東京高等裁判所 昭和29年(う)1880号 判決
被告人 水越政次 外二名
〔抄 録〕
一、右弁護人甲(被告人水越、及び同安原関係)の控訴趣意各第一点について。
原判決が、その摘示の判示第一、二各事実につき、被告人安原は被告人水越と共謀の上、両名が丸の内電気通信管理所のため業務上保管中の現金のうち、擅に判示金員を判示の者らにそれぞれ貸付け横領したと判示していることは所論のとおりであるが、業務上横領罪における業務とは、人が社会生活上の地位において継続的に従事する事務であり、その事務が主要な事務であると附随的な事務であるとを問わないし、又自らの権限において独立に行う事務であると他人を補助して行う事務であるとを問わないものと解すべきところ、被告人安原が東京丸の内電気通信管理所会計課に勤務し、同課調定係長兼出納係長と同時に会計課長である被告人水越の代務分任繰替払等出納官吏を命ぜられ同被告人の指揮を受けこれを補佐して同管理所の現金預金等の出納保管の事務に事実上直接に従事していたことは、原判決挙示の関係証拠に当審における被告人水越の供述に徴し明らかであり、被告人安原の前記出納保管の事務は、業務上横領罪における業務と認めるのに何らの妨げとならない。所論引用の会計法令によるも被告人安原は右出納保管事務につきその分掌を命ぜられ、これを担当することができるのであつて、分任繰替払出納官吏である会計課長でなければ、又会計課長差支の場合代務分任繰替払等出納官吏としての被告人安原でなければ、現金預金等の出納保管の業務に従事するものといえないとの所論は、到底採用することができない。なお被告人らの判示横領行為成立の時期についての所論は後段に説示するとおりであるから被告人水越、同安原の業務上保管を論ずる上において何ら支障を生じない。
従つて、原判決が前記事実につき、被告人安原に対し被告人水越との業務上横領の共同正犯として刑法第二百五十三条を問擬して処断したのは正当であり、原判決には毫も事実誤認又は擬律錯誤の違法も存在しない。論旨は理由がない。
二、同弁護人(被告人水越関係)の控訴の趣意第二点について。
原判決が判示第二事実につき、被告人水越、同安原両名が前記管理所のため業務上保管にかかる現金のうちから擅に判示の者らにそれぞれ金員を貸付け横領したと判示したこと及び所論引用の証拠によればそのうち合計一千四百万円が右管理所の銀行預金から払戻されたものであることの明らかなことは所論のとおりである。論旨は、この場合被告人水越が右預金から払戻を受けた現金は既に他人に貸付ける意思をもつて占有しているものであつて、右管理所のため業務上占有しているものということはできないというのである。
しかし横領罪における不法領得とは、単にその意思があるのみでは足らず、自己の占有する他人の物につき不法領得の意思を表象する行為、すなわち不法領得の意思が外部から認識せられ得る状態において現われることを必要とするところ、被告人水越が前記預金から払戻を受けた現金も場合によつては適法な使途に充てることも考えられ、未だ不法領得の意思を表象するに足らないとも解し得られるので、前記判示事実は被告人水越がいずれも預金から払戻を受けた現金と右管理所備付の金庫に保管中の同管理所の現金とを併せて右管理所のため業務上保管にかかるとなし、これを他に擅に貸付けたのを目して、明確な不法領得の意思の表象があるものとして貸付け横領の成立を認定したものと解するのが相当である。
よつて、原判決には所論のような理由不備又は理由そごの違法もないのはもとより、いささかも事実誤認の疑も存しかないら、論旨は理由がない。
三、論旨は次に判示第一、二各事実につき、被告人水越同安原両名が
前記管理所のため業務上保管にかかる現金のうちから、第三者に貸付ける意思をもつて同管理所備付の金庫中から現金を取出し、或は同管理所の預金を払戻したときは、業務上保管意思は消滅し自己の領得意思に改変したのであるから、その第三者の金借するという意思表示を俟たず、またその第三者に現実にその占有を移さなくても、既に業務上横領罪が成立し、その領得物は賍物となり、その情を知つてこれを受取つたものは賍物収受罪に問擬せらるべきであるというのである。
