大判例

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東京高等裁判所 昭和29年(う)2987号 判決

被告人 黄甲性

〔抄 録〕

論旨第一点。

(一)について。

論旨は刑法第一四九条第一項に規定する外国の紙幣とは外国政府がその自国の通貨として認めた紙幣を指すものであり、従つてその外国において法定の強制通用力を有するものでなければならないことは自明の理である。然るに本件一〇ドル表示の軍票の表面には「法規の定めるところにより米国の軍事施設内において権限を有する者だけが使用できる」旨の制限文書が明示されてあり、文字通り軍票であつて合衆国内において強制通用力を有しないことは間違いないのであるから、被告人が偽造した一〇ドル表示の合衆国軍票の真券はわが内国に流通する合衆国の紙幣ではないと主張する。しかし刑法第一四九条第一項にいう外国の紙幣とは、外国の通貨発行権を有する者の発行する紙幣という意味に解すべきで、必ずしも当該外国の本国において強制通用力を有していることを必要とするものではないと解すべきである。一〇ドル表示の合衆国軍票は支払の具としてアメリカ合衆国政府にその発行の権限があることは、いわゆる行政協定(第二〇条第一項)により明らかであるから、これを外国の紙幣と認めるに妨げないのである。更に論旨は一国の通貨がその本国において強制通用力を有することを必要としないならば、その国の経済機構、財政運営は何によつて維持されるであろうかと主張する。しかし一国が他の国との条約又は協定により自国の軍隊を他の国に駐留せしめている場合に、その軍事施設内でその軍隊その他所定の者の間においてのみ強制通用力を認め、本国においてその強制通用力を有しない通貨を発行したからといつて、これがため本国の経済機構乃至財政運営に支障を来すものとは認められない。

(二)について。

論旨は刑法第一四九条第一項の罪として処断するには、その偽造された真券は内国即ち日本国の経済生活圏内に流通するものでなければならない。然るに本件一〇ドル表示の軍票の真券は地域的には米軍の軍事施設内において、人的には合衆国の法規によつて使用の権限を有すると認められた者だけが使用できるのであつて、わが日本国の経済生活圏内に流通しているものではないと主張する。しかし刑法第一四九条第一項にいう内国とは日本国内と解すべきで、日本国の領土を指す以外の意義を持つものとは解せられない。そしてドル表示の軍票は日本人間においては流通を禁止されているけれども、日本国にある合衆国の軍事施設内において合衆国軍隊その他所定の者の間においては、紙幣としての強制通用力を有し、また現に流通しているのであるから、これを内国において流通していると認めるに妨げない。更に所論は行政協定は日米両国政府の特定行政についての文書による合意たるに止り、ドル表示の軍票を合衆国通貨と定めたものでもなく、刑法第一四九条第一項の解釈を合意したものでもない。行政協定第二〇条第一項末段には日本国政府は、偽造軍票の製造又は行使に関与する者で日本国の裁判権の下にあるものを逮捕し及び処罰するものとすと規定されているが、軍票偽造者を刑法第一四九条第一項の外国通貨偽造罪によつて処罰せねばならぬとはなつていないし行政協定は刑法を変更するものではなく、憲法第三一条の内包する罪刑法定主義を変更するものではないと主張する。しかし右行政協定がわが刑法第一四九条第一項の解釈を合意したものではなく、罪刑法定主義を変更するものでもないことは所論の通りであるが、アメリカ合衆国政府にドル表示の軍票を発行する権限があることは(一)の論旨に対する判断として説示した通りであつて、その結果わが刑法の解釈として右発行権限のあるアメリカ合衆国政府の発行したドル表示の軍票は刑法第一四九条第一項にいわゆる外国の紙幣に該るという解釈がでてくるのであつて、行政協定において軍票偽造者を刑法第一四九条第一項の外国通貨偽造罪として処罰すべきことを合意しなくても差支えないのである。

(三)について。

所論は刑法第一四九条第一項の法益は、日本の法律によつて保護を受くべき日本人全体の通貨の真正に対する信用を保護し、日本国内における経済生活の安全確実を保障するにある。然るに本件軍票は前述の如く米軍の軍事施設内において法規によつて、使用の権限を有すると認められた者だけが使用できるのであつて、一般日本人間の使用は禁止されているのであるから、右軍票の偽造を取締るについては特別の刑罰法規を制定するか、刑法を改正する等の特別措置を講ずべきで、これを刑法第一四九条第一項で処罰するのは不当である。このことは刑法制定当時本件のような軍票問題が生じようとは夢想だにしなかつたことに徴しても明らかであると主張する。しかし刑法第一四九条第一項によつて保護する法益は、日本国内に流通する通貨の真正に対する信用の保護にあるのであつて、その流通の範囲が人的及び地域的に制限されているとしても、いやしくも日本国の領土内において合法的に流通している以上、その範囲内において通貨の真正に対する信用は保護さるべきである。従つて刑法制定当時においては日本国内に外国の軍隊が駐留し、日本国の領土内において、たとえその一部であるとはいえ外国の軍票が流通するような事態が発生することは予想しなかつたことであるとしても、現実にその事態が発生し、所論軍票の真正に対する信用保護の必要性が法の予め規定するところに合致することとなつた以上は、やはりその法律の適用乃至保護を受けることは当然というべきである。

これを要するに日本国内に駐留する米軍施設内における交換の具として発行されている一〇ドル表示の合衆国軍票は刑法第一四九条第一項の「内国ニ流通スル外国ノ紙幣」に該当するものと解すべきであつて、原判決の事実認定及び法令の適用には所論のような誤はないから論旨は理由がない。

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