大判例

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東京高等裁判所 昭和28年(ラ)158号 決定

原決定の論法を以てすれば、如何なる場合も償うことのできない損害に該当するものはなくなつてしまうのでありましよう。何となれば行政行為による処分で金銭をもつて償うことのできぬものなどは、ほとんど想像することはできないからであります。そうすれば、行政事件訴訟特例法第十条第二項によつて保護される場合はほとんどなくなつてしまい、同条は有名無実の規定と化しさらねばなりません。

要は行政処分の強行によつて蒙むる国民の損害と、これを後に償う場合の金銭の多寡、手続の難易、時間の多少等を勘案し、更にこの行政処分を停止することによつて公共の福祉にいかなる影響を及ぼすかの対比考量を遂げて相対的に決せらるべきものなのであります。

原決定は、ここに思を致さず、単に収去すべき地上物件は樹令四年乃至十四年の竹木であるとの一事を以て収去による損害より行政処分の強行を以て保護さるべきものと断ぜられたのであります。樹令四ないし十四年の立竹木というだけで、これを伐採除去すれば、現状に回復するまでに四年ないし十四年の歳月を要することは明らかです。この年月の間抗告人はその農業経営上甚大なる損害を蒙ります。立竹木の価格とか、再生植用の苗代とかの明瞭な失費以外の莫大なる損害を蒙るのであります。これは前に言う金銭を以て償うことのできる損害ではありますが、この損害の額を見積り計算し、収去命令代執行の行われた後、これが行われなかつたのと同一の状態にまで金銭を以て賠償を受けんとすることは非常な困難があります。

これに反し、この立竹木の収去を停止することによつて如何なる影響が公共の福祉に及ぼされるでしようか。原決定はこのことについて一言も触れて居らぬのです。

要するに、原決定が申請を却下した理由は不法不当であります。

よつて、「原決定を取り消す。抗告人の相手方に対する収去命令取消請求行政訴訟事件の判決確定に至るまで相手方が別紙目録記載の土地上の抗告人所有に係る立木につき伐採の代執行をなすことを停止する。」との裁判を求める。

というにある。

よつて、按ずるに、行政事件訴訟特例法第十条第一項によれば、行政庁の違法な行政処分の取消又は変更の訴の提起があつても、その行政処分の執行停止の効力を有しないのが原則であつて、ただ同法第十条第二項所定の要件を具備する場合に限り、裁判所はその執行停止を命ずることができるのである。よつて、抗告人の本件執行停止の申請が果して右要件を具備しているかどうかを記録について検討するに、

(一)  別紙目録三の雑木の生立する久留馬村大字宮沢字下原一八三九番地の土地については、久留馬村農地委員会は、昭和二十四年四月二十六日未墾地買収計画を立てたが、右部分に対しては抗告人は、何ら異議の申立、訴願、訴訟等をなさず、異議なく確定したことは、記録編綴の前橋地方裁判所昭和二四年(行)第二二号未墾地買収計画取消請求事件判決正本及び昭和二十八年四月二十四日附群馬県知事意見書によつて明らかである。従つて、右買収計画に基く買収処分後の措置として農地法第五十五条によりなされた群馬県知事の立木収去命令は一応正当であつて、他にこれを違法となすに足る主張並びに疎明のない限りこれを対象とする抗告人の本案取消請求の訴訟は、到底理由ありと見ゆるものということができぬ。

(二)  別紙目録一、二、四の雑木の生立する土地については、後に訴願の結果除外された三畝二十四歩を含めて、久留馬村農地委員会が昭和二十四年四月二十六日未墾地買収計画を立てたところ、抗告人は、その取消を求めて右委員会に異議申立をなし、却下され、群馬県農地委員会に訴願したところ、同委員会は内三畝二十四歩の部分については未墾地買収計画を取り消し、別紙目録一、二、四の雑木の生立する土地を含むその他の部分については却下する裁決をなしたこと、抗告人は右却下裁決の取消の訴を前橋地方裁判所に提起したところ、昭和二十八年二月十七日抗告人の請求を棄却する判決があつたことは、前掲未墾地買収計画取消請求事件判決正本によつて明らかであるので、他に違法の主張並びに疎明なき限り、別紙目録一、二、四の立木につきなされた本件群馬県知事の立木収去命令の取消を求める抗告人の本案請求訴訟もまた認容の可能蓋然性にとぼしいものといわなければならぬ。

