東京高等裁判所 昭和28年(行ナ)14号 判決
原告 竹村治吉
被告 特許庁長官
一、主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は、「昭和二十七年抗告審判第三一一号事件につき特許庁が昭和二十八年六月九日になした審決を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、
第一、原告はそのなした「パイプペン」なる名称の工業的考案につき、昭和二十五年十一月六日特許庁に対し実用新案登録の出願をしたところ、昭和二十七年三月二十九日に拒絶査定を受け、同年四月十四日特許庁に対し抗告審判の請求をし、同事件は特許庁昭和二十七年抗告審判第三一一号事件として審理された上、昭和二十八年六月九日右抗告審判請求は成り立たない旨の審決がなされ、右審決書謄本は同月二十五日に原告に送達された。
第二、右審決はその理由に於て、昭和八年実用新案出願公告第一八七九二号を引用し、之と本件実用新案とを比較した上本件登録出願拒絶の理由として、
(イ)、引用例考案による万年筆に於て軸首に装脱自在に嵌挿した二箇の管からなる錘杆封入用筒管を、本件実用新案は一体的に単一化したものに外ならない。このような構造の改変は敢て考案力を要しない。
(ロ)、引用例に於て錘杆封入用筒管を二つに分離した所以のものは、万年筆の軸内にあるインク調節管を軸首に対してそのねじ込みの深さを変えることによつて軸腔から錘杆を封入した筒管内へのインク通路の開度を調節せんが為であつて、従つてこのようなインクの出量調節を考慮しない限りに於ては敢て上記筒管を二つの部分に分離する必要なく、その結果必然的に之等を一体化した単一の筒管とし、恰も本件実用新案の如きものが推考される。
(ハ)、なお本件実用新案に於て、筒管内の錘杆の脱落防止装置として輸状盤を嵌めて管の口経を狭窄しているが、これも周知の手段を応用したものに過ぎない。
と説明している。
第三、然しながら、審決は次の理由によつて違法である。即ち、
(一)、右引用例の実用新案に於ける二管より成る錘杆封入用筒管は、万年筆なる集合体なる物品の軸胴、軸首等と同様の構成部分即ち細胞であるに対し、本件考案によるものは「パイプペン先」なる一の独立した完成体である。然るに前記審決の理由の(イ)は本件考案による右完成体を二箇の管に分離し或るところには溝をつけ、或るところには雄螺子をつけ、又外側には雌螺子をつける等の工作を加え、引用例にいわゆる「二箇の管から成る錘杆封入用筒管」に似たものに変更した上で、引用例の考案から本件考案に改変するに考案力を要しないとしたのは不当であつて、実用新案法第一条に反するものである。
(二)、前記審決の理由(ロ)につき、引用例の考案による「万年筆は一端を円錐状となし、その先端に金属細管(12)を設けた筒管(4)を万年筆軸端の軸首(1)にその円錐状部を外方に向けて螺挿し、且軸首にはその反対側から一端閉塞し他端開放し、更に側壁に溝状透孔を設けた筒管(8)をその開放端を前記筒管(4)に対向して螺入し、両管内に跨つて円柱状鉛錘即ち錘杆(14)をその軸方向に僅かに移動し得るように緩やかに収容し、前記錘杆の一端に金属細線(13)を植え、これを上記筒管(4)上端の細管(12)内に臨ませ、そして錘杆をその軸方向に移動させても金属細線が細管から脱出することのないようにし、且錘杆の移動によつてインクを細管内に誘導するようにした」ものであるが、右の構造に於ては、筒管(4)を軸首(1)より螺脱すると、内部に収容した金属細線(13)は露出し、錘杆(14)は万年筆の軸胴より自由に取出すことができるようになる。而してパイプペンでは右金属細線が生命であつて、金属細線が少しでも歪めば筆記の用を達しなくなるのであるが、引用例の考案では掃除に便ならしめる為前記の通り金属細線の露出する機会を有せしめてあるけれども、その結果右金属細線は歪み易くて寿命が短く、却つて実用性に乏しい欠点が存する。よつて本件考案では右の欠点を避ける為金属細線の露出する機会を無くし錘杆が自由に挿脱することなからしめたのであつて、この点に本件考案と引用例の考案との根本的な差異が存する。而して審決の前記理由(ロ)は全く右の差異を看過したものであつて不当である。
(三)、本件考案によるパイプペンは一箇の独立完成体であつて、このパイプペンだけにインクを注入し、例えば製図用烏口代りとして使用すれば一定の太さの線を以て長時間インクの補給をせずに製図し得る特徴があり、その他細線筆記用として軸首を用いることなく右パイプペンだけで使用できる効果を有しているに拘らず、審決が、本件考案によるパイプペン先は之を万年筆の軸首に嵌挿しなければ使用し得ないかのように狭視し、その前提の下に前記引用例による考案を簡単に改変すれば本件考案となるもののように理由づけているのは不当である。
