大判例

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東京高等裁判所 昭和28年(ネ)1859号 判決

(五) ところで、被控訴人の生活状態等をみると、被控訴人は昭和二十七年四月一日肺結核のため長期の休養を要するものとして休職処分に付され、同時に六級俸の八割一ケ月金一万二千七百円を支給されることになつたが昭和二十九年四月一日以降は無給休職となり恩給は退職しなければ支給されず、たとえ退職しても被控訴人は現在四十五才であるので、五十才になるまでは恩給年額六万九千五百円の半額を支給されるにすぎず、然るに、被控訴人の病症は一進一退を続け、なお相当期間入院加療を要する状態であつて今なお伊豆逓信病院に入院しており、しかも昭和二十九年四月一日以降は無給となり共済組合費を納めないため今後は病院における医療費一ケ月金一万五千円を負担しなければならないことになつている。この外被控訴人は栄養費として毎月五千円位を要し、家族の生活費、子女の教育費等に一ケ月金一万七千円位合計三万七千円位を必要とするのである。

(六) そこで、被控訴人は滞納税金、滞納地代、借用金などの支払、返済並びに被控訴人の療養費、家族の生活費等にあてるため、やむを得ず、馬場幸雄に賃貸していた(甲)建物を昭和二十九年六月十五日同人に金三十万円で売り渡し既に移転登記をしたのであるが、被控訴人はそのうちから、右家屋を担保にして借り受けた十万円、地代滞納金五万円のうち三万円並びに旧債のうち三万円を返済し、被控訴人の衣料品等一万五千円を購入し残金は当分生活費にあてることにしているが、被控訴人の入院料療養費、家族の生活費等に一ケ月金三万七千円位を必要としているのであるから、右残金も僅に数ケ月の生活を支えるにすぎない。従つて、被控訴人が(甲)建物を馬場幸雄に売り渡したことは被控訴人の生活状態が著しく好転したことにはならないから、この事実が被控訴人の本件家屋明渡の請求に支障を来すものと認めることはできないのは勿論であつて、現在の毎月の収入としては、被控訴人の家族が住んでいる家の二間を間貸して一ケ月金四千円を得ているだけで本件家屋の家賃は、控訴人は昭和二十六年七月分からは一ケ月金千百五十円の割合で供託しているが、被控訴人はこれを受けとつていない。

(七) 以上のように、被控訴人の収入は僅であるに拘らず、前述の生活費医療費等に毎月金三万七千円位を必要とする外所有家屋三棟の固定資産税(一万四千百三十円、但し馬場幸雄に売り渡した家屋の税金は今後なくなるわけである。)を支払わねばならず昭和二十五年度分以降の滞納税金四万三千八百円に達しまた、地代の延滞も昭和二十七年十一月末日までに二万八千余円に達し、同年十二月分以降は一ケ月金千四百円余(馬場幸雄に売り渡した家屋の敷地も含む)を支払わねばならない。従つて、現在の収入を以つては被控訴人の療養費は勿論、被控訴人の家族の生活費も到底支払うべくもない有様である。

(八) このような事情のため、被控訴人は、控訴人に賃貸した本件家屋を利用して賄付下宿人をおき、被控訴人の妻がその世話をして下宿料からあがる利益で被控訴人の療養費、家族の生活費、税金、地代等の一部を捻出しようと考えた。というのは、被控訴人は入院療養中のこととて収入を得る途はなく、被控訴人の妻は四人の子女と病気の夫を抱えては到底働きにでることは不可能であり、また、特殊の技能を有する者でもないから、結局本件家屋を有利に利用して収入をあげる以外に療養費、生活費等を得る途はないのである。幸いに、被控訴人が住んでいる家と本件家屋は庭つづきであるから、被控訴人の妻が下宿人の世話をするのにも都合がよく、住宅難の折柄、下宿人も容易に見付かるであろうから、本件家屋の利用方法としては最も手近な確実な方法ということができる。ところでその収入の予想であるが、本件家屋は八畳、六畳、三畳、二畳各一室、四畳半三室計七畳あり、東京大学教養学部に近く、被控訴人の知人関係の学生で下宿人の心当りがあるので、被控訴人は八畳六畳に夫々二名宛、四畳二室に一名宛合計六名の下宿人をおき一ケ月金六千円宛の下宿料から一ケ月金千九百五十円位の利益をあげる計画である。そしてこの計算は会社の寮母をしている被控訴人の妹小松隆がその経験から割り出したものであつて、必ずしも過大な計算ではない。仮に、計画とおりの下宿人が常時得られないとするも、少くとも、本件家屋の統制賃料(昭和二十七年十二月一日以降は一ケ月金二千八百十二円)相当額を上廻る利益をあげることは現今の住宅事情等からおして決して不可能ではないと考えられる。

(九) 前記各証拠によつて、以上の事実が認められるのであつてこれらのことを考えると、右の計画は被控訴人の現状からすると、その療養費、家族の生活費その他の諸経費を捻出する為には、最も実現性のある確実なかつ有利な方法と認めざるを得ない、従つて、被控訴人が右の計画実現のため控訴人に対し本件家屋の明渡を求めるのは、まことに已むを得ないところといわなければならない。

四、次に、控訴人の状況は次のとおりである。

原審並びに当審における証人中田あい、控訟人本人(原審第一回、第二回)の各供述によると、控訴人は本件家屋を権利金、敷金も支払わないで賃借したのであるが、その家族は妻と長男信夫夫婦、孫の五人家族であり、控訴人は釣竿等を製作する株式会社喜楽製作所の取締役、日本竹製品輸出振興協同組合検査員全国釣用具物品税減免期成連盟の会長、東京釣具商工組合連合会長、雑誌「釣人」の取締役であり、釣具商経営三十年の経験を有し、業界の指導的立場にある斯界の長老である、また、長男信夫は三十才の壮年で、これまた釣具製造の技能を有し、昨年まで佐世保市で駐留軍向けの釣具商をしていた者である、然し控訴人本人の前記の職務はいずれも無報酬であり、信夫の収入も僅であるので佐世保市に住む娘から仕送りを受けている状態で信夫の妻は病弱でもあつて、決して余裕のある生活とはいえないから、もし控訴人が本件家屋を明け渡さなければならないとすれば、住宅難の折柄でもあり、移転先を見付けるのに相当困難を感ずるであろうことは想像に難くないところではあるが、控訴人の職業、家族関係などから考えると、たとへ長男の妻が病弱なことをしんしやくしても、控訴人は必ずしも本件家屋を必要とするものではなく、また控訴人の経験、経歴と、業界における地位から考えれば、移転先に窮するようなことはないと認める。

五、以上のように、被控訴人と控訴人について夫々の生活状態本件家屋の必要性、本人及び家族の生活力等諸般の事情を考えると、被控訴人の本件賃貸借契約の解約申入は正当の事由があるものといわなければならない。

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