(三)  このように本案の請求が理由ありと見えず、認容の可能蓋然性にとぼしいときは、裁判所は行政事件訴訟特例法第十条第二項により、行政処分の執行を停止すべきでないことは、この裁判の保全的性質から当然のことであつて、このことは本案訴訟が訴訟要件をかいている場合、又は本案の請求自体理由がない場合と思い合せて容易に理解がゆくであろう。すなわち右法条により行政処分の停止をするには、まず本案請求が法律上理由ありと見え、かつ事実上の点につき疎明あることを要するものというべきである。仮に本案請求につき疎明を要しないものとしても右法条にいわゆる「処分の執行により生ずべき償うことのできない損害」とは、事柄の性質上違法な行政処分の執行による損害を意味するものと解すべきである。けだし、もし行政処分が適法であるときは、これにより生ずる権益の喪失は、行政処分の効力を受ける者の受忍しなければならぬものであつて、法が避けることを企図している「損害」にははいらないものというべきであるからである。そして、本件においては、右(一)(二)で説示したように本件行政処分が違法であると見えるような何の疎明もないのであるから、結局「処分の執行に因り生ずべき償うことのできない損害」の発生について疎明がないものということになり、この点よりするも本件行政処分の執行の停止は許されないであろう。

(四)  しかのみならず、抗告人のいうように、別紙目録記載の雑木伐採の代執行により「償うことのできない損害」が生ずるものと認め難いのである。いつたい、「償うことのできない損害」とは、原状回復不能の損害のみを指すものでなく、終局において金銭で償うことができるとしても、そのいちぢるしく困難である場合は金銭賠償不能の損害ということができるのであつて、結局具体的の場合に応じ、社会通念によつて決するの外ないものである。もし本件の立木が抗告人がある一定の計画の下に植林した杉、松、檜などの立木であるならば、これを中途において伐採するときは、あるいは償うことのできない損害を生ずるものということができるであろうし、又、そうでないとしても抗告人のいうように、原状回復まで十四年もの長年月を要しその間抗告人が農業経営上甚大な損害を蒙るならばこれまた償うことのできない損害を生ずるものということもできるであろう。しかし、伐採せられるものは四年ないし十四年生の雑木であり、前掲判決正本によれば、抗告人は、本件山林の外に、山林三町二反四畝二十六歩、原野五反二畝二歩を所有し、農業経営上必要な薪炭、採草地は本件山林以外の前記山林、原野のみで足り、現に抗告人は本件山林はこのため利用せず、本件山林立木が伐採せられても、抗告人の農業経営には何の支障も来さないことがうかがわれるのであるから、本件山林立木伐採の代執行によつて、抗告人に「償うことのできない損害」を蒙らしめるものと認め難い。この点から見ても、本件は、法第十条第二項により行政処分の執行を停止することを命ずることのできる場合にはあたらないのである。

(五)  抗告人は、更に原決定が、本件行政処分の執行停止の公共の福祉に及ぼす影響について言及しなかつたことを攻撃しているけれども、「行政処分の執行に因り生ずべき償うことのできない損害を避けるため緊急の必要がある。」と認められないときはそれだけで、裁判所は行政処分の執行の停止を命ずることができないのであつて、「執行の停止が公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれ」があるか否かを判断する必要がないのであるから、抗告人の前記攻撃は理由がない。

以上説示したように、抗告人の所有する別紙目録記載の立木につき、相手方が伐採の代執行をなすことを停止する決定を求める抗告人の申請を却下した原決定は正当であつて、本件抗告は理由がないから、これを棄却し、主文のとおり決定する。

(裁判官 大江保直 岡咲恕一 猪俣幸一)

(目録省略)

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