(四)、審決の前記理由(ハ)につき、本件考案は輪状盤を嵌めた脱落防止装置を施してあるけれども、右脱落防止装置は右考案全体の一局部的な装置に過ぎず、原告は特にこの装置自体を新規のものとして単独に実用新案の登録を出願しているのではない。只引用例の考案は、万年筆として組立てられたとき錘杆は安定するけれども、ペン先部(冠管)を取外したとき安定装置がなく、その為破損し易い欠点があるに対し、本件考案では、もし万年筆の軸首に嵌装して使用したときはそれを取外しても錘杆の脱落防止装置を取付けることによつて破損しないようにしてあるのであつて、畢竟本件考案は右錘杆の脱落防止装置をも含めて一箇の独立完成体に纏め上げた点及び金属細棒の露出する機会のないよう工夫した点に於て技術的な新規性を有する。然るに審決がこの点を忘却して、「筒管内の錘杆の脱落防止装置が周知の手段を応用したに過ぎ」ないものとして本件考案が新規性を有しないものとしたのは失当である。
第四、之を要するに新規の工業的考案たる本件実用新案の登録出願を排斥した前記審決は失当であるからその取消を求める為本訴に及んだ、と述べ、
被告の主張に対し、単純なものから複雑なものに変ずるのが通常の進化の過程であるとしても、発明や考案は之と逆に本件考案の金属細線を露出しないようにした構造に於けるように、複雑なものの構成中から二以上の構成部を一つものと置換して狂いを無くし、又は少くするところにも存するのであるから、構造が単純化されたが故に新規の考案でないとする被告の主張は失当である、と述べた(立証省略)。
被告指定代理人は、主文同旨の判決を求め、答弁として、
原告の請求原因事実第一及び第二の事実は認める。而して、本件考案と引用例の実用新案とを比較するに、両者は何れも錘杆の一端に金属細線を植え、之を万年筆の軸首に装脱自在に嵌めた筒管内に緩かに収容し、而もその軸方向に僅かに移動し得るようにし、且筒管の一端に之を円錐状に尖らしてその先端に更に金属細管を連設してこの管内に前記錘杆端に設けた金属細線を臨ませ、錘杆の軸方向えの移動によつて筒管内のインクをその先端にある細管に導入すると共に、この移動によつて金属細線が細管から脱出することのないようにした点に於て一致し、従つて両者は実質的に異るところがない。尤も本件考案では、錘杆封入管が単一の筒管であるに対し、引用例の実用新案では錘杆封入管が二箇の管より成つていると言う構造上の差異があるけれども、後者が一歩進んでインクの出量の調整を企図した為右筒管を二箇に分ける構造を考案したに対し、本件考案は全然インクの出量のことを考えなかつた為この構造を採らなかつたのである。而して実用新案の登録の対象たる物品の型が、考案の具体的表現である以上、考案を離れて型は存在し得ない。故に、出願に係る物品の型が考案力を用いずして作り得るもの、例えば考案の性質から見て既往のものよりも更に原始的のものえと逆行し、或は難より既往の易えと移行するような性質のものであれば、たとえ物品の型として同一又は類似のものが既往に存在しないとしても、新規の型を考案したものとして登録を許すべきものではない。引用例の実用新案から本件考案に改変するについても前記の理由により特に考案力を要しないものと解すべきであり、従つて本件考案を以て新規のものとしてその登録を許すべきではない。故に審決は相当であつて、原告の請求は失当である、と述べた(立証省略)。
と述べた(立証省略)。
三、理 由
原告の請求原因事実のうち、第一及び第二の事実は被告の争わないところである。
而して成立に争のない甲第一及び第二号証によれば、本件考案の要旨は、「空洞錐状体(a)の尖端部(3)に冠管(2)を嵌着させ、又金属錘棒(5)の一端に細棒(1)の一端を又他端に近い処に脱落防止を兼ねたオモリ(6)を何れも接着させ、錐状体(a)の底面部(8)より挿入し、金属棒の他端(5)を通過させて脱落防止装置の輪状止め(7)を空洞内側部に嵌着させてなるパイプペン先の構造。」にあることを認めることができる。
