大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和28年(行ナ)36号 判決

原告 植野善雄

被告 オリエンタル釣具株式会社

一、主  文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

二、事  実

原告訴訟代理人は昭和二十七年抗告審判第九四〇号について特許庁が昭和二十八年八月二十七日になした審決を取消す、訴訟費用は被告の負担とするとの判決を求め、その請求の原因として、

(一)  原告はその考察に係る「糸巻車の側板(1)に凹窪(2)を圧搾成形し、この凹窪底に開穿した通孔(3)に突軸(4)の一端を嵌合固着せしめ摘手(5)を取付けたリールの構造」につき昭和二十三年一月十六日実用新案の登録出願をし昭和二十五年二月七日実用新案登録第三六九三五一号として登録を受けたところ、被告は昭和二十六年十月三十一日特許庁に対し右実用新案登録無効審判請求をし、同事件は特許庁昭和二十六年審判第二九七号事件として審理された上昭和二十七年八月十一日請求人(被告)の申立は成り立たない旨の審決がなされたが、被告は同年九月二十五日特許庁に対し抗告審判の請求をし、同事件は昭和二十七年抗告審判第九四〇号事件として審理された上昭和二十八年八月二十七日原審決を取消す、登録第三六九三五一号実用新案の登録を無効とするとの審決がなされ、同年九月五日右審決書の謄本が当事者双方に送達された。

(二)  右抗告審判の審決の理由を要約すれば被告が右事件に於て援用した英国特許第四九〇一五七号明細書及びその図面に記載されたものと本件考案とはその構造上格別相違するところがなく、作用効果に於ても両者は何等相違するところがない、且又本件考案のように凹窪成形の手段が圧搾成形すると言う点にあることについては前記明細書及び図面に明示されていないが、リールの板状部材を圧搾によつて成形することは普通に採用されていた手段であるからこの点に新規の考案があると認めることができないと言うにある。

然しながら本件考案に於けるような突軸(4)の軸端カシメ部を表面に露出させないように特別に意識して深く凹窪(2)を圧搾成形した構造は右英国特許第四九〇一五七号明細書及び図面の何処にも見出すことができない。右明細書及び図面に於て認められる点は側板(33)に設けられたクランクハンドル(130)の取付部分であつて、右取付の目的はクランクハンドル(130)を糸巻車に対し直角に設けようとするにあつて、クランクハンドルの軸の内端取付部は側板(33)の一部に垂直部を形成したものであつて、本件考案のように深い凹窪(2)としたものでないことは極めて明白である。前記明細書及び図面によれば側板(33)の内方に極めて浅い折曲部が見受けられると共に側板(33)の外周に向つて垂直になつていて明らかに凹窪ではない。もし右英国特許の発明者が凹窪を形成しようと意識していたならば側板(33)の外周方向にヘコミを形成すべきであつてこの方向が糸が軸端に引掛るように開放されている筈がない。然るに審決が右特許が右の凹窪を形成するものであるとの被告の主張を採用したのは誤りである。而も本件考案が深い凹窪(2)の為に突軸(4)の取付部のカシメ部分が凹窪(2)から突出して外部に露出しない為釣糸が引掛る虞れなく十分糸巻としての作用効果を発揮させ得るようにしてあるのに対し前記明細書及び図面にあるものは本件考案に於て最も苦心して案出した側板(1)の外周方向に凹窪(2)を形成した部分に於てダイキヤスト製側板(33)の外周方向を開放し軸取付部の軸端が側板(33)から突出して外部に露出していて側板(33)の外周方向から巻取られてくる釣糸はこの軸端の露出部に引掛り釣糸の巻取を困難ならしめ、且使用中この軸端がゆるみを生じた場合或はこの取付工合が悪い場合には釣糸の引掛ることが明らかであるばかりでなく、釣糸には歪み及び曲り癖がついているから容易に引掛る虞れがあつて、両者間にはその作用効果に於て雲泥の相違があるに拘らず、審決が両者間にその作用効果に於て何等相違するところがないとしたのは重大な誤解をしたものである。

尚審決は本件無効審判事件につき被告が特許庁に提出した甲第五号証及び甲第八号証に対し何等判断をもせず、又被告が右審判請求をするにつき利害関係を有するか否かについても何等の判断もしておらず、之等の点から言つても審決は理由不備の違法のものである。

