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東京高等裁判所 昭和28年(ネ)536号 判決 1954年10月25日

昭和28年(ネ)第524号被控訴人・昭和28年(ネ)536号控訴人 原告 浅井忠三郎

訴訟代理人 岩松孝雄

昭和28年(ネ)第524号控訴人・昭和28年(ネ)536号被控訴人 被告 鹿島仁太郎

訴訟代理人 北川一雄

主文

第一審原告浅井忠三郎の控訴を棄却する。

第一審被告鹿島仁太郎の控訴を棄却する。

第一審原告浅井忠三郎の控訴費用は同人の負担とし、

第一審被告鹿島仁太郎の控訴費用は同人の負担とする。

事実

第一審原告(以下単に原告という)代理人は、昭和二八年(ネ)第五三六号事件につき、「原判決を取消す。第一審被告(以下単に被告という)は原告に対し東京都中央区日本橋呉服橋一丁目三番地の一一所在、家屋番号同町三番の八、木造瓦葺二階建住家一棟建坪を収去してその敷地一六坪を明渡せ。訴訟費用は第一、二審とも被告の負担とする。」との判決を、昭和二八年(ネ)第五二四号事件につき、控訴棄却の判決を求め、被告代理人は、昭和二八年(ネ)第五三六号事件につき、控訴棄却の判決を、昭和二八年(ネ)第五二四号事件につき「原判決中被告敗訴の部分を取消す。原告の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも原告の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の陳述した主張の要旨は、下記の外は、原判決の事実に記載するところと同一であるから、これを引用する。

被告代理人は次のように述べた。

(一)  罹災都市借地借家臨時処理法(以下臨時処理法という)第一〇条は、罹災前借地上の建物について登記がなかつたため、建物保護ニ関スル法律第一条により第三者に対抗することのできなかつた借地権には適用がない。原告は、罹災前本件宅地上に所有していた建物について登記を得ていなかつたから、臨時処理法第一〇条によつては、本件宅地の借地権を以て被告に対抗することができない。

(二) 仮りに本件建物の敷地が、被告が賃借した罹災建物の敷地を超過し、原告がその超過する土地(以下超過地という)に対する借地権を以て被告に対抗することができるとしても、原告がこれに基いて、本件建物の内超過地の上に存する部分(以下本件建物部分という)を収去してその敷地の明渡を求めるようなことは、原判決の事実に記載する外なお左記の理由により、被告に対し不能を強いるものであり、又は原告にとりて実益のないことであるから、権利の濫用として許されるべきでない。すなわち、(1) 、本件建物の二階一六坪は訴外松元影丸の所有であつて、若し被告が本件建物部分を収去するとすれば、その二階にある第三者所有の建物を損壊することになるから、これを収去することは不能である。従つて原告も被告に対して本件建物部分の収去を求めることは許されない。(2) 、松本影丸は昭和二六年九月六日本件建物の二階一六坪の所有権と共にその敷地の借地権を取得し、右建物につき所有権取得の登記をしたのであるから、臨時処理法第一〇条所定の期間経過後に右敷地について権利を取得したことになり、同人に対して原告は、その借地権を以て対抗することができず、従つて右二階一六坪の収去を求めることができない。故に原告は、本件建物部分の収去を求め得るとしても、その二階の収去を求め得られない以上、超過地を使用することができない。(3) 、現在超過地の東側には中村易断所、矢部蒲団店及び中村喫茶店の各建物が、北側には竹内洗濯店の建物が密接して建築され、西側は株式会社三和銀行の所有地でその地上には同銀行の石炭置場が設置され、南側には本件建物が存在するわけであるから、超過地は周囲いづれからも出入が不可能であつて、原告は超過地の明渡を受けてもこれを使用することができない。(4) 、建築法令上超過地の存する地域では、主要構造部が耐火構造である建築物以外は建築が許されないのに、原告の借地権は非堅固な建物の所有を目的とするものであるから、原告は超過地上に建物を建築することができない。又超過地の存する地域では、建築物の建築面積は敷地面積の一〇分の七をこえてはならないから、七坪の超過地には僅か四坪九合の建物を建築し得るに過ぎず、従つて建築用地として利用価値は全く存しない。(5) 、超過地は店舗用地には適せず専ら住宅用地としてのみ使用し得る土地である。しかるに原告はその肩書地に住宅を所有しこれに居住していて、その他に住宅を建築する必要がないのであるから、超過地は原告にとりて不要の土地である。

