東京高等裁判所 昭和29年(う)1374号 判決
被告人 安河内勘六
〔抄 録〕
同第三点について。
原判決挙示の証拠によれば、熊谷新一郎は被告人からタオルで首を絞められ、その直後龜有病院で医師石川孝寿の診察を受けたが、同医師に対し腰の痛みを訴えていたのみで、歩行も普通人と変らないよう見受けられたし、同夜七時頃帰宅した時も、腰が痛くて自転車に乗れず、これを押して帰つたので平素より遅くなつたのと、元気がなくて食事をしないので就寝した外は格別異状を認められなかつたのであるが、翌朝五時頃咽喉の苦痛を訴え、堪えられない様子が見受けられたので、妻八千代は新一郎を連れ歩いて永野病院に行き、医師高橋健二の診察を受けさせたこと、同医師が診ると新一郎の咽喉が相当はれ、浮腫を生じていたが、此の浮腫は被告人が新一郎と喧嘩して同人の首を絞めたために、頸静脈圧迫による血液の循環障害を起し、徐々に頸静脈がはれてきたためであること、及び同医師はこれを喉頭縫窩織炎又は喉頭浮腫と診断し、放置しておけないと考え、メスで右患部を切開し、溜つている液体を排出したから、多少呼吸が楽になつたところ、その後新一郎妻八千代が手術料支払の金策に行つている間に、新一郎は独りで病院を出て、実妹須藤タケ方に赴き、同日午前九時半頃同所で浮腫が次第に悪くなつたため窒息死亡するに至つたことが認められる。新一郎が浮腫を起し易い特異体質であつたとは認められない。従つて被告人が新一郎の頸部を絞め、これによつて前記喉頭浮腫を生じ、それが高橋医師の切開手術も功を奏せず、増悪の一路をたどり窒息死亡するに至つたものとして、その間因果関係の存すること明白である。高橋医師が予め適切な対策をたて、浮腫の増悪を来した場合、気管切開の機を逸しないように新一郎を入院させておくとか又は新一郎の家族が医師を迎えることのみに狂奔することなしに、直ちに新一郎を医者の許に送り再手術を受ければ或は新一郎の一命を取り止め得たかも判らないこと所論のとおりとしても、医師並びに新一郎遺族の措置が適切でなかつたことが、被告人の暴行により浮腫を発生したこと及び新一郎の死亡との間の因果関係を中断するものとは認められない。所論はそれ故理由がない。