東京高等裁判所 昭和28年(ネ)683号 判決 1955年4月08日
控訴人 高山真次 外一名
被控訴人 前田良秋
主文
本件控訴はいずれもこれを棄却する。
控訴費用は控訴人等の負担とする。
事実
各控訴人の訴訟代理人等はそれぞれその関係部分について「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人訴訟代理人は、「本件控訴はいずれもこれを棄却する。」との判決を求めた。
当事者双方の事実上の陳述は、被控訴人訴訟代理人において、被控訴人は先きに静岡県榛原郡上川根村において歯科医業に従事していたが、胸部疾患のため、温気の多い同地方は健康上適当でないので同地を引揚げ、現在肩書地の実父方に寄留し、歯科医業に従事しているものである、と訂正補足し、控訴人高山真次訴訟代理人において、控訴人高山が本件土地四十四坪一合三勺を一括して訴外酒井宗太郎との間に賃貸借契約をしたのは、昭和二十四年十月一日であるが、その内二十四坪八合は、すでに昭和二十二年九月一日以来賃借中のものであつた。訴外望月治子は、本件土地を昭和二十四年十月七日右訴外酒井から買受け、昭和二十五年三月二十二日その所有権取得登記を完了したものであるが、その真実売買の成立した日は不明である、と述べた外、いずれも原判決事実摘示記載と同一であるから、ここにこれを引用する。
<立証省略>
理由
成立に争のない甲第一、二号証、原審及び当審証人望月慶一の証言(当審は第一、二回)、原審及び当審における被控訴人前田良秋本人の供述を総合すれば、訴外望月治子と被控訴人との間に昭和二十五年十月二十四日、同訴外人所有の東京都荒川区南千住町六丁目七十七番四宅地四十四坪一合三勺(以下単に甲宅地という)及び同所七十七番五宅地二十七坪七合(以下単に乙宅地という)の本件各宅地につき売買契約が成立し、同日それぞれその所有権移転登記手続のなされたことが認められる。
控訴人等は右売買契約は、いずれも当事者の通謀虚偽表示にもとずく仮装行為であつて、無効である旨抗弁するけれども、控訴人等の提出援用にかかる全証拠によつても、右主張事実を認めるに足りないから、右抗弁はこれを採用することができない。
したがつて被控訴人は右売買契約によつて本件甲、乙両宅地の所有権を取得したものといわなければならない。
次に控訴人高山真次は、昭和二十四年十月一日以降本件甲宅地を元所有者訴外酒井宗太郎から、賃料一箇月金二百円の約にて建物所有の目的をもつて賃借していたところ、前所有者訴外望月治子が同宅地を右訴外酒井から買受けた際、訴外酒井、同望月、控訴人高山三者間において、訴外望月が右賃貸借における賃貸人の地位を承継する旨の合意が成立し、次いで被控訴人が右宅地を訴外望月から買受けた際、右訴外望月、被控訴人、控訴人高山の三者間において、被控訴人が右賃貸借における賃貸人の地位を承諾する旨の合意が成立した旨、抗弁するにつき按ずるに、原審及び当審証人酒井宗太郎の証言(原審は第一、二回)原審及び当審における控訴人高山真次本人の供述、右証人酒井宗太郎の証言によつてその成立の認められる乙第一号証によれば、訴外酒井と控訴人高山との間に本件甲宅地について、同控訴人主張のような賃貸借契約の存したことは認めえられるけれども、控訴人高山の提出援用にかかる全証拠によつても、訴外酒井、同望月、控訴人高山の三者間に、もしくは訴外望月、被控訴人、控訴人高山の三者間に、同控訴人主張の賃貸借承継についての合意の成立した事実は勿論、その他に被控訴人が、同控訴人を賃借人とする賃貸借について、その賃貸人の地位を承継した事実を認めるに足りないから、右抗弁も採用のかぎりでない。
又控訴人紺多隼人は、訴外東長作から本件乙宅地についての、同訴外人より元所有者訴外酒井に対する賃借権を譲受けたものであるが、訴外望月治子が右宅地を買受けた際、訴外酒井、同望月、控訴人紺多の三者間において、訴外望月が右賃貸借における賃貸人の地位を承継する旨の合意が成立し、次いで被控訴人が右宅地を訴外望月から買受けた際、訴外望月、被控訴人、控訴人紺多の三者間において、被控訴人が右賃貸借における賃貸人の地位を承継する旨の合意が成立した旨、抗弁するにつき按ずるに、前掲証人酒井宗太郎、当審証人東長作の各証言、原審及び当審における控訴人紺多隼人本人の供述、右証人酒井宗太郎の証言によりその成立の認められる丙第二号証を総合すれば、訴外酒井が昭和二十四年十月中訴外東長作に