大判例

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東京高等裁判所 昭和28年(ネ)502号 判決

控訴人訴訟代理人は「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は一、二審共被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人訴訟代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述は、控訴人訴訟代理人において「従前主張の如く、被控訴人が海野巡査から棒で強打されたために被つたと主張する傷害のうち、右上膊部下端の打撲及び刺創は、海野巡査が被控訴人を食糧管理法違反の現行犯人として逮捕しようとし、被控訴人はこれを免れようとして格闘した際、被控訴人が附近の生木の垣根または粗朶編の垣根等に右上膊を強く打付けたために、生じたものであり、また左眼瞼部の切創は、被控訴人が海野巡査に反抗して最後にその左腕部を拳で激しく突いた際、海野巡査が右反抗を抑圧しようとして、右腕でこれを打払いなどしたため、同巡査の腕が過つて被控訴人の掛けていた眼鏡に当つてガラスを破り、その破片によつて生じたものと思われ、いずれにしても海野巡査が棒を以て強打したために生じたものでない。而して(イ)巡査が現行犯人を逮捕する場合において、犯人が逮捕を免れようとして激しく抵抗する場合に、これを抑圧して逮捕の目的を遂げるためには、ある程度の実力を行使することはやむを得ないところであつて、その実力行使が著しく必要の範囲を超えない限り、その行為によりたまたま犯人に傷害を生ずることがあつても、その巡査の行為は業務に鑑み正当な行為というべきであつて、これを違法な行為ということはできない。本件において前記海野巡査が前記のような所為に出でたのは、体力の勝れた被控訴人の反抗を抑圧して逮捕の目的を遂げるため必要やむを得なかつたものと謂うべく、仮りに原判決認定の如く、海野巡査が所携の棒を以て被控訴人を突いたり殴つたりしたため傷害を与えたものであるとしても被控訴人は海野巡査をさんざん愚弄し且つ反抗した末、最後に同巡査が被控訴人の左手の袖をつかみこれを捕えようとしたところ、被控訴人はその手を振切り拳を以ていきなり海野巡査の左胸部を激しく突いてきたので、海野巡査はそれまでの被控訴人の不誠実な態度に憤激し、且つは被控訴人の暴行から身を衛ると共に、自己の手にあまる被控訴人の抵抗を抑圧しこれを取押えんものと、拳と持合わせていた棒切を以て被控訴人に立向い闘争中、半ば無意識に被控訴人を突いたり殴つたりしたものに外ならぬから、現行犯逮捕という巡査の職責からみて、右はやむを得ない行為というべく、いずれの観点からしても違法に他人に損害を加えたものということはできず、従つて控訴人はこれが賠償の責任はない。(ロ)仮りにその責任ありとしても、従前主張の理由により、その賠償額の算定につき被控訴人の過失も斟酌せらるべきである。」と述べた外は、原判決事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。

<立証省略>

三、理  由

原判決理由冒頭(記録第二三八丁表十一行目以下)から同判決書十枚目裏一行目(記録第二三九丁裏一行目)まで摘示する各事実は当事者間に争のないところであるから、ここに重ねて右争のない事実を判示する煩を省き、前記原判示事実を引用する。

次に前示被控訴人の受けた傷害が、前示海野巡査の職務の執行について、その故意若しくは過失に基き違法に加えられたものであるか否かについての当裁判所の事実の認定は、当審でなされた新たな証拠調の結果を斟酌するも、なお且つこの点に関する原判決の説示(記録第二三九丁裏二行目以下同第二四三丁裏六行目まで)と同一であるから、これをここに引用する。当審において提出された成立に争のない甲第二号証は、原審証人山本嘉盛、同三上真幾雄の証言と対照すれば、事件発生後間もない昭和二十四年四月一日法務省人権擁護局法務事務官たる同人等が現地に赴き、目撃者であるという豊田商玉について取調べた調査書であることは明らかで、法規に基き宣誓の上なされた証人の供述調書等ではないけれども、記憶の最も新たな時になされた供述内容に基く調査の要旨を記載したものであつて、必ずしもその信憑力を否定すべきものでなく(この点に関し乙第十一号証によると、右豊田商玉は前記海野徳次郎に対する特別公務員暴行陵虐致傷被告事件の公判廷において証人として尋問を受けた際、被控訴人から岩田清を通じ人権擁護局から調べにきたらよろしく頼むといつてきた云々と証言していることは認められるが、このことから直ちに右甲第二号証の実質的証拠価値を減殺するものでない)、右甲第二号証の記載内容もまた前示事実の認定を支持する一資料たり得べく、当審における各証人の証言並びに被控訴人本人の供述中右認定に反する部分は到底採用し難く、その他控訴人が当審で提出した乙第七ないし第十五号証(前記海野徳次郎に対する特別公務員暴行陵虐傷害被告事件記録の一部でその成立に争がない)中、右刑事被告人または証人の供述内容として記載ある部分についても同断であり、他に前示認定を左右するに足る証拠はない。

