東京高等裁判所 昭和28年(ラ)150号 決定
債権者被抗告人両名債務者抗告人間の東京地方裁判所昭和二十八年(ヨ)第二一八号行為禁止仮処分申請事件につき、同裁判所が同年一月三十一日抗告人主張のような仮処分決定をなし、右決定謄本は債務者たる抗告人に送達せられ現に執行中であること、抗告人は右仮処分決定に対し異議の申立をなし、同裁判所昭和二十八年(モ)第一三六五号仮処分異議申立事件として繋属中であることは、本件記録に徴し明らかである。
そして本件申立の趣旨は、右仮処分異議申立事件の判決あるまで前記仮処分執行の停止を求めると謂うにあるから先ず現行民事訴訟法上かかる執行停止の申立が許されていいかどうかについて審究する。
仮処分決定に対し異議の申立があつたことを事由として、その異議の裁判あるまで仮処分の執行を停止し得べき直接の明文上の根拠はない。唯だこの場合民事訴訟法第七百四十八条、第七百五十六条に従つて(一)同法第五百四十七条または(二)第五百十二条により準用せられる第五百条の類推適用によつて、右仮処分裁判の執行を一時阻止すべき停止決定を求めることができるかどうかについて、頗る疑問の存するところである。
(一) 仮処分の裁判は本案請求権を確定したものでなく且つ本案請求権が爾後の事情により消滅した場合に付き仮処分に準用せられる同法第七百四十七条の規定の設けてあるのに徴すれば、同法第五百四十五条の請求異議の訴に関する規定は仮処分に準用なく、従つて請求異議の訴の提起を前提とする前記第五百四十七条の執行の停止等に関する規定は、仮処分の場合に準用すべきものでない(大正十三年四月二十二日大審院第一民事部法廷民事判例集第三巻一四九頁参照)。
また(二)原則として権利保全に必要な仮の措置たるに過ぎない仮処分決定に対し異議の申立、また仮処分判決に対し上訴の提起があり、将来その決定または判決の取消ないし変更の可能性が予見される場合があつても、予めその執行を停止する等一時的応急の措置を講ずる必要は存在しないのみならず、若し民事訴訟法第五百十二条を準用して異議若しくは上訴についての裁判あるまで、簡易にその執行の停止を求め得るものとすれば、本来権利保全のためにする緊急措置を講ずることを内容とする仮処分は、その執行を停止されることにより、仮処分の裁判そのものを取消されたのとほぼ同一の結果を招来し、緊急措置たる効果を阻害されるに至り、仮処分制度による特別保護の目的を滅却することとなるから、原則として仮処分の執行につき前記民事訴訟法第五百十二条を準用すべきものでないことは、抗告人引用の最高裁判所昭和二十五年九月二十五日大法廷決定の判示するところである(同趣旨昭和二十三年三月三日最高裁判所第一小法廷決定、判例集第二巻第三号六六頁参照)。ただ同決定は更に「しかしながら各場合において具体的になされた仮処分の内容が、権利保全の範囲にとどまらずその終局的満足を得せしめ、若しくはその執行により債務者に対し回復することのできない損害を生ぜしめる虞あるようなものであるならば、その執行は実質上終局的執行のなされた場合と何等択ぶところはないのであるから、この場合においてのみ、例外として民事訴訟法第五百十二条を準用する要あるものと謂わざるを得ない」と判示されている。
思うに右決定後段の趣旨は、仮処分決定に対する異議の申立または仮処分判決に対し上訴の提起のあつた場合に、民事訴訟法第五百十二条の規定を準用すべきでないとの原則論に立ちつつも、唯だ具体的になされた仮処分の内容が仮処分本来の使命である権利保全のためにする緊急措置たる範囲を逸脱し、終局的満足を得しめるようなものである場合にも、同条の規定により仮処分の執行を停止し得ないとすれば該仮処分執行の結果、最早違法な仮処分の裁判の当否を争う実益を失うに至り、債務者に囘復すべからずる損害を生ぜしめる不当の結果を招来するから、この極めて例外の場合においてのみ前記法条を準用すべしとし、一囘の給付により権利の終局的満足を得させるが如き仮処分の執行につき、停止を命じ得べきことを是認した趣旨であると了解せられる。