対し、同訴外人が本件乙宅地について有する賃借権を控訴人紺多に譲渡することを承認し(同月一日以降賃料を一箇月金百三十円と定める)た事実が認められるから、右宅地について訴外酒井と控訴人紺多との間に右宅地について賃貸借の存していたことは明らかであるけれども、控訴人紺多の提出援用にかかる全証拠によつても、訴外酒井、同望月、控訴人紺多の三者間に、もしくは、訴外望月、被控訴人、控訴人紺多の三者間に、同控訴人主張の賃貸借承継についての合意の成立した事実は勿論、その他に被控訴人が、同控訴人を賃借人とする賃貸借について、その賃貸人の地位を承継した事実を認めえないから、右抗弁も採用することができない。
次に控訴人紺多は、訴外東長作は大正十二年四月以来、訴外酒井から本件乙宅地を賃借してその地上に家屋を所有していたが、昭和二十年三月の戦災によつて右家屋が焼失した後も、引続き同宅地を賃借していたものであるから、罹災都市借地借家臨時処理法第十条により、その賃借権をもつて、昭和二十一年七月一日から五箇年以内に右土地の所有権を取得した者に対抗しうべきところ、控訴人紺多は前述のように訴外東から右宅地の賃借権を譲受けたものであるから、これをもつて、被控訴人に対抗しうる旨抗弁するけれども、罹災都市借地借家臨時処理法第十条は罹災建物が滅失し又は疎開建物が除却された当時から引続き、その建物の敷地又はその換地に借地権を有する者のみが、これをもつて同条に定める期間内に、右土地についての権利を取得した第三者に対抗しうる趣旨であつて、右借地権者から、借地権を譲受けた特定承継人には本条の適用がないものと解するのが相当であるから、右抗弁も採用するに由ない。
更に控訴人等は原判決事実摘示記載のような事由によつて被控訴人がその所有権にもとずき、本件各宅地の明渡を求めるのは、権利の濫用である旨抗弁するについて按ずるに、訴外望月治子は被控訴人の妻の姉であつて、本件甲、乙宅地が右訴外望月の居住家屋の敷地と地続きであることは、被控訴人の認めて争わないところであり、右争のない事実と前掲証人酒井宗太郎、同望月慶一(一部)の各証言、同被控訴人前田良秋本人の供述を総合すれば、訴外望月治子が本件甲、乙宅地を訴外酒井宗太郎から受け、さらにこれを被控訴人に売渡すについて、訴外望月慶一が右治子に代り一切の交渉の任に当つたのであるが、同訴外望月慶一は右治子及び被控訴人の妻の実父であつて、多年執達吏の職にあり、法律の知識に詳しいところから、訴外酒井より右宅地の買受方の申出でのあつた際、同宅地はその居住家屋の敷地と地続きであつて、控訴人等がそれぞれその地上に家屋を所有し、これに居住して、営業をしていることを熟知しながら、右宅地について借地権の登記もなく、又その地上の家屋に所有権保存登記のないことを確認し、これを買取れば法律上控訴人等をしてその地上の家屋を収去して同宅地を明渡させることができるものと判断し、控訴人等に借地権のあることを知りながら、もしくは借地権の有無を調査することなく買受け、さらにこれを被控訴人に売渡したものであり、被控訴人においても上述の事情を知りながらこれを買受けたものであることを推認するにかたくない。しかし土地所有者から借地権の設定ある土地を買受けること自体は、その借地権に対抗要件が備わつているか否かを問わず、差支えのないところであつて、要は被控訴人がその取得した右宅地の所有権にもとずいて、控訴人等に対しこれが明渡を求めることが控訴人等のいうごとく権利の濫用となるか否かにある。ところが原審における被控訴人前田良秋本人の供述によれば、被控訴人は昭和二十五年三月以来静岡県榛原郡上川根村において、歯科医を開業してきたが、同地方は湿気が多く、胸部疾患を有する被控訴人には不適当である故、他に転地しようとしていた矢先き、妻の父である訴外望月慶一から、本件宅地を買取つてはどうかとの話があつたので、ここに家屋を建築して開業しようと考え、これを買受けたものであることが認められるから、控訴人等が被控訴人に対し本件宅地の明渡をすることによつて、不利益を蒙ることは容易に首肯しうるところではあるが、後に説示する控訴人側の事情をも斟酌すれば、被控訴人の右明渡の請求はいまだ今日の社会通念からみて是認できない程度のものとは断じがたい。