東京高等裁判所 昭和29年(う)2603号 判決
被告人 織田辛一
〔抄 録〕
検察官の控訴趣意について。
原審第二回公判調書中証人町山良雄、同角谷直一の供述記載、原審第三回公判調書中証人町山万佐夫の供述記載、被告人の供述記載、原審検証調書によると、被告人は昭和二九年五月二三日午後十時三〇分頃窃盗の目的でパール、鍵等を所持し、松戸市中矢切五八九番地雑貨商角谷直一方店舗前道路から店舗北側勝手場の東にある空地に入り、その空地南側に東西に積並べてあつた空箱のうち、二つ空箱を勝手場窓下に並べその窓下に蹲つていたことを認めることができる。そこで被告人の入つた右の場所が角谷直一方の住居にあたるかどうかを考えるに、前記証拠によると、角谷直一方は、国電松戸駅前から松戸、市川両市間を結ぶ県道を市川市に向け約一・八粁進んだ地点の県道西側に、県道に面して建てられた間口約四間、奥行約六間のルーフイング葦木造二階建の住宅兼店舗で、その敷地は南北及び西側はいづれも生垣で隣地と境し、東側は店舗及びその北側の通用門で、その通用門から同家勝手場及び店舗の奥の居間に通じているものであるが、被告人が右のような日時に入つた場所とは県道に面している店舗東北側に凸出している商品飾窓の北側と、右通用門の南側の門柱との間の巾約一・一米の入口から、奥の方すなわち西方に二・九米進んだ突当り勝手場外側すなわち東側に至る個所でその南側は店舗外側すなわち北側の板壁があり、その反対側には被告人の入つた当時は通用門南側の門柱と勝手場東北端をつなぐ高さ約一・七米の板塀があり、勝手場外側には地上約一・二米の辺に硝子窓がありその下部は板壁となつていて、これら板塀、板壁によつて囲繞され、その入口から奥約一米の地点から勝手場窓下までは前記商品飾窓が凸出しているために南北の巾は入口よりも約〇・六米広くなつていて、勝手場窓下から表すなわち東側〇・三米までは屋根があり、又その入口には店舗東北隅と通用門をつなぐ竹垣があつて人の出入はできなかつたが、竹垣が朽廃したので角谷直一はこれを取り払い、新たに板塀を設置するつもりでそれが設置されるまでの間、夜は空箱等を入口に積み重ね、入口から奥に入れないようにしていたのであつたが被告人がこの空地に入つたときはその直前偶々空箱を他に売却処分したため、その空地南側に東西に空箱を積み重ねていただけで、いつものように入口に空箱等を積み重ねて置かなかつたものであり、被告人が入つた後に入口には板塀が設置され、現在高さ約一・七米の板塀が存在し、それと共に現在は門柱と勝手場東北端との間の板塀は取り払らわれているもので、被告人の入つた場所は、道路から入り込んだ袋状になつている場所であつてその全部に亘る屋根はなかつたが、角谷直一が空箱、空瓶等の置場として専用し勝手場窓下に水道の水量計があつたので検針人の入ることを許されている以外は、外来者が濫りに入ることを禁じていた場所であり一見して人の自由に出入することのできない場所であることの知られる角谷直一方附属の土間と認めることができるのである。しこうして刑法第一三〇条にいわゆる住居とは、人の起臥寢食に用いる場所をいうものであるが、家屋が住居に使用されている場合には、その家屋の附属地として専ら住居者が使用し、外来者が濫りに出入することを禁じているものと一見して認識され、又は設備によつて区劃された場所はこれを住居の一部とみるべきものと解すべきであるから、被告人の入つた前記の場所はその上の全部に屋根がなく、入口に偶々被告人侵入の当夜だけは空箱等の障害物が存在しなかつたとしても、前記のように住居を構成する建造物の間に存する空地で、専ら居住者の利用に供せられ、袋状の形状をしていて、平常はその入口に空箱等を置いて竹垣の代用としていたような状況で一見して居住者が看守しているものと認識される場所であつたのであるから、これを角谷直一方住居の一部であると認めるのを相当とするのである。しからば被告人の入つた場所を住居でないと認め被告人の所為を住居侵入罪に問擬することのできないものとして無罪の言渡をしている原判決は、既にこの点において所論のように法令の適用を誤つたものであり、この法令適用の誤りは判決に影響を及ぼすことはもちろんであるから、論旨は理由がある。