(三)  よつて原告は右審決の取消を求める為本訴に及んだ。

と陳述し、尚原告が被告に対し被告主張通り書面を以て警告したことは認めると述べた(立証省略)。

被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として、

原告の請求原因事実中(一)の事実は認める。

被告が本件無効審判事件の抗告審判に於て援用した英国特許第四九〇一五七号の明細書及び図面に記載されたリールにも右図面の内の第三図に示されてあるようにリールの側板には同図の(102)なる符号の左方にある凹みから側板の外周に近い点に至るまでの間に凹窪が成形されていることが明らかに認められる。即ち右第三図には緩円錐形をなす側板が切断面で表わされてあり、右端の太い線は側板の内面を示している。従つてハツチング(切断面を示す並行斜線)の記入されてない部分(赤インキで(2)なる符号をつけた部分)が凹窪の切断面を表わしていることは当業者が一見して認定し得るところである。又このことは右図面の内の第五図からも認められるのであつて、第五図は右第三図を左方から見た図面であるが、摘手(130)の上半部を囲い半円形及びその左右両側下方に連なる直線状の陰影線によればその部分が隆起していることが示されていて、従つて側板には凹窪が成形されていること明らかであり、又この凹窪は側板の中心に近い方が深く外周に近ずくに従つて漸次浅くなつていることも明らかに認められる。

次にリールの側板を圧搾によつて形成することは当業界の公知の常用手段であつて(この方法は原告の考案に係る昭和十四年実用新案出願公告第一二九八六号の公報乙第五号証にも記載されている)。従つて単にそれだけでは本件考案と右英国特許明細書のもとの構造上の格別の相違があるものとなし難く又凹窪を深く形成したことは本件考案の要旨をなすものではなく、そのことは本件実用新案登録請求の範囲中にこの点に関し何等の記載がされておらず、且その説明書に新規の効果に関し「突軸の取付端部が凹窪内にありて表面に露出せず軸端カシメ部に釣糸が掛懸することなく糸巻使用に便なり又側板の円曲面に凹窪を圧搾形成するが故に凹窪底面を水平面とし突軸を垂直に固定せしめる効果あり」と記載してあつて、凹窪部を深く形成した為に新規の効果を挙げることは全然記載されていないことによつても明らかである。

又前記英国特許明細書添付の前記第三図により明らかなように同特許のリールでは軸頭は側板の内面をあらわす太線の外に突出しておらず、而もその軸頭は円曲部をなしているから釣糸の引かかる恐れもなく十分糸巻としての優秀著大な作用効果を発揮することができ、決して原告主張のように軸取付部の軸端が側板(33)から突出露出していると言うことはなく、又凹窪底面をなしていて突軸を垂直に固定させることができるようになつている点も原告の考案に於けると同様である。

尚原告主張のようなリールの使用中に軸端にゆるみを生じたとか或は突軸の取付工合の悪いと言うような特殊の場合に釣糸が軸端に引掛ると言うことは原告の本件考案に於ても前記英国特許明細書記載の考案に於けると同様であつて、この点に於ても両者間に原告主張のような作用効果上の相違はない。

而して被告は釣用リールの製造をした際原告から昭和二十三年九月八日付及び同月二十八日付各書面を以て右製造が原告の本件実用新案権を侵害するから之を中止すべき旨の警告を受けたので利害関係人として右実用新案無効審判を請求したものであり、之につきなされた前記審決には何等原告主張のような不当又は違法の点はなく、原告の本訴請求は失当である。と述べた(立証省略)。

三、理  由

原告の請求原因事実中(一)の事実は被告の認めるところであつて、本件実用新案登録無効抗告審判の審決の理由の要旨が原告主張の通りであることは被告に於て明らかに争わないからその通り自白したものとみなす。

而して甲第一号証(同証が原告の本件実用新案登録出願書に添付された右考案の説明書及び図面の写であることは当事者間に争のないところである)の説明書には登録請求の範囲として同証中の「図面に示す如く糸巻車の側板(1)に凹窪(2)を圧搾成形し該凹窪底に開穿せる通孔(3)に突軸(4)の一端を嵌合固着せしめ摘手(5)を取付けたるリールの構造」と、又その特徴として特に「本考案は以上の如く糸巻車の側板に凹窪を設け該凹窪内に於て摘手の突軸を固着するを以て突軸の取付端部が凹窪内にありて表面に露出せず軸端カシメ部に釣糸が掛懸することなく糸巻使用に便利なり、又側板の円曲面に凹窪を圧搾形成するが故に凹窪底面を水平面とし突軸を垂直に固立せしめ得る効果あり」と各記載してあるに徴し、その考案要旨は「糸巻車の皿状をなす側板内面に底面を糸巻車軸に垂直な平面とした円形凹窪を設け凹窪底面に穿つた通孔に摘手用心軸の内端を嵌合鋲着し鋲頭を側板面内に収めて心軸を側板外面に突出させ、これに糸巻車回転用摘手を取付けたリールの構造」と言うにあるものと認むべく、之によれば右構造は糸巻車回転用摘手の心軸内端の鋲着部分に釣糸の引掛ることをなからしめ且凹窪の底面を糸巻車軸に垂直な平面とした為側板の円曲面に糸巻車軸に並行する心軸を固定することができる効果を有するものと解せられる。

