東京高等裁判所 昭和29年(う)2011号 判決
被告人 宮崎和男
〔抄 録〕
ところで、本件起訴状に記載する公訴事実の摘示は、論旨第一点において指摘するとおりであるが、その趣旨たるや、被告人は永田商会に雇われ、その集金等の業務に従事中、得意先たる三菱海運株式会社から売掛代金二一四、二五一円を小切手で受取り、これを保管中勝手に自己の遊興費に充てるために、該小切手記載の金額を現金に換えて横領したというのである。すなわち、この指摘によれば、右小切手の所有者が被告人の雇主永田商会であることが明白であるし、被告人が勝手に自己の遊興費に充てるため(これ、すなわち、不法領得の意思)右小切手を現金化した、(これ、すなわち、不法領得意思の実現であつて、それ自体、横領行為ということができる)というのであるから、横領罪となるべき事実の明示として、いささかも、欠くる所はない。小切手を他人のために保管する者が、小切手をそのまま保管しようと、これを現金に換えて保管しようと、小切手の所有者たる本人に対しては何等利害得失につき差異を生ぜしめないと論断し、従つて、それ故に、小切手額面の現金化は横領行為とはいえないと云い放つがごときは、まつたく、独自の見解たるに過ぎない。所有者たる本人が券面額の現金化を禁じていると否とにかかわらず、保管者において、すでに、不法領得の意思あり、そうして、その意思の実現手段としての換金行為をした以上、その換金行為を目して刑法上横領行為を構成するというべきは、理の当然とする所である。してみれば、本件起訴状に記載された事実を捉えて、何らの罪となるべき事実を包含していないと見るべき筋合ではない。それで、原審が、本件起訴につき、刑訴法第三三九条第一項第二号の規定に従つて処理するの挙に出でなかつたとしても、何等非議さるべき謂われはない。従つて、論旨第一点の所論は、すべて採用するに由なく、該論旨は理由がない。
次に、本件起訴状の公訴事実の記載は、被告人は雇主たる永田商会のために保管する小切手を横領したというにあることは、前敍のとおりである。従つて、被告人の横領行為による被害者は、おのずから、右永田商会となるべき筋合である。原判決は、この点につき起訴状記載のとおりの認定をしたわけであつて、決して起訴状の記載を変更したわけではない。しかし、かりに、本件起訴状において、被害者を三菱海運株式会社としていたのを、判決において、これを永田商会と変更したとしても、それだけで、原判決は審判の請求を受けた事件について判決をせず又は審判の請求を受けない事件について判決をした違法あるものということはできない。それで、論旨第二点の所論は、すべて採用するに由なく、該論旨は理由がない。
次に、原判決は起訴状記載どおりの事実を認定し、被告人は永田商会に雇われ商品の販売及び集金等の業務に従事していたものであるが、三菱海運株式会社神戸支店から売掛代金を小切手一通で受取り、前記商会のため業務上保管中、神戸市内において、勝手に自己の遊興費等に費消するため、該小切手を現金に換え、以て、之を着服して横領したとして、この事実を刑法第二三五条に該当する業務上横領罪を以て被告人を処断したのである。しかし、業務上横領罪の構成要素たる業務上の占有とは、占有が業務行為の観念中に包含されるものでなければならないのであるから占有が業務の遂行々為そのものであるか、乃至は、少くとも、業務の遂行々為と相関渉する範囲内において為されるものに限らるべきである。しかるに、原判決の挙示する証拠のどれを以てしても、また、記録にあらわれた如何なる証拠を以てしても、被告人は永田商会の社員として契約係、すなわち、商品の販売事務担当者たる業務に従事していた事実を認めることができるだけであつて、販売代金の集金の業務に従事していた事実を認めることができないのである。してみれば、原判決は挙示証拠に対する価値判断を誤つた結果として事実を誤認したか、或は、事実上の理由と証拠上の理由との間にくいちがいを敢てしたか、のいずれかであつて、原判決は当然破棄さるべき違法を犯しているといわなくてはならない。