大判例

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東京高等裁判所 昭和28年(ネ)755号 判決

控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張は、控訴代理人において、訴外松井九二太郎が控訴人から本件無尽契約による融資貸付を受けたときは、被控訴人は松井と内縁の夫婦関係にあり、同人と同一の家屋に居住し、布団営業をなし、その営業に関する一切の代理権限を松井に委ねて営業をなしていたものである。従つて被控訴人は松井が右営業の運転資金として控訴人から融資貸付を受けることを承諾して、該債務につき松井に委任し連帯保証をなしたものである。さればこそ松井は右融資金について控訴人との間に債務弁済契約公正証書(甲第一号証)の作成を委任するに当つては、被控訴人をその連帯保証人とすべく申出で、且つ被控訴人を代理して委任状(甲第三号証)に連帯保証人として被控訴人の氏名を記入し、その真印をその名下に押捺したのである。ところがその後松井の操行不良その他の事情により被控訴人との間柄が和合を欠ぎ遂に離別するに至つたがために、被控訴人において控訴人に対する連帯保証債務を免れんとして本訴に及んだものである。仮りに被控訴人が松井の控訴人に対する債務につき松井を代理人として連帯保証をなしたことがないとしても、被控訴人はその布団営業について松井に代理権限を与えていたし、且つ被控訴人と松井とは内縁の夫婦関係にあり、しかも控訴人の融資貸付に関しては妻が夫の債務について保証人となる事例は多数あつたので、控訴人は松井が被控訴人を代理して保証契約を締結する権限を有したものと信じたのであり、これについてはなんら過失はなかつたのである。なお控訴人の如き一般大衆に対する融資を目的とする相互銀行業務に関しては債務弁済契約公正証書作成の委任状には包括的に銀行の従業員が相手方たる債務者又は保証人の代理人となつて妨げなき趣旨の商慣習が一般に肯認せられていて、控訴人の行員たる除外鈴木永久はこの商慣習により松井の委任により本件債務弁済契約公正証書作成につき被控訴人の代理人となつたのである。従つて鈴木には本件公正証書の作成を依頼する権限があつたのである。なお本件公正証書の作成されたことは認めると述べ、被控訴代理人において、右控訴人の主張事実は否認する。本件公正証書作成に使用された被控訴人の委任状及び印鑑証明書は訴外松井九二太郎が擅に被控訴人の印を盗用して偽造したものであると述べたほか、原判決事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。

<立証省略>

三、理  由

被控訴人主張の如き公正証書の作成されたことは控訴人の認めるところであつて、その作成のための委任状及び印鑑証明書であることに争のない甲第三、第四号証、被控訴人の印顆によつて顕出された印影であることに争のない甲第五号証、原審及び当審証人大野キヱ子こと大野清子(原審は第一、二回)、鈴木永久(但し後記措信しない部分を除く。)、原審証人桜井美代子、当審証人安井正男の各証言、原審における被控訴人本人尋問の結果及び被控訴人主張の公正証書であることに争のない甲第一号証を綜合すれば、当時被控訴人の営む布団営業の使用人であつた訴外松井九二太郎が控訴人から金十万八千円の貸付を受け、その弁済契約を締結するに当り、擅に被控訴人の印を盗用して訴外鈴木永久に対する被控訴人の委任状及び印鑑証明書を作成し、又は交付を受け鈴木をして被控訴人が右債務につき連帯保証をする旨の前記公正証書を作成するに至らしめたこと、従つて被控訴人は右事実につきなんら関知しなかつたことを認めることができる。

控訴人は、当時は被控訴人は松井と内縁の夫婦関係にあり、同人と同一家屋に居住し、その営む布団営業については一切の代理権限を松井に委ねていたものである。従つて被控訴人は松井が控訴人から融資貸付を受くることを承諾してこれが連帯保証をなすことを松井に委託したものであると抗争するが、原審及び当審証人永津武男、鈴木永久、原審証人高木茂和、当審証人古谷勝造、雨宮博の各証言中右控訴人の主張に副う部分は、前示証人大野清子、松井美代子、安井正男の各証言及び被控訴人本人尋問の結果と対比して措信し難く、同じ頃に撮影されたことに争のない乙第一、二号証、当審証人倉田定治の証言によつても、右証人大野、桜井、安井の各証言及び被控訴人本人の供述と照し合せて考えると、俄かに当時被控訴人と松井とが内縁の夫婦関係にあつたものと認めることができない、他に右控訴人の主張事実を認めて前段認定を覆えすに足る証拠はない。

そうすると、本件公正証書中被控訴人に関する記載部分は、被控訴人を代理して公正証書を作成させる権限のない前記鈴木永久が公証人に嘱託して作成させたものというべきであるから、無効なものといわなければならない。

控訴人は、その主張の如き事実に基き当時松井が被控訴人を代理すべき権限があつたと信ずべき正当の事由があつたと主張するが、公正証書記載の直ちに強制執行を受くべき旨の合意に関する部分は強制執行による権利保護の要件を形成するので、訴訟上の法律行為たる性質を具有すること明白であるから、この種行為にはその性質上私法の原則として表見代理につき認められた民法第百十条の規定の如きはその適用なきものと解するを相当とする。(大審院昭和十一年(オ)第三五四号、同年十月三日判決参照)従つて本件公正証書作成に際し控訴人において松井が被控訴人を代理すべき権限があつたと信ずべき正当の事由を有したとしても、これがために右公正証書中被控訴人に関する部分の債務名義たる効力を肯認すべき理由となし得ないことは多言を要しない。

控訴人は、また、鈴木永久は控訴人主張の如き商慣習の下に被控訴人の代理人として本件公正証書を作成させたから、右公正証書は有効であると主張するが、本件公正証書中被控訴人に関する部分が偽造の委任状に基き作成せられたものであること前叙の如くなる以上、鈴木が控訴人主張の商慣習に従い右公正証書を作成させたとしても、これがために本件公正証書中被控訴人に関する部分の債務名義たる効力を肯認すべき理由となし得ないことはこれ亦多言を要しない。

以上の次第であるから、本件公正証書中被控訴人に関する部分の執行力の排除を求める被控訴人の本訴請求は正当であり、従つてこれを認容した原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないから、民事訴訟法第三百八十四条、第九十五条、第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 柳川昌勝 村松俊夫 中村匡三)

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