東京高等裁判所 昭和29年(う)3041号 判決
被告人 金玉千
〔抄 録〕
一、論旨第一点。
原審第一回公判調書によれば、「検察官の冒頭陳述別紙冒頭陳述書記載のとおり」と記載しあり、右調書末尾に添付されている冒頭陳述要旨と題する書面(右公判調書の記載する別紙冒頭陳述書なる書面に該当するものであることは記録上明瞭である。)によれば、所論の指摘するとおり「西新井警察署では、昭和二十九年二月二十六日頃、覚せい剤取締法違反被疑者として足立区本木町二丁目二千四十番地樫本繁造を取調中のところ、被告人方でヒロポンの大口販売をしている事実が判明し、このことから本件犯行が発覚されるに至つたこと」なる記載の存することが明らかである。ところで更に記録によれば、右公判廷において検察官は、相上司外四名作成の捜査報告書、相上司の供述調書を証拠として提出しようとしたところ、被告人及び弁護人の同意を得られなかつたため、原審は、これを採用せず却下する旨の決定をなし、そこで検察官は改めて証人相上司の尋問を請求し、原審は、これを採用し第二回公判期日においてその証人尋問を施行していることを知ることができる。すなわちこの経緯によれば、検察官の右冒頭陳述は本件犯罪に関連する捜査の経過を相手方が同意すれば前掲書証により立証し、若しこれが同意を得られないときはその書面の作成者又は供述者を証人として尋問を求め立証しようとする意図の下になされたものであることが推察できるのである。而して、なるほど、右相上司の原審第二回公判廷における供述を記録につき検討してみれば所論の指摘するとおり樫本繁造なる者の氏名は明確になつて居らず、むしろ関係者の氏名を秘しているような供述になつているのであるが右冒頭陳述のその余の部分に関しては略これに相応ずるような供述の存することはこれを窺い知るに難くないところであり、更にこれを当審で証人として取り調べた相上司の供述によれば、明白に右冒頭陳述に添う趣旨の事実関係が窺われ、樫本繁造なる覚せい剤中毒者も明確に存在し、同人が特に被告人から買い受けたとは述べていないが捜査上現われたその他の情況から推察して同人も被告人から買い受けた者であり、被告人が覚せい剤を当時売つていた事実を捜査官憲においては大体これをつかんでいた関係にあることが明らかである。然らば、これらによつて検察官のした本件冒頭陳述も決して根拠不十分な基礎の上に立つて証拠とすることができないし、又証拠としてその取調を請求する意思のない資料に基いて裁判所に事件について偏見又は予断を生ぜしめる虞のある事項を述べたものであつて刑事訴訟法第二百九十六条但書に違背するとか、延いては憲法第三十七条にも違背するものともいうことはできない筋合である。従つて論旨は理由がない。
二、同第二点。
所論中原審が理由中において犯罪の証明なしとした部分と有罪を認定した部分は併合罪の関係に立つのに原審がこれを包括一罪と認めた点を攻撃する部分は、被告人に不利益な主張であつて適法な控訴理由とするに由のないものであるから、特にこれを逐一判断するまでもなく不適法でありこの部分の論旨は理由がない。又原審が被告人に対し訴訟費用の全部の負担を命じた点に関し刑事訴訟法第百八十一条第一項の適用に誤ありとする所論について按ずるに、包括して一罪を構成するものとして起訴された犯罪事実の一部につきその犯罪たるの証明なしとし、その余の部分について有罪として刑を言い渡した場合においてその犯罪たるの証明なしとした部分に関して要した訴訟費用については、これを被告人に負担させることが妥当であるかどうかの問題を生ずることはあり得るであろうけれども、これを負担させることが常に不適法なりと解すべきものではなく、専ら裁判所の裁量によりこれを定め得るものと解するのを相当とする。(昭和八年七月四日大審院第四刑事部同年(れ)第七二四号事件判決、大審院判例集第十二巻刑事一一七九頁参照)それ故、原審が被告人に対し全部の訴訟費用の負担を命じたからとて、これを捕えて直ちに違法なりと論ずるに由なく論旨は理由なきに帰する。
註 本件破棄は判示事実と証拠との間の理由のくいちがい。