大判例

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東京高等裁判所 昭和28年(う)931号 判決

被告人 河村成基 外一名

〔抄 録〕

同第二の一乃至三について。

原判示事実は、原判決の援用にかかる被告人甲の原審公廷における供述及び各証拠書類を総合してこれを肯認するに充分であつて、記録を彼此照合して検討するも、原判決援用の証拠書類には、供述の任意性や信憑力が疑われるような証拠能力又は証拠価値を欠くものは存しない。原判示姙娠月数は、所論のような荻野式計算法により推算した受精日より起算したものではなく、最終月経の初日から起算して満十箇月(二十八日を一箇月とするもの)を経た日を出産予定日とする通常の姙娠月数計算方法によるものであつて、この場合姙娠八箇月とは右の計算により満七箇月を経過し、満八箇月に至るまでの期間を指すものであることは、原判決援用の被告人甲の原審公廷における供述によるも明らかなところであるから、原判決は、所論のような姙娠月数に関する誤認をおかしているものではない。また、たとえ所論のように荻野式計算法による受精日から起算するとしても、月経の周期は、人により相違し、同一人にあつても必ずしも一定不動のものではないから、本件受精日は、精確に論旨摘録の期間内に限定さるべきものではなく、これとは若干の差異を来たすことがあるのは当然であつて、本件施術の日が受精日から満七箇月(二十八日を一箇月とするもの)を経過したもの(即ち姙娠八箇月に入つたもの)となることも、容易に考えられるところであるから、原判決援用の証拠書類の内容と照らし合わせるときは、原判決が、本件胎児について、姙娠八箇月に入つた疑ありと判示したことについては、誤があるものと言うことはできない。被告人甲が、本件胎児が母体外で生命を保続する虞があつたにかかわらず本件施術を行い、これがため姙婦が嬰児を分娩し、該嬰児がすでに呼吸を開始し、且つ生命を保続する可能性があつて、同被告人もこれを知つたにかかわらず、同様かかる生命保続の可能性を知つていた被告人乙と共謀して、同女の手で生存中の該嬰児を積極的にバケツの水中に浸し、これを窒息死に至らせたものであることは、原判決が証拠欄に摘示する前記被告人甲の供述及び各証拠書類の記載に徴して明らかなところであつて、原判決が所論のように優生保護法の規定の解釈を誤つて、誤つた判断を下したものではない、記録に現われた原審における審理の結果を検討するも、かかる原判決の採証、認定は、何ら条理又は経験則に違背するものではなく、原判決が所論のように採証、認定を誤つたものでないことは、疑を容れない。論旨は、原審に顕われた証拠中被告人等に不利な部分を排し、被告人等に有利な面のみを強調した独自の推断であつて、すべて理由がない。

同第二の四について。

さきに判断したところによつて明らかなように、本件は、本来人工姙娠中絶を行うに適しない胎児について施術を行い、分娩後、嬰児が生命保続の可能性あることを知りながら、既に人となつた生存中の該嬰児を積極的に水中に浸して窒息死に至らせた事件であるから、たとえ、右施術が適法な人工姙娠中絶を行う主観的意図に出たものであつたとしても、分娩後の右嬰児殺害行為は、明らかに刑法上の殺人罪であつて、優生保護法は、かかる行為をも許容するものではないから、該行為については、違法性を阻却するものでないことは明らかである。原判決は、所論のように法令の解釈、適用を誤つたものではない。論旨は、独自の見解に基くものであつて、理由がない。

註 本件における原判決の認定した犯罪事実は「被告人甲は、昭和二十三年六月頃より肩書住居地に於て、産婦人科医を開業し同二十六年頃より優生保護法所定の指定医となつているもの、被告人乙は、被告人甲の妻であり、看護婦兼助産婦として、同被告人の診療行為を補助しているものであるところ、被告人甲は、同二十七年七月十日頃、静岡県磐田郡上浅羽村浅羽千六百二十六番地A(当時満四十三年)を診察した際、同女から、最終月経が同年二月三、四日頃終つた旨聴取し、姙娠六ケ月と診断したが、その後、同女から人工姙娠中絶の依頼を受け、既に姙娠八ケ月に入つた疑あり、胎児が母体外に於て生命を保続する虞があつたにも拘らず、之を承諾し、同年八月二十六日肩書自宅医院に入院させ、同日から継続して、該手術を施行し、同女が同月三十日午前十時半頃、同医院二階八畳間に於て、嬰児を分娩し、同嬰児の身長が約四十糎にして、姙娠八ケ月の胎児の標準身長を備へ、直ちに泣声をあげるや、之に立会つた被告人両名は、同嬰児が母体外でも生命を保続する可能性あることを知り、同嬰児の処置に窮したあげく、同嬰児を殺害しようと共謀するに至り、被告人甲の指示により、被告人乙が、同嬰児の臍帯の母体側と嬰児側の両方にコツヘルを挾んで、その中間を切断した上、同嬰児を、右八畳間の東隣にある六畳間に運び、同嬰児の顔部等を、水を半分位入れて同所に置いてあつた一斗入バケツの水中に、俯けに浸して、そのまま放置し、即時同所に於て、同嬰児を窒息死に至らしめ、殺害の目的を達したものである。」

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