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東京高等裁判所 昭和29年(う)3394号 判決 1955年3月28日

控訴人 原審検事 田中万一

被告人 木村貫一 外二名

検察官 鯉沼昌三

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役五月に処する。

理由

本件控訴の趣意は、末尾に添附した検察官提出の控訴趣意書に記載したとおりであり、答弁は弁護人小泉英一提出の答弁書のとおりである。

控訴趣意第一点について。

被告人が朴性伯名義の外国人登録証明書に自己の写真を貼付て偽造した登録証明書を所持していたこと及び昭和二十七年十月二十八日同居先の申龍達に依頼して東京都大田区役所に対し外国人登録法附則第八項に基き新たな登録証明書の交付申請をするに際し起訴状記載の如く虚偽の申請をしたことは原判決の認めるところであつてこの事実は本件記録に徴し明らかである。よつて右事実が外国人登録法第十八条第一項第二号に該当するかどうかについて考えて見ると、同号は同法第三条第一項その他同号掲記の条項に違反して登録証明書の交付等の申請に関し虚偽の申請をした者を処罰する旨規定し、一見その申請義務を前提とするものの如く見えるのであるけれども、申請義務に違反して虚偽の申請をするというのは意味をなさないのみならず右申請義務の違反については別に同法第十八条第一項第一号に規定するところであるから、右第二号は申請義務の有無に拘らず前記各条項に該当するものとして登録証明書の交付等の申請をするにあたり、虚偽の申請をした者を処罰する趣旨であると解するのが相当である。然るに厚審が右と見解を異にし、被告人が前記の如く虚偽の申請をした事実を認めながら、同法附則第八項及び第十一条第二項の適用がないとの理由の下に被告人に対し無罪の言渡をしたのは法令の適用を誤つたものであつて右違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから論旨は理由があり原判決は破棄を免れない。

右の理由により原判決を破棄すべきものである以上、控訴趣意第二点につき判断を加えるまでもないからこれを省略し、刑事訴訟法第三百九十七条、第三百八十条、第四百条但書に従い原判決を破棄し、被告事件につき更に判決する。

被告人は韓国人であつて、昭和二十五年八月頃本邦に密行し来たり、朴性伯名義の登録証明書を不正に入手しこれに自己の写真を貼替えて所持していた者であるが、右登録証明書に記載された有効期間の満了前である昭和二十七年十月二十八日同居先の世帯主である申龍達に依頼して外国人登録法附則第八項に該当するものとして東京都大田区役所に新たな登録証明書の交付申請をするに際し、同区役所において被告人の氏名を朴性伯生年月日を西暦千九百年五月十五日国籍を有する国における住所又は居所を韓国慶尚南道咸安郡伽[イ耶]面春谷里と虚偽の申告をし以て登録証明書の交付に関し虚偽の申請をしたものである。

右の事実は

一、原審における日高守衛の尋問調書

一、申龍達の検察官の面前における供述調書

一、被告人の検察官の面前における供述調書

一、本件記録中の登録証明書交付申請書(記録第一八丁)を綜合してこれを認める。

法律に照らすと被告人の右所為は外国人登録法第十八条第一項第二号に該当するから所定刑中懲役刑を選択し所定刑期範囲内において被告人を懲役五月に処することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長判事 中村光三 判事 脇田忠 判事 鈴木重光)

検事田中万一の控訴趣意

第一点被告人の本件所為は「外国人登録法第十八条第一項第二号に所謂同法第十一条第二項の規定に違反して登録証明書の交付の申請に関し虚偽の申請をしたもの」として、同号の所謂虚偽申請の罪に該当するものと信ずる。即ち証人日高守衛の証言、被告人の原審公判廷における供述及び申龍達の検事に対する供述調書、被告人の司法警察員に対する第三回供述調書、被告人の検事に対する供述調書、佐久間正夫の捜査報告書添附の申龍達名義の登録証明書、交付引替交付再交付申請書並びに証第三二一号の被告人の外国人登録証明書の各記載を綜合すれば、被告人は韓国人で、昭和二十五年八月頃韓国から正規の手続を経ず我が国に密入国し入国後間もなく、安快三その他の手を経て外国人である朴性伯の外国人登録証明書に被告人の写真を擅に貼り変えて偽造した右朴性伯名義の登録証明書を入手し(なお、日高守衛によつて、所謂登録原簿中の右朴性伯の写真も被告人の写真に貼り変えられた)以後これを所持し朴性伯その者になりすましていたが、昭和二十七年に至り、外国人登録法の施行に伴い、旧外国人登録令の規定による登録証明書を有する外国人は同法附則第八項によつて右旧登録証明書の有効期間(同法施行後六ケ月)満了前三十日以内に同法第十一条第二項に基いて新たに登録証明書の交付の申請をしなければならなくなつたところ、被告人は密入国者で前記偽造の登録証明書のみしか有しないのに拘らず、従前から正当に旧外国人登録令の規定による登録証明書を有する者であるかの如く装い所定の期間内である同年十月二十八日東京都大田区役所に於て、申龍達を介し、自己の外国人登録証明書の交付申請手続をとるため(このことは、被告人が同区役所当該係員に提出した写真が朴性伯の写真ではなく被告人自身のものであるという事実から明らかである)、同区役所当該係員に対し、前記偽造の登録証明書を返納すると共に、外国人登録法第十一条第二項所定の書類及び写真を提出して自己の氏名、本籍、生年月日等と異る公訴事実記載の如き氏名等を以て新たな登録証明書の交付を申請したこと、並びに、右の申請が受理せられ、被告人は同年十一月八日に大田区長より同区長発行の正規の朴性伯名義の外国人登録証明書を交付せられ、以後、本件に於て被告人が検挙せられるに至る迄約一ケ年間に亘りこの登録証明書を所持していたことを認めることが出来る。