次に特許庁備付の英国特許第四九〇一五七号の明細書の写真であること当事者間に争のない乙第四号証の一、二、同明細書添付の図面の写真であること当事者間に争のない乙第四号証の三、四によれば前記審決に於て引用された右英国特許による釣魚用リールは糸巻車の緩円錐状の側板内面に底面を糸巻車軸に垂直な平面とし半円形壁及びその両側に連なる外周に達する側壁から成る凹窪を設け凹窪底面に穿つた通孔に摘手用心軸の内端を嵌合鋲着し鋲頭を側板の面以内に収めて心軸を側板外面に突出させ之に糸巻車回転用摘手を取付けたものであることを認めることができ、右認定を左右するに足る証拠は存しない。

よつて本件考案の要旨と右英国特許発明とを比較するに、後者は糸巻車の側板が緩円錐状をなしていること及び凹窪の外方が側板の外周方向に開放していること以外の点では前者と全く相一致していると言うことができ、右差異の内糸巻車側板が皿状であるか或は緩円錐状であるかは両者の作用効果に全く無関係な事柄であり、又両者共に凹窪の部分を設けたことにより摘手心軸の内端鋲頭を側板面内に収め釣糸の引掛けることを防いでいると言う点でその作用効果を同一にしており、前者の凹窪が円形であり、後者のそれが外周方向に開放されたU字形のものであると言う形状の差異も右の作用効果と何等の関係もないものと解すべく、畢竟全体として見るときは両者は類似の構造であると解さなければならない。

原告は右英国特許の構造に於ては意識して凹窪を側板から深く圧搾形成したものでないから本件考案と相違すると主張しているけれども、前記甲第一号証中図面には本件考案によるリールの凹窪の深さが相当深く描かれてあるけれども、同証中の説明書によれば畢竟摘手心軸の内端鋲頭に釣糸が引掛からない様にする為に側板面内に右鋲頭を収める為凹窪を設けることを必要としていることを認め得るに止まり、それ以上特に凹窪を深くすることが格別本件考案の要旨をなしているものとは解することができず、又凹窪を圧搾によつて形成すると云うことは単に形状構造等を表現する手段に過ぎないものであり、このような単なる方法には実用新案権が与えられるべきものでないことは勿論であつて、従つて右にいわゆる圧搾形成すると言う点が本件実用新案の考案の要旨の一部をなすべきものではない。尚前記乙第四号証の一乃至四によつても右英国特許に於て前記の作用効果を有せしめる為に前記の凹窪を意識して設けたものであることを推認することができ、その反証がない。然らば原告の右主張はすべてその理由がないものと言うべきである。

而して右英国特許の明細書及び図面(乙第四号証の一乃至四)が昭和十三年十二月九日特許局陳列館に受入れられたことは右乙第四号証の一の上部に存する受入印影により明らかであつて、この事実に徴すれば右明細書及び図面は少くも本件実案登録出願の日たる昭和二十三年一月十六日の前に一般の閲覧に供せられてあつたことを認めることができるから、本件考案はその出願前国内に頒布された右英国特許明細書及び図面に容易に実施することを得べき程度に記載された場合に該当するから新規性がないものと言うべく、又被告が釣用リールの製造をしつつあつた際原告が昭和二十六年九月八日付及び同月二十八日付各書面を以て原告から右釣用リールの製造が原告の本件実用新案権の侵害となるから右製造を中止すべき旨の警告を受けたことは当事者間に争のないところであつて、このような場合被告が本件実用新案が新規性のないことを理由としてその登録無効審判請求するにつき実用新案法第二十二条第二項にいわゆる利害関係人に該当するものと解すべきであり、従つて特許庁が被告の右無効審判請求を認容したのは相当であり原告の本訴請求は失当である。よつて民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決した。

(裁判官 小堀保 原増司 高井常太郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!