東京高等裁判所 昭和29年(う)2899号 判決
被告人 島本博 外一名
〔抄 録〕
一、A弁護人の論旨第二点及びB弁護人の論旨第一について。
原判決挙示の証拠ならびに当裁判所で行つた証拠調の結果によれば、原判示青砥金属工業有限会社は地方税を滞納したため、昭和二六年一二月、同会社工場内の機械類を競売に付せられ、西野喜雄がこれを金二十五万円で競落したが、被告人島本博は同会社代表者福島秀雄の懇請により、金三十三万五千円でこれを買戻し、爾後引続き右会社にその機械を使用させていたものであるところ、契約面ではその機械の所有権は被告人島本博に属し、同会社は同被告人から賃借していることになつていたにかかわらず、前記福島秀雄は、被告人島本博には機械買戻しの資金を出してもらつただけで、右機械の所有権は同被告人にはないと争つているばかりでなく、その借受金の元金は勿論、契約上では賃借料名義で支払う約束であつた利息の支払さえ延滞したため、再三折衝の末、昭和二八年五月三〇日には、右福島秀雄に、同年六月一五日までに金四万円を支払わぬ場合には本件係争の機械類を収去されても異議がない旨の誓約書まで差入れさせたが、これも履行しなかつたので、同被告人は同年六月二〇日頃、機械の買受人と運送業者たち二、三人を連れて原判示工場に赴き、同工場内の機械類を収去しようとしたが、前記福島秀雄及び同人の義父桜本竹雄の両名から、その機械は同被告人の所有ではなく、福島の叔母則武竹子の所有であるとして引渡を拒まれ、空しく立皈つたこと、ここにおいて、同被告人は福島秀雄の従来からの不誠意、不徳義の態度から推して、平穏な交渉では到底解決の見込がないと考え、強行手段によつて同工場から機械類を搬出するのほかはないと決意し、実兄である被告人島本修とも協議の上、その頃右のような事情を秘し、前記機械類を自己の所有物として、機械類売買業者である原判示池田政勝に売却する約束をし、情を知らない同人及びその依頼を受けた貨物自動車運転手志賀福夫他氏名不詳の人夫十数名を同工場に赴かせ、擅に同工場正門の門扉を開いてその敷地内に侵入させ、さらに被告人両名は同工場を看守する前記福島秀雄や桜本竹雄等の制止するのもきかず、人夫等を指揮督励して工場建物内に立ち入らせて前記機械を収去、搬出させ、急を聞いて馳せつけた警察官の制止もきかず、なおも搬出を強行したが、その全部を運び終らないうちに検挙されるに至つたものであることが認められる。
A、B両弁護人ともに「原判示機械類は被告人島本博の所有に属し、しかも原判示昭和二八年六月二三日当時は同被告人が当該機械を収去する権利を有していたものであるから、これを収去するために同工場に立入ることは正当な理由があり、刑法第一三〇条所定の「故ナク」侵入したことにはならないし、またそこへ入つてから同工場の看守者から退去を求められたこともないから不法に侵入したものではない。」旨を主張しているが、仮に本件係争の機械類が、所論のように被告人島本博の所有に属し、かつ当時者間に期限経過後には異議なく機械を引渡す旨の合意が成立していたとしても、それは債務を負担したに過ぎないから占有者たる同会社代表者の任意の履行がない以上、その強制履行を求めるには民事訴訟法上適式な債務名義に基ずき、正当な執行機関によつてなされなければならないことは言をまたないところである。然るところ、被告人等は前認定のように、本件犯行の二、三日前に前記工場において、同会社代表者福島秀雄に対し、約旨に基ずき機械の引渡を求めたが、同人から、右機械の所有権は被告人等に属さない旨を告げられ、かつその引渡を拒まれた事実が存することが認められるから、その二、三日後に機械を収去に行つても同人が到底これに応ぜずそのために工場に立ち入ることは当然拒絶されるということが明らかに予想されていたにかかわらず、被告人等は当該機械を収去しうべきなんらの債務名義を有せず、従つてまた正当な執行機関に委任することもなく、実力を以て機械を収去する目的で、情を知らない原判示十数名の者を使つて同工場内に立ち入らせたものであるから、その行為は当切から不法性を有するものというべく、右人夫達が同工場の門扉を排して門内に入つた時において既に刑法第一三〇条所定の「故ナク」侵入したものに該当するといわねばならない。しかも被告人等は前認定のように同工場看守者から制止され、退去を求められたにもかかわらず、なおもそれを排して人夫達を工場建物内に侵入させているのであるから、被告人等の所為が建造物侵入罪を構成することは論をまたないところである。
次にB弁護人は、被告人両名が本件犯行を共謀した事実はなく、また被告人等が原判示工場の門扉を開け不法に侵入した事実はないと争つているが、原判決挙示の証拠によれば、前認定のように、本件犯行の一両日前、被告人両名の間に本件犯行について共謀の行われた事実の存することが認められるばかりでなく、被告人等が情を知らない原判示人夫等をして同工場の門扉を擅に開かせた事実を認めるに十分であるから、被告人等自身が直接手を下して右門扉を開いた事実がないとしても、被告人等にその責任がないということはできない。もつとも当審証人池田政勝は、同人等が、原判示工場に到着した際には、同工場の正門の門扉は開かれていた旨を証言しているが、記録を精査すると、右工場の門扉は、特に用事のある場合の他は閉鎖してあり、当時同工場では殆んど作業をしていなかつたので、当日も閉鎖してあつたことが明認できるからこれに反する前記池田証人の証言は信用できない。その他記録を精査しても被告人等が同工場敷地及び建物に立ち入るについて正当な理由があつたと認められる証拠は一も存在しないから、所論はいずれも採用できない。要するに原判決には所論のような事実誤認も法令適用の誤りも存しない。論旨はいずれも理由がない。
註 本件破棄は量刑不当