大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和29年(う)1304号 判決

被告人 奥田兵蔵

〔抄 録〕

論旨第一点について。

人の精神状態を判断するには医師をして鑑定させるのが通例であろうし、又これが人の精神状態についての最も有力な資料を得る途であるともいえる。しかしこの判断を為すについて必ずしも常に医師の鑑定にまたなければならないものではなく、殊にそれが飲酒の上で心神喪失或は心神耗弱というに該当した状態であつたか否かを判定するような場合には、犯人の飲酒の量やこれに要した時間及び平素の酒量或は飲酒前後の状況や被告人の行動等を資料としてその精神状態を判断するに難くはないところで医師の鑑定を必要とする度合は比較的少いと認められるのである。今本件について記録を検討するに、被告人は本件犯行当日(昭和二十八年七月六日)薄暗くなつてから横浜市港北区日吉町の大成建設飯場内で松岡栄八外一名と焼酎約八合(被告人一人分として約三合)を飲み、更に今藤清八と共に午後九時頃近くの飲食店でビール一本、清酒、焼酎等を飲み、そこへ来た前記松岡栄八等と重ねてビール一本を飲み交した程度で、一番酒も弱く、最も酩酊した松岡を介抱して飲場まで送つて寝かせた上で、今藤清八、丸一龜治の両名が帰つて来ないのを迎えに被告人の知合の横浜市港北区日吉町七五六番地山本修平方附近まで来た時は既に夜も十一時半頃となつていたこと、被告人の当日の酒量は正確には判らないにしても平素焼酎二合を晩酌にする位の被告人の事ではあるし、親方に当る松岡を介抱して飯場まで送り届けていることも考え合せるとその夜の酒も平素の酒量をいくらか上まわつた程度のものと認められ、殊に飲酒後相当の時間も経過した午後十一時半頃の被告人にその行動を追想すること不能の状態にあつたとは認められないこと、(被告人は東屋飲食店で清酒の外ビール四、五本も飲んだと述べているが、ビールを四、五本も飲んでその支払が五、六百円で十分であつたとは認められないのである。従つて被告人の支払つた五、六百円の中にビール代金としては一本のみで、丸一龜治が翌日支払つたビール代金を加えてビールは二本のみと認められる。)被告人は右飲酒時から本件犯行に至るまでの行動を相当正確に追想し、司法警察員等に供述しているのであり、犯行後の行動も極めて明確なものがあつて、被告人が原審公判廷で述べているように女の通つたことも知らず、女の落した物を取つて来たことも覚がない程酩酊していたというのは単なる弁解の辞に過ぎないものと認められることから判断して当時被告人は平素以上に焼酎等を飲用した結果、相当酔つてはいたけれど心神喪失とはいえないことは勿論、心神耗弱の程度にも達していなかつたものと認定できるのであつて、原審が弁護人の精神鑑定の申請を却下して心神耗弱の主張を認めなかつたことは当然で、所論のように唯一の科学的証拠方法を排斥し、審理不尽に基く事実の誤認を冒しているわけではない。もつとも弁護人が当審に於て提出した医師竹山恒寿作成の鑑定書と題する書面には昭和二十八年七月六日午後十一時四十分頃被告人は酒精飲用の結果、通常の意思決定は困難であつたと推定される旨の記載が存するのである。しかし右鑑定書なるものは、裁判所が刑事訴訟法に則つて正規に鑑定を命じたものでないし、その鑑定の資料となつたものが何であるかも明確とはいえないのみならず(少くとも本件記録全部を同医師が通読参酌したものでないことは弁護人の当公延における陳述でも明らかである。)被告人の平素の酒量以上に酒精飲料を飲んでいたことからすれば一応その酒精の作用として肉体的にも精神的にも何等かの影響を及ぼすことが常識的に考えられるのであつて右鑑定書中の前記文言といえどもこの常識的見解以上のものとは認め難く、これを以て原審の心神耗弱の主張を排斥したことを事実の誤認として主張する資料と為し得ない。論旨はそれ故その理由がない。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!