものであり、右は原判決に影響を及ぼすことが明であるから、原判決はこの点において破棄を免れない。

論旨は理由がある。

そこで、他の論旨に対する判断を省略し、刑訴法第三九七条第三八〇条により原判決を破棄し、第四〇〇条本文により本件を東京地方裁判所に差戻すべきものとする。

仍つて主文の通り判決する。

(裁判長判事 久礼田益喜 判事 武田軍治 判事 江里口清雄)

弁護人小倉重三の控訴趣旨

第三点本件犯罪事実は詐欺罪及業務上横領罪の併合罪を構成するものなるに原審判決は単なる詐欺罪として判決言渡しを為したるも右は法の適用に違法あるものなり。

則被告人が前記銀行松戸支店の外務員として在勤中本件の被害者より集金せる無尽掛金の使ひ込みは業務上横領罪成立するも、詐欺罪は成立せず、乍然被告人が右銀行より解雇後集金せる掛金の消費は詐欺罪成立するものなり。本件の犯罪事実は被告人が右銀行に在職中被害者角田健吉、宮崎きん、鈴木新太郎と無尽契約を締結し最初の掛金二、三回分は右銀行に入金しあるものにして従つて右無尽契約は有効に成立し居るものなれば、其後に於ける掛金の使ひ込みは横領となるものにして、被告人が外務員の職を解雇されたる後に於て始めて詐欺罪成立するものなり。

則原判決は被告人が解雇されたる昭和二十六年十月以前の集金を横領罪とせず詐欺罪として判決を為し居るもこれは事実の認定を誤り法の適用に違法あるものなり。

(その他の控訴趣意は省略する。)

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