東京高等裁判所 昭和29年(う)3059号 判決
被告人 高木高次
〔抄 録〕
論旨第一点について。
原判決挙示の証拠によれば、原判示各受供与又は供与の趣旨の点を含めて原判示各犯罪事実を肯認するに十分である。なるほど、所論の主張するとおり原判示第一の(二)の金員は、被告人が実兄早崎茂春から被告人らの経営する事業資金として贈与されたもの、原判示第二の(八)の金員は、被告人が渡辺一正から以前事業経営上の必要から借り受けた金員の返済として右渡辺に交付したもの、原判示第二の(九)の金員は、被告人が三村嘉長治の息子から買い受けた野菜代金の支払として交付したもの、その余の各事実の金員はいずれも判示選挙運動の費用の概算渡であるとの証拠が記録上存しないわけではないが、原審はこれらの証拠をいずれも原判決挙示の証拠に比照し措信し難いものとして採用しなかつたものと認められる。そして記録を精査し当審で事実の取調としてなした各書証の取調を参酌しても、右認定に過誤あることを発見することができないし又所論のような実験則に反する認定であるとか原審の審理に不尽の廉あるものと認むべき何ものも存しない。ところで所論は、原判決が本件犯罪事実認定の証拠に供した被告人並びに各証人の検察官に対する供述調書につき、原審において信用性の情況的保障の存在が確認されていないと非難しているのであるから、この点につき按ずるに、凡そ公判廷外における被告人並びに証人その他の供述を証拠とするに当つて刑事訴訟法第三百二十一条又は第三百二十二条に規定する各要件を具備するや否については、訴訟進行上のすべての状況を勘案して最も合理的に判断すべきであつて、その形式のみならず各供述者の供述当時における立場環境供述の場所等諸般の状況を慎重に検討しなければならないこと勿論であるが、その要件具備の有無の調査の時期並びに方法等については、特段の拘束を受ける何ものも存しないのであるから、裁判所が適当と信ずる時期方法によつて適宜合理的に判断すべきものであり、又所論の信用性は常に必ずしも外部的な特別の事情によらなくとも、その供述自体によつてその存在を推知することも決して不当でないと解すべきものであつて単にこれらの供述について弁護人が法廷において異見を述べたからといつて、即日これらの点を調査し証拠に供することが不当であるということはできない。本件記録に徴せば、所論各供述調書について原審は、特に右供述調書の信用性の情況的保障の存否を調査するために特別の証拠調をした事跡の存しないこと所論のとおりであるけれども、原審においては、数回の公判廷において被告人の冒頭陳述並びに各証人の証言を聴きその際各証人が司法警察員並びに検察官の面前で供述をなしその供述調書が作成された模様について直接各供述者の供述を聴いた上、第七、八回公判期日において検察官から所論各供述調書につき証拠調の請求があり弁護人において信用性又は任意性を争う趣旨の意見あつたにかかわらずこれを採用し取調を了したものであつてその各供述調書の任意性乃至信用性につき十分な調査をなし、その結果前記各法条所定の要件を具備するものと認めてこれを証拠に供したものであることが認められるのみならず、右各供述調書はその形式においても成規の形式を具備し、かつ、その内容においても前後を通じて自然的に各自の行動を認めて間違のないところを記憶に従つて申し述べこれを録取したものであると認められ、又原審公判廷における供述よりも先の供述を信用すべき特別の情況が存在しなかつたと認めることもできない。従つてこれらの供述調書に証拠能力を認めて事実認定の証拠に採用した原判決には所論のような瑕疵は存在しない。次に供与者が当選を得せしめる目的で選挙運動報酬と投票取りまとめ等の費用を一括して、そのいずれの部分が報酬で、いずれの部分が費用であるか判別することのできない状態において金員を供与し、又はその供与の情を知りながら供与を受けた場合においては、その金員全部について不法の供与又は受供与たる性質を認め公職選挙法第二百二十一条第一項第一号又は同第四号の犯罪の成立を肯認すべきものであり、又このように授受した金員全額について不法性が肯認される以上、同法第二百二十四条による没収又は価額の追徴の関係においても、その全額につき収受し又は交付を受けた利益の存否を考察すべきものと解するのが相当であるから、原判決の事実認定にして間違ないこと前叙の如くなる以上、たとえ、その授受のあつた金員中に投票取りまとめのための費用が含まれていてもこの点に関し原判決には所論のような違法は毫も存しないものといわなければならない。以上要するに原判決には所論のような事実誤認は勿論理由のくいちがい、証拠の取捨判断の誤乃至審理不尽の違法は全く存しないから論旨は理由がない。