原判決は、本件無罪の理由として、「被告人のように偽造に係る外国人登録証明書を所持している外国人に対しては外国人登録法附則第八項及び第十一条第二項は適用ないものと認められる」旨判示しているが、この判示によれば、原判決は、旧外国人登録令の規定による有効な外国人登録証明書を有する外国人が、外国人登録法附則第八項及び第十一条第二項の規定に基いて新たな登録証明書の交付を申請するに当つて、その申請に関し虚偽の申請をした場合のみ、同法第十八条第一項第二号に所謂「同法第十一条第二項の規定に違反して登録証明書の交付の申請に関し虚偽の申請をした者」として、同号に該当するとなすものの如くである。併し、以下に述べるところから明らかな如く、同法第十八条第一項第二号の規定を右の如く狭く解すべき条文上、解釈上の理由は何等存しないのであつて、かえつて、被告人の如き密入国者であつて偽造の外国人登録証明書を有する者であつても、所定の書類を形式的に整え、同法附則第八項及び第十一条第二項に基く申請として登録証明書の交付申請をなす以上、その申請に当つて虚偽の申請をすれば同法第十八条第一項第二号に該当すると解せざるを得ない。即ち、

(一)外国人登録法第十八条第一項第二号は、「第三条第一項、第七条第一項、第八条第二項若しくは第六項、第十条第一項又は第十一条第二項の規定に違反して登録証明書の交付、再交付又は書換の申請に関し虚偽の申請をした者」と規定するに止まり、その罪の主体を一定範囲の者に限定していない。或いは、本件の場合についていえば、右法文中の「第十一条第二項の規定に違反して」という字句を根拠として旧外国人登録令の規定による有効な登録証明書を有する外国人の虚偽申請のみが右第十八条第一項第二号の適用を受けるとなす論者があるやも知れず惟うに原審はこの見解に立つものと思われるのである。併しながら同法第十一条第二項の規定に違反し得る者は必らずしも右の如き外国人のみに限らない。同項は外国人に対し所定の場合に一定の手続様式に従つて登録証明書の交付申請をなすべき義務を定めた規定であつて、同項の適用を受ける者とは、右の義勝を課せられた者、これを権利の面からいえば、右の義務を履行する限り「有効に」登録証明書の交付を受け得られる者ということに過ぎない。然るに、登録証明書の交付の申請をしたといい得る為には唯単に申請書類を市町村の当該係員に提出すれば足り、それが適法な書類として受理せられなかつた場合でもなお「申請をした」といい得るのである。(この点尚後に述べるが、東京高等裁判所第八刑事部の昭和二十九年三月二十二日の判決は、外国人登録法第三条第六項の場合について、右の様に判示している。高等裁判所判例集第七巻第三号三一一頁)従つて有効に登録証明書の切替交付を受け得られない筈の者、例えば被告人の如き立場にある者であつても同項に基く申請手続としては登録証明書の交付を申請し得るのみならず、事実としてその様な申請の為される場合が尠なからず存するのである。従つて、同法第十条第二項の規定に違反し得る者は旧外国人登録令の規定により有効な登録証明書を有する外国人のみに限らないといえるのみならず、被告人の如く同項の規定によつて有効に登録証明書の切替交付を受け得られない者が、所定の書類を形式的に整えあたかも同項によつて有効に登録証明書の切替交付を受け得る資格を有するものの如く装い、他人の氏名等を以つて同項に基く登録証明書の交付を申請するような所為こそ寧ろ同法第十一条第二項の規定に違反する悪質の反法行為というべきである。而して外国人登録法第十八条第一項第二号に、「第三条第一項、第七条第一項、第八条第二項、若しくは第六項、第十条第一項又は第十一条第二項の規定に違反して云々」と規定されているのは、解釈上如何なる申請の場合に虚偽の申請をすれば処罰せられるのか、その申請の場合を明らかにしたものと解せられるのであるが、如何なる所為をすれば申請行為ありといい得るか否かということは、外形的な事実から判断さるべきものであつて、申請義務者の申請であるかどうかということ、或いは有効な申請であるかどうかということとはかかり合いがないことである。これを本件の場合についていえば、外国人登録法第十一条第二項の登録証明書の交付申請といい得るためには、外形的に同項所定の申請とみられる行為がなされれば足るのであつて、この理は被告人の如く密入国者が、かような挙に出でた場合においても同様であるべき筈である。