すなわち、前述のとおり、控訴人等の本件宅地に対する賃借権は、すでに昭和二十四年十月中において、当時の土地所有者訴外酒井宗太郎によつて確認されていたのであるから、前掲甲第一、二号証によつて明らかである訴外望月治子が訴外酒井から右土地を買受けその所有権移転登記手続を了した昭和二十五年三月二十二日までには相当の期間があり、控訴人等は少くとも右各宅地上の家屋につき所有権保存登記手続をして建物保護に関する法律(明治四十二年法律第四〇号)による、右賃借権をもつて爾後に土地の所有権を取得した第三者に対抗し得る方法を採つておけばよかつたのに、あえてこれをなさず、又、官公署の記載部分及びその証明部分の成立について当事者間に争なく、その他の部分の成立は原審証人酒井宗太郎の証言(第一、二回)によつて認められる甲第二十一号証、並びに同証人の証言を総合すれば、訴外酒井は本件甲、乙宅地その他の土地を、税務署に税金に対する物納とするよう申請をしたところ、税務署から、他に売却することができれば金納にして欲しい旨の申出でがあつたので、これを売却しようとし、右宅地上に家屋を所有している控訴人両名及び訴外望月慶一に対し、坪五百円の価格で買受けられたい旨申入れたところ、訴外望月はこれを承諾したが、控訴人等は坪三百円でなければ買えないといい訴外酒井としては坪三百円では採算がとれないので、訴外望月にだけその使用部分の宅地を売却し、控訴人等に対しては、賃貸しておく考えでいたところ、控訴人等はその地代についても坪二円以上は払えないとて訴外酒井の要求に応じないので、同訴外人は大いに困り、再に右訴外望月に買取方を申入れた結果、訴外望月治子に対し坪四百円の価格で右甲、乙宅地を売却するに至つたことが認められる。原審における控訴人高山真次、同紺多隼人各本人の供述中右認定に反する部分は措信しがたい。すなわちこの点においても、土地所有権の譲渡があると土地の賃借権が対抗できなくなるおそれが、すでに目前に迫つているような場合であるから控訴人等は自己の権利を擁護するため万全の方法を講じなかつたとのそしりを免れないものというべく、以上のような実態のもとにあつては被控訴人が控訴人等に対し所有権にもとずき右宅地の明渡を求められるのを目して権利濫用というには当らぬというべきである。
そして控訴人高山が本件甲宅地に(1) 木造瓦葺平家家屋一棟、建坪十二坪、附属物置二坪(2) 木造トタン葺二階建家屋一棟、建坪十六坪、二階二坪、附属物置三坪を、控訴人紺多が本件乙宅地に木造瓦葺平家建家屋一棟、建坪十三坪六合三勺を、それぞれ所有していることは、各当事者間に争のないところであるから、控訴人等はそれぞれ右家屋を所有することによつて右宅地を占有するものと推認するを相当とし、しかも控訴人等は、各その他に右宅地を占有するについて、その所有者たる被控訴人に対抗しうべき正当の権限のあることは、その主張立証しないところであるから、右宅地の占有はいずれも不法占有であるというの外はない。
さすれば控訴人等は各その所有する前記家屋を収去してそれぞれ本件甲、乙宅地を被控訴人に明渡し且つ、被控訴人が右宅地の所有権を取得してその登記を経由したこと前説示によつて明らかである昭和二十五年十月二十四日以降、右宅地明渡済に至るまで賃料相当の損害を賠償すべき義務あること勿論である。そして成立に争のない甲第十八、十九号証によれば、本件甲宅地の賃貸価格は金二百五十一円五十四銭(坪当金五円七十銭)本件乙宅地の賃貸価格は金百八十円五銭(坪当金六円五十銭)であつて、その適正地代は昭和二十五年物価庁告示第四七七号に照し前者については一箇月金四百五十三円六十五銭(坪当金十円二十八銭)後者については一箇月金三百十七円十六銭(坪当金十一円四十五銭)であることが算数上明らかである。
よつて被控訴人が、控訴人高山に対し本件甲宅地所在の前記(1) (2) の家屋を収去して右宅地を明渡し且つ昭和二十五年十月二十四日以降右明渡済に至るまで一箇月金四百五十三円六十五銭の割合による損害金、控訴人紺多に対し本件乙宅地所在の前記家屋を収去して右宅地を明渡し且つ昭和二十五年十月二十四日以降右明渡済に至るまで一箇月金三百十七円十六銭の割合による損害金の各支払を求める本訴請求は正当であるからこれを認容すべきものとし、原判決は右と同趣旨に出で相当であつて、本件控訴は理由がないから、民事訴訟法第三百八十四条第一項に則り、これを棄却すべく、訴訟費用の負担について、同法第九十五条、第九十三条第一項本文、第八十九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 斎藤直一 菅野次郎 坂本謁夫)