東京高等裁判所 昭和29年(う)3071号 判決
被告人 滝沢基臣
〔抄 録〕
控訴趣意一、について。
原判決は被告人の小倉二郎に対する本件加害行為を単純な傷害致死と認定しているものではなく、被告人の右行為は小倉二郎の急迫不正の侵害に対し自己の権利を防禦するためにしたものであるが、それは防禦に必要な程度を越えたいわゆる過剰防禦であると認定していることは判文上明らかである。論旨はこれに対し被告人の本件加害行為は正当防禦であると主張するのであるが、原判決引用の証拠によれば、被告人は昭和二九年八月二七日午後八時頃原判示経緯の下に小倉二郎から呼出を受けていた埼玉県北葛飾郡彦成村大字下川戸三五番地飲食店新宅こと堀切きく方前附近迄赴いたところ、右小倉はその時同店内で酔つた挙句乱暴を働いていたので、被告人は来合わせた細谷寿代、堀切政代と共に同店から約一八米北方の肥料溜附近でその様子を覗つているうち、午後九時頃小倉が肥料溜え近づいて来て「小作田の若衆(被告人を指す)を何処へかくした」と言いさま、細谷寿代の顔面を殴打するに至つたため、被告人はその行為を制止しようとしたが、却つて小倉は被告人の顔面を素手で二、三回殴りつけ、その勢に押されて肥料溜北側の道路を東へ後退する被告人の鼻部等をも強打するので、被告人は小倉のこの暴行から自己の身体を防禦するためには所携の刃渡約一二糎の短刀を以て反撃を加える外ないものと考え右短刀を振つて一気に小倉の左腹部、左胸部を突き刺し因て同人を死亡させたものであり、右小倉二郎の攻撃は素手であつて被告人の生命に危険を感じさせる程度のものではなく、これに対し被告人が自己の身体を防禦するために、所携の鋭利な短刀で小倉の胸部、腹部等の致命部に重傷を与える必要はなかつたものであることを認めることができるのである。又小倉二郎が右の攻撃当時所論のように刃物のようなものを所持していたことは記録上これを認めるべき証拠はないのであるから、このことと前示小倉二郎の攻撃の態様とを考え合わすと、被告人が右小倉から刃物による攻撃を受けるかもしれないものと信じ、ひいて殺害されるかもしれないと信じて本件加害行為にでたものと認めることはできない。原判決が以上の諸点から被告人の本件加害行為は自己の身体防禦上必要な程度を超えたいわゆる過剰防禦であり正当防禦でないと判定したものと認められ、原判決のこの判定は相当であるといわねばならない。しからば原判決には所論のような事実の誤認はなく、論旨は理由がない。
註 本件破棄は量刑不当。