(二)次に外国人登録法第十八条第一項第二号の制定趣旨は外国人管理の実効を期するため真実に反した登録がなされることを防止する目的から、外国人登録証明書の交付等の申請をなすに当つて虚偽の申請をなすことを禁じその違反者を処罰せんとするに在るものと認められる。この他同法では同様の目的の下に各種の場合に外国人に対し夫々所定の登録証明書の交付等の申請をなすべきことを命じているのであるが、同法の解釈上は被告人の如き密入国者、偽造の外国人登録証明書を有するに過ぎない者であつても登録証明書の交付を申請する義務があるものといわなければならない。之に反して若し原判決の如く本件被告人の様な密入国者であつて偽造の登録証明書を有するものについては同法第十八条第一項第二号の所謂虚偽申請の罪の成立がないと解するならば、同項の制定趣旨は殆んど大半失われるに至るであろう。けだし、正規の有効な登録証明書を有する外国人であれば、本件被告人の如く敢て虚偽の申請をなすべき実質的な必要性は毫も存しないと認められるからである。更に又、原判決の如く解するならば、本件被告人の如く密入国者であつて偽造の登録証明書を有する者は虚偽の申請をしても罰せられないこととなり、正規の有効な登録証明書を有する外国人が形式的な事項につき虚偽の申請をした場合処罰せられるのと対比しその間に不均衡、不公平な結果を生ずるのみならず、密入国者等の虚偽申請を放任することにもなつて外国人管理の実効を期し得ないばかりか著しく正義に反する結果を生ずる。

外国人登録法の法意が密入国者の積極的作為的な虚偽申請迄も容認しているとは到底考えられない。むしろ同法の目的に鑑みるときは、密入国者でも若し自ら進んで積極的に登録証明書の交付申請をなす以上真実に合致した申請をなすべきことを同法は要求期待しているものというべきである。以上の理由により、外国人登録法第十八条第一項第二号の規定の趣旨に照らし、本件被告人の如き密入国者で偽造の外国人登録証明書を有する者であつても苟くも同号に違反し虚偽申請の所為ありたる以上は同号違反として処罰を免れないものと信ずるのであつて原判決の如くには到底解し得られない。

(三)次に被告人が本件公訴事実記載の如き所為をなしたことは原判決も認めるところであるが、然らば原判決は被告人の右の所為を一体どの様に解するのであろうか。原判決は(1) 登録証明書の交付の申請はあつたが、外国人登録法第十八条第一項第二号の規定の不備から、被告人の如き者には同号の適用はなく、従つて被告人は同号によつては処罰されないというのであろうか。或は(2)同法附則第八項の適用を受ける者が同法第十一条第二項に基いてなした登録証明書の交付申請のみが申請といえるのであつて、被告人の如き者の申請は名は申請であつても実は申請ではなく、従つて、本件にあつては登録証明書の交付の申請はなされていないというのであろうか。

然しながら右の如く解することが孰れも誤であることは既に述べたところによつて明らかであるが、若し原判決が右の(1) の如く解しているならば、被告人は本件虚偽申請によつて罰せられないばかりか、本件申請以後の事実については同法第十八条第一項第一号の所謂不申請の罪にも該当しないこととなるであろう。本件以前未申請という違法な状態にあつた被告人が、虚偽申請という批難さるべき行為によつて、何等処罰を受くることなく而も本件以後は「既申請」の状態に立ち至るというのは全く不合理である。

又若し右の(2) の如く解しているならば、被告人は本件以後も依然として登録証明書の交付申請について、所謂未申請の状態にあることとなる。併し既述した如く、被告人は本件虚偽申請によつて東京都大田区長より正規の外国人登録証明書を交付せられ、これを約一ケ年に亘つて所持していたのである。而も尚被告人は未申請の状態にあるというのは之亦吾人の常識に反する現象である。被告人の如き者に対しては、虚偽申請以前の事実に対しては所謂未申請者として外国人登録法第十八条第一項第一号を以て律し、虚偽申請以後は未申請者としてではなく虚偽申請者として同項第二号を以つて臨むことが、最も事理に即した処置であると考えられる。

以上要するに、被告人の本件所為は、外国人登録法第十八条第一項第二号に所謂「同法第十一条第二項の規定に違反して登録証明書の交付の申請に関し虚偽の申請をした者」として、同号の罪に該当することは解釈上明らかであるに拘らず原判決が同号の罪を構成せざるものとして無罪の言渡をなしたのは畢竟原審が法令の解釈適用を誤つた違法ありその違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから此の点において原判決は破棄を免かれざるものと思料する。

(その他の控訴趣意は省略する。)

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