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東京高等裁判所 昭和28年(ネ)1271号 判決

控訴人は前記適用法条たる第一次改正前の自創法第四条第一項には「前条の規定の適用については、農地の所有者の同居の戸主若しくは家族……が当該農地の所有者の住所のある市町村の区域内において所有する農地は、これを当該農地の所有者の所有する農地とみなす」と定めており、控訴人昌俊は父市郎の四男であるが、昭和二十年十二月十五日分家届出をし、爾後は市郎の同居の家族に属しないのであるから、同法条の適用はない旨主張し、右分家届出の事実は被控訴人の争わないところであるから、まずこの点につき見解を述べる。

元来第一次改正前の自創法(昭和二十一年十月二十一日法律第四十三号)は昭和二十一年十二月二十九日から施行せられたもので、当時は改正前の民法の家に関する規定はあつたが、昭和二十二年五月三日以後は日本国憲法の施行に伴う民法の応急的措置に関する法律第三条により戸主、家族その他家に関する規定はこれを適用しないこととなつた結果、前記第一次改正前の自創法第四条第一項に「同居の戸主または家族」とある部分についてはその立法の精神からみても「同居の親族」と解すべきは当然であるのみならず、このことは、第一次改正自創法(昭和二十二年十二月二十六日公布法律第二百四十一号)第四条第一項において従前「同居の戸主または家族」と規定されていた部分を「同居の親族若しくはその配偶者」と改め、特にその附則第一条において右改正後の第四条第一項の規定は昭和二十二年五月三日から、これを適用する旨を宣明している。従つて前示分家届出の有無に拘らず後に認定する如く本件買収計画樹立当時控訴人が父市郎の同居の親族と認められる以上前示第四条第一項の適用を免れることはできないと解すべきものである。

第三、本件買収計画樹立当時控訴人が父市郎の同居の親族であつたか否かについて。

控訴人が父市郎の四男であることは当事者間に争なく、右事実と成立に争のない乙第一ないし第三号証、原審証人斎藤市郎(ただし後記措信しない部分を除く)、同小沢平蔵、当審証人中村佐忠の各証言を総合すれば、控訴人は大正十一年の当時未だ独身の青年であつて父市郎と別居したというも右居宅と称する所は右市郎方の屋敷内ともいうべき同人所有納家の一隅に板を並べ筵を敷いた程度で、人の起居する設備もなく、独立世帯としての固有の世帯道具、農具などを有して居らず、父市郎と共に農業に従事し同一家屋において食事を共にしていたのであつて、別居と称するも右は仮装したにすぎず、事実上は父の居宅に同居し特に生計費を分担したという事跡も認められないこと、控訴人に対する保有米の算定、生活必需品の配給等はすべて父市郎の世帯員として受け、村民税も父市郎の世帯員の故を以て控訴人に対し賦課されていなかつた事実を認めることができ、原審及び当審証人斎藤市郎、当審証人斎藤弘明の各証言中上記認定に反する部分は採用し難く、他に右認定を覆すに足る証拠はないのみならず、前示控訴人の分家届出の事実は少しも前示認定を妨げるものではない。

以上認定の事実によれば本件買収計画樹立当時控訴人は父市郎と住居及び生計を同じくしていた親族即ち前示同居の親族に該当することは明らかであるから、仮りに控訴人主張の如く別紙目録記載の農地(小作地)が全部控訴人の所有であつたとしても、前示自創法第四条第一項に則り、同法第三条の適用については、父市郎の同居の親族として右市郎の住所のある南白龜村の区域内において控訴人の所有する右農地は父(世帯主)市郎の所有地とみなされるのであるから、同人所有の他の農地と通算して、同法第三条第一項第二号により在村地主の法定保有小作地の面積を超えるものとして本件農地の買収計画を樹立したのは適法であると謂わねばならない。(南白龜村における在村地主の法定保有小作地の面積が一町歩であつて、本件買収計画において右市郎の所有小作地として一町二反歩以上保有されていることは当事者間に争がない)

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