次に右甲第一号証及び成立に争のない乙第一号証によれば、審決に引用された昭和八年実用新案出願公告第一六七九二号公報記載の万年筆が、一端を円錐状としその先端に金属細管(12)を設けた筒管(4)を万年筆軸端の軸首(1)にその円錐状部を外方に向けて螺装し、且軸首には、その反対側から一端閉塞し他端開放し更に側壁に溝状透孔(通気溝)を設けた筒管(調節管)(8)をその開放端を前記筒管(4)に対向して螺入し、両管内に跨つて円柱状鉛錘即ち錘杆(14)をその軸方向に僅かに移動し得るように緩やかに収容し、前記錘杆の一端に金属細線(13)を植え、これに上記筒管(4)上端の細管内に臨ませ、錘杆をその軸方向に移動させても金属細線が細管から脱出することのないようにし、且錘杆の移動によつてインクを細管内に誘導するようにし、且右調節管(8)の螺入の度を変更して鉛錘の移動範囲及び筒管(4)調節管(8)の外周に刻した前記通気溝によつて形成された通気路を調節して、インクの流出量を加減し得るようにした構造のものであり、尚この構造は万年筆の軸首に加えられたものであつて、万年筆の軸筒に螺装して使用する為のものとされてあるけれども、この軸首を軸筒から螺脱し、軸首のみを以てその内部に収容されたインクの存する間筆書することを得るようになつているものであることを認めることができ、この認定を動かすに足る何等の証拠も存しない。
よつて以上両考案を比較検討して見るに、右認定したところに徴すれば、引用例の実用新案では畢竟細管(本件考案にいわゆる冠管)を以てペン先とした万年筆の軸首の中空筒部内に重錘を兼ねた杆を収容し、この杆の先端に設けた金属細線(本件考案にいわゆる細棒に同じ。)を軸首先端の金属細管内に臨ませ、又中空筒部の後端は上記重錘杆の脱落を防止するが上記中空筒部内に軸筒からインクを流入させ得るような通路を設けたものであつて、之に上記の重錘兼細線支持用の杆の移動範囲の調節及びインクの流出を促進する為の空気流通路の調節を可能ならしめ、且つ軸首部の分解掃除を便利ならしめる為上記各部を螺入及び螺脱し得るようにしてあるものと言うべく、右万年筆の基礎的構造たる軸首部の構造を本件考案によつたものと比較すると、その後端部の重錘杆脱落防止用止輪その他細部に於ける徴差ある外殆ど同一であることが認められ、而して前記乙第一号証によれば引用例の実用新案の出願公告の日が昭和八年十二月二十一日であることを認め得るから、本件実用新案登録出願の日たる昭和二十五年十一月六日当時同考案はすでに公知のものであつたのであり、従つて本件考案は新規のものとして登録を許容することを得ないものと言わなければならない。
尤も、
(一) 原告は、本件考案は「パイプペン先」なる一の独立した完成体の構造であるに反し、引用例の実用新案は万年筆なる集合体の一部を形成する軸首部の構造であつて、物品を異にしている旨主張しているけれども、引用例の実用新案による万年筆に於ても、必ずしもその軸首だけを軸筒から螺脱して使用し得ないものでないこと前段認定の通りであると同時に、本件考案による「パイプペン先」も万年筆の軸に挿入して使用するのが通常であること前記甲第二号証の記載内容によつても窺知するに難くないから、両考案の間に原告主張のような物品の相違あるものとなし難く、右主張は之を認容することができない。
(二) 次に、原告は引用例の実用新案では前記金属細線(13)が露出する機会があるようになつているに対し、本件考案では右金属細線の寿命を長からしめる為その露出する機会を無くしてある点で両者の間に根本的な差異が存する旨主張するけれども、本件考案に於て右金属細線の露出する機会を絶対的に無くする為には錐状体(a)が一体不可分のものであり、且脱落防止用の輪状止め(7)が右錐状体から取外すことが不可能となつている場合に限られるものと解せられるところ、前記甲第二号証その他本件にあらわれたすべての資料によつても、本件考案に於て右のような構造が要件となつているものと認めることができないばかりでなく、引用例の実用新案による前記基礎的構造に於て、もし軸首の分解掃除修理等を考えなければ金属細線の露出は起らないのであつて、畢竟右露出防止は単なる取扱方法の差異に過ぎずして新規の構造と認め難く、この点に於て両考案の間に根本的な差異があるとする原告の右主張も認容することができない。
(三) 原告は更に本件考案の金属細線を露出させないようにした構造に於けるように、複雑なものから単純なものに変じた場合にも新規の考案が存する旨主張するけれども、複雑なものを単純化した場合に新規の考案が認められるのは両考案が同一の効果作用をする場合に限るものであるところ、引用例の実用新案では前認定の通り重錘杆の移動範囲及び空気流通路の調節、並びに軸首の分解掃除の便宜等の実用上の効果及び作用を有せしむべく考案されてあるのに、本件考案では畢竟之等の効果及び作用の為の装置を省くことにより右効果及び作用を有せしめていないものと言うべく、従つて之により新規の考案がなされてあるものと言い難く、右主張も又失当である。
然らば本件実用新案登録出願を排斥した審決は相当であつて、その取消を求める原告の請求は失当であるから、民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決した。
(裁判官 小堀保 原増司 高井常太郎)