ところで本件仮処分命令の内容は「(1)債務者(抗告人)は昭和二十九年四月二十五日まで中里介山著作小説大菩薩峠に関し債権者等(被抗告人等)がなす映画製作、製作映画の上映を妨害するが如き一切の行為をしてはならない。(2)債務者は昭和二十九年四月二十五日までは同著作の映画を自ら上映し、または第三者をして上映せしめてはならないと謂うのであつて、取寄にかかる前掲異議申立事件記録によれば、右仮処分申請の理由とするところは、昭和二十五年十月七日附債権者(被抗告人)株式会社日蘇通信社と債務者(抗告人)中里幸作との間に成立した契約(同事件疎甲第一号証)等に基き、昭和二十九年四月二十五日まで被抗告人株式会社日蘇通信社は、抗告人の有する著作権『中里介山著作大菩薩峠』につき、自らまた第三者をしてこれを映画化し且つ上映せしめ得る権利を取得すると共に、右期間中に限り抗告人において自らまたは第三者をして右著作物を映画化しこれを上映せしめない義務を負担したものであるが、被抗告人日蘇通信社は昭和二十八年一月十八日、右約旨によつて債権者(被抗告人)東映株式会社と大菩薩峠の映画製作並びにその上映に関する契約を締結して同社をして右映画の製作上映等の行為をなさしめることになつたところ、抗告人は右権利の存在を争い、被抗告人等の前記映画の製作並びに上映を妨害し、自らまたは第三者をして同著作を映画化し且つ上映せしめんとしつつあり、若しかかる妨害を受けんか、被抗告人等は莫大な損害を蒙るべく、ここに右係争の継続的権利関係につき、著しい損害を避け急迫な強暴を防ぐため、仮の地位を定める仮処分として前掲趣旨の仮処分を求めると謂うにあることは明らかである。
元来仮の地位を定める仮処分は係争の継続的権利関係につき現在の危害を避けるため、仮の地位を規整して争の終結まで債権者主張の権利関係本来の状態を維持し保全することを目的とするものであつて、争のある権利関係が確定的に実現せられるまで、さしあたり債権者の現在の窮境を打開しその生存を維持してその権利関係の確定を求めることを可能ならしめるにあるから、その目的を達成するに必要な限度においては、争ある権利の実現を仮りに認め、債権者に一時の満足を与える仮処分もまた必ずしも許容できないものでない。唯だ仮処分は本案訴訟が完結に至るまでの一時的暫定的裁判に止まるべく、本案訴訟の判決が確定し、またはその執行せられた場合に生ずる終局的確定状態と全く同一であることは、仮処分の本質として許されない。従つて例えば清算人後見人の地位を確定的に消滅せしめ、扶養料の支払を命じ且つ義務者に返還請求権を与えないような仮処分或は商号につき争あるとき商号の登記の抹消を命ずるが如き、仮処分により原状に回復し得ない状態を生ぜしめることは、仮処分の目的を逸脱するものとしてそれ自体違法たるを免れないが、この終局的確定的であるという点を除いては、即ち仮定的暫定的性質を保有する限り、仮処分と雖も判決の確定または確定判決の執行により実現せられる法的効果の線に接着する処置を講ずることは、必ずしも禁ぜられるものではない。例えば扶養料につき本案判決の確定まで仮に月々の支払を債務者に命じ、特許権を侵害した者に対し本案訴訟の終結まで物品の製造販売を禁止する仮処分の如きその必要性の存する限り前敍仮りの地位を定める仮処分として是認せらるべきものである。
本件における仮処分の目的たる係争の権利関係は、一回の行為を目的とするものでなく、一定期間に渉る継続的状態にある法律関係であつて、本件仮処分決定はこの係争の権利関係につき債権者たる被抗告人等のため、現在の危険を防止する必要ありとして仮の地位を規整し、抗告人に対しこれと相容れない一定の行為の禁止を命じたものである。そしてかかる仮処分はその係争権利関係の存在並びに仮処分の必要性につき疎明あるにおいては、仮の地位を定める仮処分として理論上も可能なものと謂うべく、仮処分の内容それ自体仮りの措置たる仮処分の目的範囲を逸脱した違法なものであると論断し得ないことは、前説示に照らし明らかである。そして抗告人が申立理由(2)の(イ)及び(ロ)において主張するところも、前記仮処分事件において申請人(本件被抗告人)により主張せられた係争の権利関係の存在しないことを前提とし、即ち被抗告人等が本件仮処分を求める本案の請求権なきに拘らず、本件仮処分執行により原著作権者たる抗告人の権利を無視して勝手気儘な脚本を著作し、これに基く映画の製作上映を実施することを放置しておくと、(イ)被抗告人等の取得する映画脚本の著作権に興行権が先取せられ、これがため将来においても原著作権者たる抗告人の興行権を無力にせらるべきは理の当然で、また(ロ)原著作権の文化的価値を侵害されるに至り、仮処分債務者たる抗告人に対し回復することのできない損害を生ぜしめる虞れがあると謂うのであるから、結局かかる損害は本案の請求権のないことを前提とする不当な仮処分執行の結果生ずることあるべき損害の外ならずかかる権利の存在を肯定し得てもなお且つ仮処分の内容それ自体仮りの措置たる仮処分の目的範囲を逸脱して終局的確定状態を現出せしめ債務者に回復することのできない損害を生ぜしめる虞れある場合に該当しないこと勿論であつて、本件においては前記最高裁判所の判示するところは適切でない。