原告代理人は次のように述べた。

(一)  原告が罹災前本件宅地上に所有していた建物について登記がなかつたことは認める。

(二) 被告の権利濫用の抗弁に対し、(1) 、仮りに本件建物の二階一六坪が訴外松元影丸の所有であるとしても、同人に対しては別に方法を講ずることもできるのであるから、本件建物の二階に第三者所有の建物があるからといつて、本件建物の収去が総体に不能であるとはいえない。(2) 、借りに松元影丸が本件建物の二階一六坪につき被告主張のような所有権取得の登記をしたとしても、それは、原告の被告に対する本件宅地の明渡請求を防害するために被告と通謀してしたものであるから、原告は本件宅地の借地権に基き松元影丸に対しても二階一六坪の収去を求め得るものである。(3) 、被告主張の超過地の西側にある株式会社三和銀行の所有地は現在私道として一般交通の用に供されているから、原告が超過地へ出入することは可能であり、従つてこれを使用することができないとはいえない。(4) 、本件宅地は、必しもその地上の建築物を鉄骨又は鉄筋コンクリート造にする必要がなく、又必しもその地上の建築物の建築面積が敷地面積の一〇分の七を超えてはならないものでもない。(5) 、本件宅地は住宅用地としてのみならず、店舗用地としてもその利用価値がきわめて大であつて、商人である原告は、本件建物の敷地の明渡を受ければ直ちに店舗を建築して営業をしようとしているのであるから右土地が原告にとりて不要の土地であるとする被告の主張は当らない。

当事者双人の立証及びその認否は、左記の外は、原判決の事実に記載するところと同一であるから、これを引用する。

被告代理人は新らたに乙第一号証、第五号証、第六号証の一、二及び第七乃至第一〇号証を提出し、当審における証人音無盛彦及び同松元影丸の証言並びに検証の結果を援用し、原告代理人において、乙第七号証は不知その他の右乙号各証はいづれも成立を認めると述べた。

理由

一、原告が坪内栄からその所有にかかる東京都中央区日本橋呉服橋一丁目三番地の一一の争地の内二九坪八合四勺(以下本件宅地という)を賃料一ケ月一七円八〇銭の約で賃借し、その地上に木通トタン葺二階建一棟(その面積について当事者間に争があるが、この点は後に判断する。)を建築所有し、これを被告に賃貸していたところ、右建物が昭和二〇年三月一〇日戦災により焼失したこと、被告が昭和二二年一一月一一日坪内栄から本件宅地を含む宅地を買い受けたこと、又被告が本件宅地上に家屋番号同町三番の八木造瓦葺二階建住家一棟建坪一六坪(以下本件建物という)を建築所有して、その敷地一六坪を占有することは、当事者間に争がない。

そこで、原告は、罹災都市借地借家臨時処理法(以下臨時処理法という)第一〇条により、本件宅地の借地権を以て、同条所定の期間内に本件宅地の所有権を取得した被告に対抗することができるから、本件建物を収去してその敷地の明渡を求めると主張するわけであるが、これに対し被告は、本件宅地を買い受ける以前既に、同法第三条により原告から本件建物の敷地の借地権を譲り受けたと争うので、先づこの点について判断する。

右罹災建物の焼失当時の借主である被告が原告に対し昭和二二年七月三〇日到達の書面で、同法第三条に基き、本件宅地の内一六坪につき、それが右罹災建物の敷地であるとして、借地権譲渡の申出をしたことは、当事者間に争がない。

