東京高等裁判所 昭和29年(う)1711号 判決
被告人 沢田武司
〔抄 録〕
論旨中事実誤認の主張について。
原判決が被告人を有罪と認定した理由は、被告人は国鉄機関士で列車運転の業務に従事していた者であるが、昭和二十七年十一月十七日午後二時四十五分頃新潟発大阪行第五二四号列車の機関車(C五一、二四六号)に機関助士と共に乗務し、時速約五十粁で堺川函渠附近に差し掛つた際、偶々同所附近で佐藤計以外二名が風雨のためゴム引雨合羽をかぶり或は傘をさし線路の西側犬走り上又は函渠上の軌条内等を列車と同一方向に向い、列車が後方より接近してくるのに気付かず歩行中であつたのであるが、かかる場合機関士たるものは前方注視を怠ることなく或は機関助士に命じて前示通行人の動静を注視報告せしめる等適当の措置を講じ、警笛を吹鳴して線路外に避譲せしめる等衝突等の事故発生を未然に防止すべき業務上の注意義務あるに拘らずこれを怠り、同所は見透しのよい一直線の線路であり同線路上で作業していた第二班及び第一班の各作業員を注視し得たに拘らず、前記通行中の三名を全然認識せず警笛吹鳴もせず、風雨中依然前記の速力で漫然運転を継続進行したため、列車の近接に気付かず前記堺川函渠上を歩行中の佐藤計以に機関車の右前部を衝突させ十数米跳ね飛ばし、因つて同人を頭部強打、頸骨骨折、肋骨骨折等により即死せしめたというのである。而して原判決挙示の証拠によると、被告人は国鉄機関士で列車運転の業務に従事していた者であること、判示日時頃判示機関車に機関助士と共に乗務し時速約五十粁で判示堺川函渠附近に差し掛つたこと、偶々同所で右堺川函渠より東方約千百十四米の通称牛ケ島踏切から右線路内に入つて来た佐藤計以外二名が風雨のためゴム引雨合羽をかぶり或は傘をさし線路の西側犬走り上又は函渠上の軌条内等を列車と同一方向に向い列車が後方から接近してくるのに気付かず歩行中であつたこと、同所は見透しのよい一直線の線路で同線路上で作業していた第二班及び第一班の各作業員を見付けたが前記佐藤計以外二名の通行人を全然見付けず、警笛も吹鳴せず前記の速力で運転を断続したこと及び前記堺川函渠上を歩行中の佐藤計以に被告人の運転していた機関車の右前部を衝突させ、十数米跳ね飛ばし、因て同人を頭部強打等により即死せしめたことを認めることができる。
よつて被告人がその運転する機関車の右前部を佐藤計以に衝突させたことが被告人の機関士としての業務上の注意義務懈怠に因るものであるかどうかについて按ずるに、国鉄機関士が列車を運転して進行するに当つては、信号を確認し列車運転に関する諸規程を遵守すべきは勿論、つねに前方を注視し線路及びその附近に人や車がいないかどうかに注意し若し通行人がその前方にいることを認めた場合は絶えずその動静に注意し又は機関助士に命じてその動静を注視報告せしめ、警笛を吹鳴して通行人に注意を与える等適宜の措置を講じ事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があることは業務の性質上当然であるが、原判決の挙示した証拠及び当裁判所において事実の取調としてした証人岩淵タノ、同小林セキ、同野島省三及び被告人本人の各供述並びに検証の結果を参酌考量すれば、被告人が判示列車を運転して保内駅を出発した頃より雨が降り出し、本件事故現場である堺川函渠より約九百八十三米手前の閉塞信号機附近に差し掛つた頃は風速十米前後の風を伴う強雨となり、しかもその雨は右前方から吹きつけるため前方の窓硝子に吹きかかり且機関車に降りかかつた雨が跳ね返るしぶきのため前方の視野を遮られ見透しが悪くなつて来たこと、被告人は右閉塞信号機より約二百米進行した西方江の手前四米の附近でその前方約二百四十五米の地点に第二班作業員がいるのを発見して警笛を吹鳴し、次いで更に約百九十米を進行した無名江附近でその前方約二百八十米の地点に第一班作業員がいるのを発見して警笛を吹鳴したが、その頃から一層猛烈な風雨となり前方の見透しが益々困難となり、その間被告人は終始前方を注視していたに拘らず、それより前方は右強風雨のためにその視界を遮られて前記佐藤計以等歩行者を