東京高等裁判所 昭和29年(う)2147号 判決
被告人 緒方栄
〔抄 録〕
一、論旨第一点について。
所論にかんがみ記録を調査するに、なる程原判示第一の猥褻誘拐罪の被害者及びその親権者から告訴状が提出されていないこと並びにいわゆる告訴調書の存在しないことは論旨指摘の通りである。然し親告罪の告訴は告訴権者から捜査機関に対し犯罪事実を申告し、犯人の処罰を求める意思を表示すれば足りると解すべきところ、所論の森田秀雄の検察官に対する昭和二十九年五月九日附供述書によれば、右被害者の親権者としての秀雄の供述として「私は親権者の承諾なくして連れ去つた行為に対し誘拐罪として告訴致します、然るべく御処置願います」と記載され、又同被害者の親権者森田みねの検察官に対する同日附供述調書よれば、みねの供述として、「この事件につき主人に告訴の件を一任致しました、」と記載されているのみならず記録によれば同人名義の告訴取下書が被告人と被害者間の示談書と共に昭和二十九年六月十五日の原審第三回公判期日に於て原審弁護人より原審裁判所に提出されていることが認められるから、右秀雄より捜査機関に対し告訴の意思表示があつたことは十分窺われるのであり、且又所論の告訴調書の形式は告訴の意思表示ありたることを明確にするための保障であつて、本件の如く既に告訴の意思表示が十分に窺われる検察官の供述調書が存する以上は、告訴調書の形式を備えた調書がないからと云つて、これがため告訴の効力なきものと為すを得ない、従つて本件公訴は結局適法であつて、これに基き原審が有罪の言渡をしたのはまことに相当であり、原判決には所論のように親告罪の告訴がないのに不法に公訴を受理し、有罪の認定をした違法はなく、論旨は理由がない。
二、論旨第三点について。
なる程原判決は罪となるべき事実第二に於て所論の如く強姦致傷の事実を認定しながら、法律の適用に於て刑法第百八十一条第百七十六条前段を掲げてその適用法条を誤つていることはその主張の通りである。然しながら、右は判文自体に徴し明かに誤記と認められるのみならず然らずとするも同法第百七十七条前段を掲げて同法第百八十一条を適用すべき場合に、同法第百七十六条前段を掲げて同法第百八十一条を適用するも、結局に於て適用すべき前条には変りがないのであるから、右の過誤は判決に影響を及ぼすことなきものと云うべく、論旨は理由がない。
三、論旨第五点中(一)の(イ)について。
然しながら、原判示第一の猥褻誘拐の事実は原判決が挙示する関係証拠を綜合すれば、優にこれを認むることができるのである。所論は原判決が原判示第一の罪の証拠として引用するものの中、被告人の検察官に対する供述調書を除いては、被告人に猥褻の目的があつたことを認むるに足る証拠が存在しないから被告人の所為を未成年者誘拐罪と認定するは格別、猥褻誘拐罪と認定した原判決には重大なる事実の誤認がある旨主張するが凡そ有罪の言渡を為すに必要とされる補強証拠は、いわゆる罪体の重要部分についてであつて、犯罪の主観的要件に該当する事実についてはその必要がないのであるから、論旨は理由がない。
註 本件破棄は量刑不当。