原審における原告本人の供述により本件宅地及びその附近の戦災前の見取図であると認められる甲第一五号証、同供述、原審における被告本人の供述(第一、二回)の一部及び当審における検証の結果に弁論の全趣旨を総合すると、原告は罹災前本件宅地の上に、三棟の建物を建築所有し、被告にその中の一棟である前記木造トタン葺二階建の建物を今井英夫及び中村勝俊にその各一棟を賃貸していたこと、被告が賃貸した建物の南側は南側道路に接し、その西側は本件宅地の西側境界線に接しその北側は今井が賃借した建物(この建物の北側は本件宅地の北側境界線に接していた。)の南側に接し、その東側は中村が賃借した建物の西側に面していて、その面積は間口(南側)二間奥行四間半の建坪九坪二階八坪であつたこと、被告及び中村が賃借した両建物の間には幅二尺五寸程の露地があり、この露地は被告、今井及び中村の三名が通路として共同使用していたこと、本件宅地の東北隅、すなわち被告が賃借した建物の東北、今井が賃借した建物の東、中村が賃借した建物の北にあたる場所に、一間半四方程度の空地があり、この空地を右三名が洗濯場として共同使用していたことが認められる。被告は、被告が賃借した建物の面積は、間口は二間であるが、奥行は五間の建坪一〇坪二階九坪であり、又右建物の北には空地が存し、右建物の敷地はこの空地を含めて一六坪であつたと主張し、被告本人も原審において、右建物は建坪一〇坪二階九坪であつた旨供述(第一回)しているが、この供述部分は原審における原告本人の供述に照し措信できず、他に右主張事実を認めるに足りる証拠がない。

以上認定の事実によると、前記露地及び空地は、その位置及び使用目的からいつて、被告が賃借した建物のみの敷地であつたと認めることができず、右建物の敷地は、この建物の建面に相当する九坪の土地のみであつたと認めなければならない。

しかして、前掲各証拠によると、前記三棟の建物が昭和二〇年三月一〇日戦災により焼失した後、被告が建築した本件建物(建坪一六坪)の南側はすべて被告が賃借した罹災建物の敷地の南側境界線に接し、その西側の一部は右敷地の西側境界線に接しているが、その他の部分は今井が賃借した罹災建物の敷地内に及び、その東側の一部は被告が賃借した罹災建物の敷地の東側境界線に接していたが、その他の部分は前記空地に及び、その北側はすべて今井が賃借した罹災建物の敷地の北側境界線(本件宅地の北側境界線)に接していて、間口は被告が賃借した罹災建物の間口と同じく二間であるが、奥行は右建物の奥行をこえて本件宅地の北側境界線に達する六間余であり、従つて本件建物の敷地は、被告が賃借した罹災建物の敷地全部の外に、なお今井が賃借した罹災建物の敷地の東約半分と更に前記空地までを占めていることが認められる。

故に、本件建物の敷地一六坪の内、被告が賃借した罹災建物の敷地に相当する九坪の部分については、被告がした前記借地権譲渡の申出の効力を認めることができるが、右九坪を超過する七坪の部分については、右申出の効力を認めることができない。

ところで、被告がした前記借地権譲渡の申出に対し、原告が昭和二二年八月三〇日附書面で拒絶の意思表示をしたことは、成立に争のない甲第六号証により明らかであるが、原告が主張するような拒絶の事由は、それ自体右申立を拒絶し得べき正当な事由とは認め難いし、他に原告は正当な事由があつたことについて主張も立証もしない。故に、前記九坪の部分については、原告が借地権譲渡の申出を受けた昭和二二年七月三〇日から起算して三週間の期間の満了した時にその申出を承諾したものとみなされ、被告に対する借地権譲渡の効果を生じ、原告は前記九坪の部分の借地権を失つたものといわなければならない。

しかし、前記九坪の部分を除いた本件宅地(以下単に本件宅地というときは、前記九坪の部分を除いた本件宅地を指すものとする。)については、原告は、その地上の罹災建物が滅失した当時から引続きその建物の敷地に借地権を有する者として、臨時処理法第一〇条により、その借地権を以て昭和二一年七月一日から五ケ年以内である昭和二二年一一月一一日に本件宅地を含む宅地の所有権を取得した被告に対抗し得るものということができるのである。