発見できなかつたこと、右無名江より百二十四米先の鶴田江附近は通常時における惰行運転開始地点になつているのであるが、当日は前記の如く右前方から十米前後の強い風雨が吹きつけていたため、通常時より稍長く吸気運転を継続する必要があつたので、それより約百六十米進行した地点(大崎江の先約十七米)で惰行運転を開始し、約十七秒(その間の列車の進行距離二百三十八米)にして惰行運転を終了したこと、被告人は右惰行運転開始の直前前方を注視した際は約二百乃至二百四、五十米の間は見透し得たがその見透し可能の区域間には歩行者を発見しなかつたこと、惰行運転中は機関士と機関助士とがそれぞれ機械の操作をなし共同の動作となるため、継続的に前方を注視することができない(断続的にはできる)こと、被告人は右惰行運転開始後十二、三秒を経過した頃前方を注視したが、そのときも歩行者を発見することができなかつたこと、その際は風雨は最も強く前方の見透しは約五・六十米に過ぎなかつたこと及びC五一型機関車は機関士席(左側)からは右側前方は機関車の車体の前方が見透しを遮り約百五十米乃至二百米以内はいわゆる死角に入り望見し得ないことを認めることができる。
以上の事実関係から判断すると被告人の運転していた列車は時速五十粁であるから一秒間に十四米進行していたこととなり、佐藤計以外二名の歩行速度は通常人の速度一時間四粁と大差ないものと推定して一秒間に一、一米であるから、被告人が西方江の手前四米の地点で第二班作業員を発見したときは(同地点から堺川函渠の本件事故現場までは約七百七十七米で所要時間は五十五秒半である)佐藤計以等は堺川函渠の手前六十一米の地点を歩行していたと思料せられ、従つて被告人が惰行運転を開始した地点に達したとき(被告人が第二班作業員を発見した地点から約四百八十六米で所要時間三十四秒七である)は右佐藤等は前記地点より約三十八米進行し、本件列車と佐藤計以等との距離は約二百六十八米位となる。然るに被告人が右惰行運転開始直前に前方を注視した際は前記の如く猛烈な風雨のため前方の見透しは約二百乃至二百四五十米であつたというのであるからその際被告人が佐藤計以等を発見しなかつたことは真に已むを得なかつたものと認むる外なく、惰行運転開始後は機関士及び機関助士は共同動作によつて機械を操作し継続して前方を注視することができないものであることは前段で認定した通りである。而して被告人が惰行運転を開始して約十二、三秒経過した後前方を注視した際にも歩行者を発見しなかつたというのであるがそのとき列車は百六十八米乃至百八十二米進行しているのであるから佐藤計以等は列車から約百十三米乃至百米離れた地点を歩行していたものと思料せられ、惰行運転が終了したときは更にその距離が短縮され、いずれも機関士席から望見することのできない死角の内に入つたものと認めるべきである。故に被告人が本件列車運転中第二班及び第一班の各作業員を発見し得たに拘らずその前方を歩行しつつあつた佐藤計以等三名の歩行者に対しては之を発見し得なかつたことを以て直ちに前掲注意義務の懈怠によるものとは認め難く、更に本件事故の現場たる右佐藤計以等が歩行していた堺川函渠附近は国鉄専用の軌道上にあり、踏切りその他人の平素横切り又は通行する場所でないことは検証の結果に徴し明らかであり、而も前記の如き事情で右函渠附近を歩行していた通行人が前記機関車の位置した地点からは発見可能の視界、もしくはその死角内にあつた為め之を発見しなかつたというのであるから、被告人としてはその際特に警笛を吹鳴し又は速度を低減し或は機関助士に命じて前方に通行人の有無を注視報告せしめる等の措置をとらなかつたとしてもこれまた直ちに被告人に業務上の注意義務懈怠があつたものと認めることもできない。要するに被告人に原判決認定の如き注意義務の懈怠があつたということはその証明が十分でないのにこれを証明十分なものとして有罪の言渡をした原判決は事実の認定を誤つたもので、その誤が判決に影響を及ぼすこと明かであるから論旨は理由があり、他の論旨について判断するまでもなく原判決は刑事訴訟法第三百九十七条第三百八十二条により破棄すべきである。