しかし、右各事実について、業務上横領罪の成立時期は前段説示のとおりであり、なお判示第二事実については原判決挙示の関係証拠を綜合すれば、被告人中西及び原審相被告人石原が、被告人水越に対し判示義務上保管にかかる公金の融資方を懇請した結果、被告人水越は被告人安原に対し事情を打明けて図り、同被告人両名は右懇請に応じてその都度擅にその公金を他に貸付け横領したことを認めることができる。すなわち、金員の貸与方を懇請しこれに応じたのは、被告人中西及び原審相被告人石原が共同加功の意思をもつて被告人水越同安原と意思相通じてなした共謀の具体的行為を示すものであり、このように第三者が他人の物の占有者と共謀し、その占有者から自己に占有を移す行為は横領意思の実現にして、その金員授受はすなわち横領の実行行為であるから解釈上以上被告人らの共謀による業務上横領の共同正犯をもつて問擬すべきであり、所論のようにその間賍物罪の成立する余地はないものというべきである。(所論引用の大審院昭和八年(れ)第三〇八号同年五月二日判決参照)、所論引用の大正二年六月十二日大審院判決は右の場合と異なり横領罪における他人の物を占有する者が自己単独の発意に基き擅に第三者に売却し、その第三者がその情を知つてこれを買受けた場合で、第三者からその占有者に対し売却方を懇請した事情のない場合であるから、本件に適切でない。
さらに判示第二の事実について被告人中西は業務上横領の共犯としても、従犯であるとの所論は、前記説示するところにより到底採用することができないことは明らかである。
畢竟以上の判示各事実につき、原判決には事実誤認、審理不尽或は理由のくいちがい、その他法令の解釈を誤つた違法は存しないから、論旨はいずれも理由がない。
四、右弁護人(被告人水越関係)の控訴趣意第五点、被告人水越の控訴趣意第一点、右弁護人乙、同丙の控訴趣意第二点及び右弁護人丁の控訴趣意第四、五点について。
論旨は、判示第三事実につき、判示支払証明書の作成は試案又は案文であつて行使の目的がなく、且つ作成名義者たる公務員の職務執行の範囲内でないし、公文書としての形式外観を具有していたか疑があり、又原判決挙示の証拠中支払証明書写は原本でないから証拠物として証拠能力がないと主張するものである。
按ずるに偽造文書が一般人をして公務員の職務権限内において作成せられたものと信ぜしめるに足る形式外観を具えている以上は、その作成名義者たる公務員にその権限がない場合においても刑法第百五十五条の偽造公文書というを妨げないことは最高裁判所昭和二十八年二月二十日判決(昭和二六年(れ)第二四三九号)の示すところであり、甲弁護人引用の大審院昭和十二年七月五日判決はこれと異なる他の大審院判例や右最高裁判所判例により、見解が自ら変更されたものというべきである。而して判示支払証明書は、原判決挙示の関係証拠及び当審における証拠調の結果に徴すれば、その原本が存在しないので、宮崎忠輝が原本を写したという、支払証明書写により証拠調がなされているが、その正確性を保障し難い状況にあり、又その用紙形式、書体、署名、押印等が明瞭でなく、ことに押印はどんな印章を押捺したものであるか、判然としないし且つ官庁一般の証明書のように発行番号、契印等も恐らく無かつたのであり、前記証明書は、前段説示の一般人をして公務員の職務権限内において作成せられたものと信ぜしめるに足る形式外観を具えたか否かその証明が十分でないものといわなければならない。右は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、その他の論旨につき判断をなすまでもなく、この点において論旨は理由があり、原判決中判示第三事実については、破棄を免れない。