大判例

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東京高等裁判所 昭和28年(ネ)2179号 判決

控訴代理人は、「原判決中控訴人敗訴の部分を取り消す。被控訴人は控訴人に対し原判決において認容されたものの外更に金九十五万円及びこれに対する昭和二十七年五月二日から右完済迄年六分の割合による金額を支払え。訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は、主文第一項同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述並びに証拠の提出、認否、援用は、被控訴代理人において、「本件相殺の反対債権は乙第一、二号証の各手形金額の元金残九十五万円及びこれに対する日歩二銭八厘の割合による利息一万四千六百七十四円合計九十六万四千六百七十四円であつて、相殺の意思表示は訴外大洋食品株式会社に対し昭和二十七年二月二十五日到達の書面によつてなし、これと同時に控訴人に対し同月二十四日到達の書面を以つてその旨の通知をなしたものである。仮りに右相殺の効力がないとしても原審における昭和二十七年十月七日の本件口頭弁論において右相殺の意思表示をなしたものである。」と述べ、控訴人において、「右通知及び相殺の意思表示のあつたことを認める。」と述べ、立証として当審証人幸彌三吉、水垣進の証言を援用した外、いずれも原判決の事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。

三、理  由

当裁判所は、審究の結果、左記(一)ないし(五)の説明を附加する外、原審と同様の理由により、控訴人の本訴請求は、原審認容の限度において正当であるけれども、その余は失当であつて棄却すべきものと判定したので、ここに原判決の理由の記載を引用する。

(一)  被控訴人が大洋食品株式会社に対し、昭和二十七年二月二十五日到達の書面を以て、被控訴人が同会社に対して有する乙第一号証の一の約束手形に基く手形金残額六十万円及び乙第二号証の一の約束手形に基く手形金三十五万円の各償還請求権並びにこれに附帯する日歩二銭八厘の割合による金一万四千九百七十四円の利息と本件百万円の定期預金債務とを対当額において相殺する旨の意思表示をなし、かつ控訴人に対し同年二月二十四日到達の書面を以てその旨通知したことは、当事者間に争のないところであるけれども、およそ手形債権を自働債権として相殺をなすには、手形の受戻証券たる性質上、訴訟上防禦方法として相殺をなす場合とか、相殺あるもなお手形債権の一部が残存するような場合を除き、相殺の意思表示の外手形を相手方に交付することを必要とするものであるのにかかわらず、被控訴人のなした右相殺の意思表示は、手形の交付を伴わないものであるから、(このことは現に被控訴人が乙第一、二号証の各一の約束手形を所持しこれを書証として提出していることにより明らかである。)相殺の効力を生じないものというべきであるのみならず、右相殺の意思表示のあつたときには、既に本件債権差押並びに転付命令がその効力を生じ、受働債権たる本件定期預金債権が控訴人に転付せられた後であるから、被控訴人が相殺を以て控訴人に対抗するには、控訴人に対し相殺の意思表示をしなければならないものというべく、従つて前記相殺の意思表示は相手方を誤つているものとなすの外なく、この点よりするも、右相殺の意思表示は相殺の効力を生じないものといわなければならぬ。しかしながら、被控訴人が昭和二十七年十月七日の原審における口頭弁論期日において、控訴人に対し、同一債権を自働債権として訴訟上相殺の意思表示をなしたことは、記録上明らかなところであつて、このように訴訟上防禦方法として相殺の意思表示をなす場合には、たとえ手形債権を自動債権とする場合でも、手形を相手方に交付することを必要としないものと解するを相当とする。けだし、このことは、手形金の支払における手形の呈示並びに交付が手形債務者に手形債権者が誰なるかを知らしめかつ二重払の危険をさけしむることにあることと右の如き相殺はいわゆる裁判上の相殺であつて、訴訟行為であると同時に私法上の法律行為たる性質を具有するものであり、あたかも手形金請求訴訟を提起し、又裁判所が相手方に手形金の支払を命ずるには、当該手形の呈示並びに交付を必要としないこととを思いくらべて容易に理解することができるであろう。従つて、被控訴人のなした右裁判上の相殺は、その自働債権にして存在しかつ相殺適状にある限り、理由あるものといわなければならぬ。

(二)  成立に争ない乙第一、二号証の各一及び原審証人服部節夫、伊藤英雄の証言を綜合すれば、被控訴人は、本件乙第一、二号証の各一の手形をそれぞれその満期日に呈示し支払を求めたがこれを得なかつたこと並びに右呈示は東京手形交換所における呈示によりなされたことを認めることができる。そして成立に争ない乙第一、二号証の各二によれば、これら手形は、右呈示後持出銀行たる被控訴人の依頼により交換取消の上受入銀行たる株式会社山梨中央銀行東京支店から被控訴銀行江戸橋支店に返還せられた事実が明らかであるけれども、原審証人服部節夫、伊藤英雄の証言によれば、右措置は被控訴銀行江戸橋支店が前記手形の振出人である株式会社幸徳屋及び富士食品工業株式会社の懇請により手形不渡による取引停止処分を免れしむるためとつた便宜の措置であつて、これにより一種の交互計算ともいうべき持出銀行と受入銀行との間の手形交換による決済から除外してこれに組み入れないこととなるも固よりこれがため一旦生じた支払の為の呈示並びに支払拒絶の効力を滅却させるものでないから、これら手形に基く支払拒絶による遡及権保全の要件としては何らかくるところがないといわなければならぬ。

(三)  控訴人は、右乙第一、二号証の各一の手形債権はその後書き替えられたので、これにより消滅したが少くとも満期日が延期せられたものであると主張するが、右事実を認めることができないことは、原判決の説示するとおりであつて、当審証人井手得雄、水垣進の証言によつても右認定を覆えすことができない。

(四)  被控訴人は、本件相殺の自働債権として日歩二銭八厘の割合による延滞利息を計上しているけれども、本件相殺の自働債権は約束手形の支払拒絶による償還請求権であることは被控訴人の自ら主張するところであつて、この場合償還義務者に対し請求することのできる金額は手形法第四十八条第七十七条第一項四号の法定するところであり、又乙第一、二号証の各一によるも、手形に利息の記載のないことが明らかであるから、たとえ本件手形がいわゆる割引手形であつてその割引率が日歩二銭八厘の割合であり、又被控訴人と大洋食品株式会社との間に満期日に支払のないときは日歩二銭八厘の割合による遅延損害金の支払をなす旨の特約があつたとしても、右延滞利息を相殺の用に供することは許されぬところであるというべく、しかるときは、本件相殺は原審認定のとおり元本である金九十五万円の限度においてその効力を生じたものと認めるのが相当である。

(五)  原判決四枚目表八行目「定期領金」とあるは「定期預金」の誤記である。

しからば、原判決は相当であつて控訴人の控訴は理由がないのでこれを棄却すべく、よつて民事訴訟法第三百八十四条、第九十五条、第八十九条を適用して主文のとおり判決した。

(裁判官 大江保直 岡咲恕一 猪俣幸一)

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