東京高等裁判所 昭和29年(う)127号 判決 1954年10月22日
控訴人 被告人 李根茂
弁護人 五井節蔵
検察官 山口一夫
主文
本件控訴を棄却する。
当審における訴訟費用は被告人の負担とする。
理由
弁護人五井節蔵の控訴理由は、末尾に添附する控訴趣意書と題する書面に記載するとおりである。
(前略)
次に、原判示第一の外国為替及外国貿易管理法違反の事実は、判示空港外貨申告所において携帯外貨を申告しないで通過したときに成立する罪であり、原判示第二の関税法違反の事実は、免許を受けないで外貨を輸入しようとしたが、税関官吏に発見されたため、その目的を遂げなかつたという罪であるから、両者は性質上別個の所為である。従つて、この両者の罪を刑法第五四条第一項前段の規定を適用して処理するわけにはいかない。それで、原判決が両者の罪につき被告人を各別に処断したのは、まさに、正当であつたといわなくてはならない。してみれば、論旨第四点の所論は採用すべき限りでなく、該論旨は理由がない。
次に、同一の物件が二つの罪に係るものである場合、法規の定める所に従つて、各別の言渡をしたとしても、もとより、違法である筈はない。原判決が判示米国軍票拾ドル紙幣三二五枚及び同五ドル紙幣二二枚につき、判示第一の罪の組成物として刑法第一九条第一項第二号第二項に則り、また判示第二の罪に係る貨物として関税法第八三条第一項に従い、夫々没収の言渡をしたのは、まさに、その所論の通りである。従つて、原判決のこの措置を非難する論旨第五点の所論は、とうてい採用すべくもなく、該論旨は理由がない。
次に、関税法第一条によれば、輸入貨物には関税定率法に依り関税を課する旨を定め、関税定率法第一条は、外国より輸入する物品には別表により関税を課する旨を定めているが、同法別表輸入税表一一四〇は「紙幣、銀行券」を無税としている。紙幣、銀行券は無税ではあるが、関税法上、貨物であることは、これによつて明らかであるといわなくてはならない。紙幣、銀行券が外国為替及び外国貿易管理法において支払手段として取扱つているからといつて、右関税法並びに関税定率法の適用を排除すべき謂われはない。しかも、外国為替管理令第一九条第一項によれば、紙幣、銀行券のごとき支払手段は、大蔵大臣の許可を受けた場合にのみこれを輸入することができることになつており、また、関税法第三一条の三は、他の法令に依り、輸入に関して許可を要する旨の規定ある貨物については、税関の検査に際し、その許可を受けたことを税関に証明しなければならない旨を定めると共に、その証明をしないものに対しては輸入の免許をすることができない旨を定めているのである。そうして、米国軍票が、紙幣、銀行券と同じ観念をもつて律すべきものである所からいつて、被告人がこれら所定の手続を践むことなく、米国軍票をわが国内に搬入しようとして、その目的を遂げなかつたとする原判示第二の事実は、まさに、関税法第七六条第二項第一項に該当する罪を構成するものといわなくてはならない。それ故に、これと同じ見解の下に、被告人の原判示第二の事実に対し、右関税法の規定を適用しで被告人を処断した原判決には、何等違法の廉のあることなく、論旨第六点の所論は、ただ独自の見解として排斥するの外はない。従つて、該論旨は理由がない。
(その余の判決理由は省略する。)
(裁判長判事 中野保雄 判事 尾後貫荘太郎 判事 渡辺好人)
控訴趣意
第四点、原判決は、被告人は法定の除外事由がないのに、
第一、支払手段たる米国軍票を、輸入しようと企て、昭和二十八年十月三十日午後一時三十分頃、韓国釜山より、米国軍票三千三百六十ドルを携帯し、ノースウエスト航空会社、所属航空機に塔乗して同日午後四時三十分頃、日本国東京都大田区羽田江戸見町所在、東京国際空港に到着し、同所外貨申告所において、右軍票を申告せず、通過上陸し、以て右軍票を輸入し、
第二、所定の手続を経ないで、米国軍票参千三百六十ドルを、前記空港に携帯輸送し、所定の通関手続を経ずに、我国内に搬入せんとしたが、税関係員に発見されたので、その目的を達せず、以て法定の免許を受けることなく、右軍票を輸入せんとしたものである。と認定し、第一の米国軍票を、無申告で輸入した所為に付ては外国為替及外国貿易管理法第四十五条第七十条、外国為替管理令第十九条、昭和二十七年政令第百二十七号第四条第一項、罰金等臨時措置法第二条第一項本文、第二の米国軍票を無免許で輸入せんとした所為に付ては、関税法第七十六条、第八十二条の四、第八十三条、罰金等臨時措置法第二条本文を適用して、各所為に付夫々罰金三十万円に処したるも、第二の米国軍票を無免許で、輸入せんとした所為と、第一の米国軍票を無申告で輸入せんとした所為とは、日時及び場所を同じくして、同時に行はれたものであるのは、原判決挙示の証拠に徴し、容易に察知せられる。果して然らば、該二つの所為は一個の行為にして数個の罪名に触るる想像的競合犯として刑法第五十四条第一項前段第十条を適用して同所属中の重き罪に付定めたる刑に依つて、処罰すべきであり、然も関税法は、刑法第五十四条第一項前段の適用を、排斥しておらぬのは、関税法第八十二条の四の規定上明かである。従つて原判決が被告人の右第一、第二の所為に付刑法第五十四条第一項前段第十条を適用せずして前示法規を適用して格別に罰金三十万円に処したのは失当で原判決は明らかに、法令の適用を誤つたものであり然も該誤謬は、判決に影響を及ぼすや必然であるから原判決は到底破棄を免れない。
第五、原判決は、判示米国軍票を判示第一の無申告で米国軍票を輸入した罪に付、刑法第十九条第一項第一号第二項本文を適用して、没収すると同時に判示第二の無免許で米国軍票を輸入せんとした罪に付、関税法第八十三条第一項を適用して没収したが、斯く両罪の没収の対象物が同一物件である以上、関税法第八十三条は刑法第十九条に対しては、特別法であるから、特別法は普通法に勝るの原則に従い、判示第二の罪に付既に関税法第八十三条に依り没収した場合は、判示第一の罪に付ては、刑法第十九条を適用して、没収すべきではないと解するのが正当である、従つて、原判決が判示同一の米国軍票に付前示両法規を適用して夫々没収したのは、法令の適用を誤つたもので、然も同誤は、判決に影響を及ぼすのは、明かであるから、原判決は当然破棄すべきである。
第六、原判決は、判示第二の被告人が米国軍票三千三百六十ドルを、無免許で我国内に輸入せんとした所為を関税法第七十六条の罪に問擬して処罰しているも、関税法第七十六条は終戦後の我国の物資状態に対処し、其の輸出入に関する基本的な政策及び計画に基き、物資の輸出入の統制運用の完璧を期せんとして設けたものであり、かつ又、斯る軍票の如き物は、法規上一般に貨物としては取扱つておらず、現に外国為替及び外国貿易管理法は、支払手段と解して扱つている。従つて関税法第七十六条に所謂貨物中には、米国軍票は、包含せられておらぬものと解するのが妥当である。然らば原判決が被告人の該所為は、関税法第七十六条の罪を構成するものと解したのは、畢竟罪とならない事実に、誤つて法令を適用して、処断したもので、然も斯る法令適用の誤は判決に影響を及ぼすのは明かである故原判決は当然破棄すべきである。