二、被告は、原告の本件宅地に対する借地権には臨時処理法第一〇条の対抗力がない旨主張するので、この点について検討する。

罹災前本件宅地(前記九坪の部分を含む)の上に原告が所有していた建物について登記のなかつたことは、原告の認めるところである。(借地権そのものの登記のないことは弁論の全趣旨から認められる)従つて罹災前には原告はその借地権を第三者に対抗できなかつたのに、罹災により建物が滅失した後に、前には与えられなかつた対抗力を与えられると言うのでは不合理であるとの被告の考え方は一応もつともであるが、戦争による甚しい社会経済的の混乱の状況において登記を問題にするのは困難なことからして、特に昭和二一年七月一日から五ケ年以内に限つて、その間に土地について権利を取得した第三者に対しては、罹災前からある借地権は対抗できるとしたのが右処理法第一〇条である。この趣旨から罹災前から引続き借地権を有する者は、罹災前に登記をしないでいたときでも、同条による保護を受けるものと解するのが相当である。故に原告が罹災前本件宅地(前記九坪の部分を含む)の上に所有していた建物について登記をしていなかつたとしても、原告の本件宅地に対する借地権は臨時処理法第一〇条の適用を受け、原告はその借地権を以て、同法条所定の期間内に本件宅地につき権利を取得した第三者に対抗することができるものといわなければならない。被告の右主張は理由がない。

三、前記のように、被告は昭和二二年一一月一一日坪内栄から本件宅地を含む宅地を買い受けたのであるから、同人の原告に対する本件宅地の賃貸人の地位を承継したものというべきである。しかるところ、被告は原告の賃料不払を理由に本件宅地の賃貸借契約を解除したと主張するのでこの点について判断する。

原告が昭和二六年三月一四日到達の書面で、坪内栄からは、同人の原告に対する昭和一九年一一月一日引降昭和二二年一〇月三〇日まで三六ケ月分の合計六四〇円八〇銭の未払賃料債権を被告に譲渡した旨の通知を、被告からは、右書面到達の日から三日以内に右未払賃料債権を支払うべき旨の催告を受けたことは、当事者間に争がなく、被告が昭和二六年四月七日の口頭弁論期日に右賃料不払を理由に本件宅地の賃貸借契約を解除する意思表示をしたことは、本件記録に徴し明らかである。

しかしながら、戦時罹災土地物件令第三条及び附則第三項、臨時処理法第二八条並びに改正前の同法第二六条によると、原告の本件宅地(前記九坪の部分を含む)に対する借地権の存続期間の進行が停止した昭和二〇年七月一二日(戦時罹災土地物件令施行の日)から昭和二一年九月一日(改正前の臨時処理法施行の前日)までの間は原告の賃料支払義務は発生しなかつたものといわなければならない。のみならず、成立に争のない甲第二号証によると、原告が昭和二六年三月一四日(被告から賃料支払の催告を受けた日)被告に対し、昭和一九年一一月一日以降昭和二六年二月末日までの賃料として、一、三五二円八〇銭を支払のため現実に提供したことが認められるから、原告は被告から催告を受けた未払賃料については履行遅滞の責任がないものということができる。故に被告が昭和二六年四月七日にした賃貸借契約解除の意思表示はなんら効力を生ずることなく、被告の右主張は理由がない。

四、以上により明らかなように、原告は本件建物の敷地一六坪の内前記九坪を超過する七坪の部分(以下超過地という)につき被告に対抗し得べき借地権を有するのであるから、被告は本件建物の内超過地の上に存する部分(以下本件建物部分という)を収去して超過地を明け渡すべき義務がある。

しかるところ、被告は原告が右の如き収去明渡を求めることは、権利の濫用であると抗弁するので、以下に検討する。

(1)、超過地が被告のいうように独立の使用に耐えず、原告がその明渡を受ける実益がないものと認められないことは、後記認定のとおりである。しかし、超過地を明け渡すため本件建物部分を収去するには相当の費用を要し、又その収去後の本件建物の効用に大きな支障を来す結果、被告が少からざる損害を蒙ることはいうまでもないことであるが、原告が被告に対しこのような損害を蒙らしめることを目的として右の如き収去明渡を求めるものと認めるべき証拠はないのであるから、結果的に被告がこのような損害を蒙るという理由だけで、原告の借地権の行使として右の如き収去明渡を求めることを不当と断ずることはできない。