控訴人は仮りに、原判決認定の如く海野巡査が被控訴人を、手で殴つたり携行の棒で突いたり殴つたりなどしたため、原判示傷害を与えたものであつたとしても、当時の情況からすれば、食糧管理法違反の現行犯人たる被控訴人を逮捕するに当り、その不法な反抗を抑圧して逮捕の目的を達するため、拳と持合せていた棒切をもつて被控訴人に立向い格闘中、半ば無意識に突いたり殴つたりしたものに外ならぬから、現行犯逮捕という司法警察員の職責からみて、右はやむを得ない行為というべく、これによりたまたま犯人に傷害を加うることがあつても、右業務に鑑み正当行為として違法性を阻却するものであると、抗争するので特にこの点について考えてみるに前記引用にかかる原判決の認定事実中、前示加害行為に至るまでに経過した諸般の情況に関する事実に照らし、また当審における証人海野徳次郎及び被控訴人本人の供述とその尋問の際に得た心証の結果によれば、被控訴人は右海野徳次郎に比して長身であるというだけで、その体格力において優れりといわんよりは、むしろ劣弱の観あり、事件当時においても特にこれらと異なるものありとも考えられず、これら諸般の事情を総合して考察するときは、海野巡査が被控訴人に対し先ず職務質問をなし、本署に任意同行を求めたのに対し、被控訴人は容易にこれを肯んせず、言辞を構えて同巡査をあちこち引廻し、果てはその場から逃走せんとする気配が見えたので、ここに右海野は被控訴人を食糧管理法違反の現行犯として逮捕せんとしたものであつて、この際被控訴人は闇買してきた白米一斗五升を携行していたことは明らかであるから、現行犯たることについて疑なく、しかも被控訴人において原判決認定の如くなおも執拗に抵抗を試みたものである以上、若し右反抗を抑圧して逮捕の目的を達せんがためやむことを得ずしてなした必要最少限度の実力行使であるならばそれ自体正当行為として違法性を阻却するものと言えようが、当時被控訴人は、兇器の如きは勿論反撃に使用するような棒のようなものは何も持合せなく、捕えようとする海野の手を振り切つたり、拳を以てその左胸部を突いてきたりする程度の反抗であり、これを抑圧して逮捕せんとする海野巡査としては、携行の棒まで使用して顔面左瞼部等を突いたり殴つたりする以外に他に適当な方法がなかつたものか、或はかかる場合にかかる反撃行為をなすことが、社会通念上はたまたま法規に照らし(警察官職務執行法第七条参照)妥当視し得る程度のものであるとは認められず、これを要するに海野巡査の前示反撃行為は原判決も説示する如く、一面被控訴人の不誠実な態度に激昂した余憤に、駆られた点も、その一因をなしたことは否めない事実であり、他方被控訴人の抵抗を排除して逮捕の目的を遂げるための実力行使であつたことも事実であるが、右抵抗を排除するための必要已むを得ざる程度を超えないものと解することは困難であり、少くもその限度を逸脱したものと認めるの外はないから、これによつて生ぜしめた前示傷害は、国家賠償法第一条にいわゆる違法に他人に加えた損害であると断定するのが相当である。尤も前記海野徳次郎に対する刑事被告事件の判決においては、前示当裁判所の判断と異なる見解の下に無罪の言渡のあつたことは、成立に争のない乙第十五号証によつて明らかであるが、刑事責任の有無を決する右判決の判断は、民事責任の有無に関する当裁判所の判断を拘束するものでなく、両事件の判断の資料となるべき証拠関係も必ずしも同一でないのであるから、かかる判断の相違を来すことも亦已むを得ないところであつて、前記刑事判決における判断を以て直ちに本件裁判の基礎とすることは、当裁判所の採らないところである。

してみると前示被控訴人の受けた傷害は、前記海野巡査の警察官として職務を行うについて、故意に基く違法な行為に因り生じたものであることは明であるところ、右海野巡査が国家地方警察韮崎地区警察署藤井村駐在所勤務の警察官即ち控訴人国の公権力の行使に当る公務員である点に関しては当事者間争がないから、控訴人国は国家賠償法により右海野巡査の不法行為に基く損害を賠償する責あるものといわなければればならない。

次に右賠償をなすべき額の算定に関する当裁判所の判断としてはこの点に関する原判決の説示(記録第二四四丁表一行目から第二四五丁裏八行目まで)と同一であるからこれをここに引用する。尤も前段認定事実によつて明らかな如く、被控訴人が当初海野巡査から職務質問を受け、本署まで任意同行を求められた際、素直にこれに応ずる態度に出でなかつたという点については、かかる任意同行は法的には何等強制力を持たないのであるから、(警察官職務執行法第二条参照)これのみを以ては海野巡査の前示所為を誘発するにつき、被控訴人にも過失の責ありとは断じ難いか、少くとも同巡査が食糧管理法違反の現行犯として逮捕せんとするに当り被控訴人が前示執拗な抵抗を試み、因つて以て前示海野の所為を誘発せしめた点につき、被控訴人にもまた過失の責むべきものがあり、右は賠償額の範囲を判定するにつき斟酌せらるべきは当然であることを附言する。

よつて被控訴人の本訴請求は、金五万七百円及び本件損害発生の翌日である昭和二十四年三月二十八日以降右完済に至るまで民法所定の年五分の率による金員を損害の賠償として訴求する部分に限り正当としてこれを認容すべくこれと同趣旨に出でた原判決は相当であるから、民事訴訟法第三百八十四条に則り本件控訴を棄却すべく、控訴費用の負担につき同法第八十九条第九十五条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 斎藤直一 菅野次郎 坂本謁夫)

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