大判例

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東京高等裁判所 昭和28年(ネ)2362号 判決

控訴代理人は主文同旨の判決を求め、被控訴代理人は本件控訴を棄却するとの判決並びに家屋明渡の部分につき仮執行の宣言を求めた。

当事者双方の事実上の主張は各代理人において次のとおり述べたほか、原判決の事実摘示と同一であるからここにこれを引用する。即ち、

被控訴代理人は、損害金は被控訴人主張の賃貸借解約の翌日たる昭和二十八年九月八日以降につき請求する。控訴人主張の後記(一)、(二)の賃貸借解約についての欺罔、詐欺の事実は否認する、

と述べ、

控訴代理人は、

(一)  仮に被控訴人主張の如く控訴人の夫たる訴外小林繁雄との間に賃貸借契約が解除されたとしても、これをもつて直ちに控訴人に対し明渡を請求することは権利の濫用である。即ち右繁雄は昭和十二年本件家屋を訴外並木久吉から賃借したが、昭和十四年には北支の交通会社に転勤し、昭和二十一年五月に引揚げ帰国したが、翌年の二月には本件家屋を去つて長野市に移住した。従つて同訴外人が賃借以来右家屋に実際に居住したのは僅か二年有半にすぎず、実質的には控訴人が完全な借家の主体となつて、かしなく契約関係を維持してきたのである。前所有者訴外並木久吉及び被控訴人は何れも右の実態を熟知し、控訴人が借主であることを認めながら何とかして控訴人を追出そうと企て、昭和十四年以来一度も賃料も徴収せず、従つて又一度も賃借人として取扱わなかつた繁雄を欺罔して借家契約解約書に捺印させ、被控訴人はこれを根拠として控訴人に家屋の明渡を請求するのであるから右は権利の濫用である。

(二)  仮に、控訴人主張の新賃貸借が認められず、そして被控訴人と右繁雄との間の賃貸借が解約されたとしても、右解約は次の如く失効したから控訴人は同訴外人の賃借権を援用して本件家屋を使用する権利がある。即ち、右繁雄が訴外並木久吉に対してなして解約の意思表示は、「現居住者と新たに借家契約をするから現在居住せぬ貴殿との借家契約は解約にしてくれ」との被控訴人代理人並木信政からの申入に応じてなした意思表示であつて、これは詐欺による意思表示であるから取消し得べきものであるところ、右繁雄は昭和二十八年九月二十八日被控訴人の代理人たる並木信政に対し取消の意思表示をした。よつて借家契約解約の意思表示は遡及的に失効した。

と述べた。

<立証省略>

三、理  由

被控訴人が昭和二十八年四月二十一日別紙目録記載の家屋をその所有者たる訴外並木久吉から買受けたこと、控訴人がその以前から右家屋に居住して現在に及ぶことは当事者間に争がないところである。そこで控訴人主張の占有権限について判断すべく、先ず控訴人の訴外小林繁雄の賃借権の援用の当否について検討する。

訴外並木久吉と訴外小林繁雄との間に本件家屋につき賃貸借が存し右賃貸借が被控訴人の右家屋の所有権取得によつて繁雄と被控訴人との間に承継されたことは当事者の主張の一致するところであり、控訴人は妻として夫たる繁雄の右賃借権を援用して被控訴人に対抗し得る趣旨を主張するに対し、被控訴人は右賃貸借は昭和二十八年九月七日賃貸借当事者間で合意解約された旨主張するので合意解約の有無について審究する。

当審証人小林繁雄の証言によつて成立の認められる甲第三号証の表題、本文中の「解約」文字や当審証人並木信政の証言によれば、被控訴人及びその意を受けた訴外並木久吉から本件賃貸借解約の取りはからいを委された代理人訴外並木信政の小林繁雄に対する折衝によつて被控訴人主張の日本件賃貸借を解約する旨の合意が成立した如くに見られるけれども、ひるがえつて、本件賃貸借も普通の事例に見る如く世帯主たる繁雄個人を賃借名義人にしてはいるにしても、その実質は一般の住宅家屋の賃貸借におけると同じように繁雄個人のみでなく家族各員のためのものと認められる事実、右小林証人の証言と当審における控訴本人の訊問の結果によれば、繁雄は昭和二十一年四月頃大陸から引揚げ一旦控訴人の住む本件家屋に入つたが、当時別に女ができていてこの家には長く留らず、昭和二十二年二月頃にはここを出て右の女性と長野市に同居し同地で農業を営み、控訴人とは世帯を別にし本件家屋には全然出入しなくなつたことが認められるところ、前記並木証人の証言の一部と弁論の全趣旨によれば、被控訴人側特に前記折衝にあたつた訴外並木信政はこのことを熟知して「解約」がなされたことが認められるのであつて、即ち賃借名義人にして賃借当時の世帯主たる者が家族の随伴同居することを期待できないような仕打ちで他に転居しており、そして関係者がそのことを知りながら敢てそのような賃借名義人との間に「賃貸借の解約」がなされたという事実を念頭において右甲第三号証の解約文言中の「最早自分としては実在せず居住の要なき侭」なる語句と当審証人小林繁雄の証言成立に争なき甲第五号証を綜合して考えるときは、そこに成立したのは、用語は妥当でないが強いて解約という語を用いて表現するならば、前記のような実質を有する賃貸借のうち繁雄に関する部分-繁雄個人の利益に関する部分-を解約するという合意なのであり、その実体を単的にとらえれば繁雄の本件家屋への居住の利益は放棄する旨の合意なのであり、即ち現に居住しない繁雄個人の居住の利益は放棄するという意味において「解約」ということにするが、それはただその限りにおける「解約」なのであつて現住する控訴人が賃貸借当初から住宅家屋の賃貸借の本質上僣在的に持つていた居住の利益には影響なきものとする(逆にいえば、控訴人の居住の利益に関する限りにおいては繁雄の賃貸借はそのままとするという趣旨を含む。)という一種の契約がなされたに過ぎないというのが真相であると認められる。それはそういつた一種特別の内容をもつた合意なのであつて賃貸借そのものを消滅させる賃貸借の合意解約ではない。右のような合意であつたればこそ右並木証人の証言する如く合意が簡単に成立したものと認められるのである。右並木証人の証言中この趣旨に反する部分は信用できず他にこの認定を覆し賃貸借の合意解除の成立を認むべき証拠は存しない。

右の如く賃貸借の消滅を来す賃貸借の合意解約は認めることができないから、控訴人は繁雄の賃借権を援用し得べく、従つてその本件家屋の占有を不法占有ということはできず、被控訴人の請求はこの点において失当というの外はない。

従つて被控訴人の請求はその他の争点について判断するまでもなく、失当として棄却すべきであつて、これを認容した原判決は失当であるから民事訴訟法第三八六条第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 薄根正男 古原勇雄 野本泰)

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