(2)、成立に争のない乙第五号証及び当審における証人松元影丸の証言によると、本件建物の二階一六坪が松元影丸の所有に属することは明らかである。しかし本件判決を以て松元影丸所有の建物を収去することのできないことは勿論であるが、さればといつて被告の不法に占有する敷地を明渡す義務を免れしめるものでない。被告の建物収去を命ずるこの判決の執行が事実上不能になる恐れがあるからといつて、収去の請求を拒む理由にはならない。

(3)、成立に争のない乙第九号証並びに当審における証人音無盛彦の証言及び検証の結果によると、超過地は袋地であつて、これとその東、西及び南側の各道路との間には被告主張の如き各建物が密接囲結して建築され、その西側の道路との間は株式会社三和銀行の所有地で、その地上の一部には物置が設置されているが、他の部分は私道として一般の交通の用に供されていることが明らかであるから、袋地の借地権者としての原告は、三和銀行の右所有地を通行することができるものと認められる。のみならず、前掲乙第九号証、甲第一五号証、原審における原告及び被告本人(第二回)の各供述並びに当審における検証の結果によると、三和銀行の右所有地の内超過地から西側の道路に通ずる部分は本件宅地の一部(今井が賃借していた罹災建物の敷地の一部)に該当し、三和銀行が右土地の所有権を取得したのは昭和二二年一一月八日(同月一一日登記)であつて、臨時処理法第一〇条所定の期間内であることが認められるから、原告は同法条により右土地に対する借地権を以て三和銀行に対抗することができるものといい得るのである故に、原告が道路から超過地に出入りすることは可能であるから、これを不能として超過地を使用することができないものとする被告の主張は当らない。

(4)、成立に争のない乙第一〇号証によると、超過地の存する地域は防火地域であることが認められ、建築基準法第六一条によると、防火地域内においては、延べ面積が一〇〇平方メートルをこえる建築物の主要構造部は耐火構造としなければならないが、一〇〇平方メートル以内の建築物はその外壁を耐火構造(屋根は不燃材料で造り又はふくこともできる。)とすればよいのであるから、仮りに超過地に対する原告の借地権が借家法にいわゆる非堅固な建物の所有を目的とするものであるとしても、右地上に外壁のみを耐火構造とする非堅固な建築物の建築は許されるものといわなければならない。

又右乙第一〇号証によると、超過地の存する地域が商業地域であることが認められ、建築基準法第五五条によると、商業地域内においては、建築物の建築面積は敷地面積の一〇分の七をこえてはならないのであるから、原告は超過地に建坪四坪九合以内の建築物を建築し得るに過ぎないが、それだからといつて、超過地が建物用地として全く利用価値がないものとはとうていいえない。

(5)、被告が主張するように超過地が店舗用地に適しないと認めるべき理由も証拠も存しない。むしろ超過地は東京都の中心部である日本橋呉服橋一丁目にあるのであるから、店舗用地として利用価値は少くなく原告はその明渡を受けなければ、ここに店舗を建築して自ら営業し又は他に賃貸することもできるものと認められるから、超過地が原告にとりて不要の土地であるとはいえない。

以上の次第で、原告が本件建物部分を収去して超過地の明渡を求めることは、被告に対し不能を強いるものとも、原告にとりて実益がないものとも認められないし、又それが被告に対し結果的に少からざる損害を蒙らせるということだけでは、権利の濫用とはいえないのであるから、被告の権利濫用の抗弁はすべて理由がない。

五、よつて、原告が被告に対し、本件建物(建坪一六坪)のうち、南側道路に接する間口二間奥行四間半の建坪九坪の部分を除くその余の部分を収去して、その敷地七坪(超過地)の明渡を求める限度において本訴請求を正当として認容し、その他を失当として棄却した原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないから、民事訴訟法第三八四条第九五条第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長判事 角村克巳 判事 菊池庚子三 判事 吉田豊)

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