大判例

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東京高等裁判所 昭和29年(う)359号 判決 1955年8月18日

控訴人 被告人 大森徳恵 外四名

弁護人 池田輝孝 外一名

原審検事 大津広吉

検察官 入戸野行雄

主文

原判決中被告人佐藤春雄、同佐野富男に関する部分を破棄する。

被告人佐野富男を懲役壱年六月に、被告人佐藤春雄を懲役壱年に各処する。

但し本裁判確定の日から夫々参年間右刑の執行を猶予する。

原審訴訟費用のうち証人望月猶二(昭和二七年一〇月二日出頭分)、同望月勝子に支給した分は被告人佐野富男の負担とし、証人内池鉄朗に支給した分は被告人佐藤春雄の負担とし、証人藤原章、同大森一造(昭和二七年一〇月一七日出頭分)、同依田武三(同上)、同依田要、同依田鈴代、同長沢近造に各支給した分は被告人佐藤春雄及び原審相被告人大森徳恵の連帯負担とし、証人前田保之、同関戸彦種、同宮下正一、同入月啓一、同望月幸、同望月義治、同飯島晋、同望月みち子、同佐野とみ枝、同望月せきよ、同望月義隆、同小池光義、同望月嘉一、同小池清、同大村しづ、同小池六夫、同鈴木一夫、同小池武夫、同深沢徹、同望月猶二(昭和二八年七月二九日出頭の分)、同遠藤五男、同望月喜貞及び同大森研一に支給した分は被告人佐野富男、同佐藤春雄及び原審相被告人望月国武の連帯負担とし、当審訴訟費用は被告人佐野富男、同佐藤春雄、同望月国武の連帯負担とする。

本件公訴事実中、被告人佐野富男が、昭和二七年九月一一日午後八時三〇分頃法定の除外事由がないのに山梨県南巨摩郡富河村町屋三八六六番地望月義治方に在つた前田保之巡査所持の実包六発装填の拳銃一挺及び実包一二発入の帯革を持ち出して同家より同村福士十字路附近迄約六〇米の間を往復携帯所持したとの点については被告人佐野富男は無罪。

検察官の被告人大森徳恵、同秋山勝人、同望月国武についての各控訴及び被告人大森徳恵、同秋山勝人、同望月国武、同佐藤春雄からの各控訴は夫々これを棄却する。

理由

本件控訴の趣意は末尾に添附した原審検事大津広吉名義及び被告人等五名全員の弁護人池田輝孝、同関原勇共同名義、被告人佐藤春雄、同大森徳恵各名義の控訴趣意書のとおりであり、検察官の控訴趣意に対する答弁は弁護人池田輝孝名義の答弁書のとおりであり、これらに対し次のとおり判断する。

弁護人論旨第三点

原判決挙示の証拠によれば、原判示第二の一のとおり本件暴行の行われた当時前田保之巡査は一般犯罪の予防、検挙及び選挙違反取締のため夜警邏勤務に従事していたことを認めるに十分である。

所論は本件当時前田巡査は公務の執行中ではなかつたので、単にその勤務時間中にすぎなかつた旨主張するのであるが、刑法公務執行妨害罪における公務の執行とは公務員がその為すべき職務とされた執務行為に従事することをいうのであるから、或公務員がその職務に従事中である所謂勤務時間中というのは、その間特に休憩していたというような特段の状況のない限り、その公務員が職務を執行している時間中と解すべきものである。殊に、警邏という執務はその本質上、歩行していても或は立ち止つていても絶えず警邏区域内における犯罪の発見、予防等に感覚を働かせてその職務をつくすべきものであるから、警邏という勤務状態につくことはとりも直さず公務の執行となるものと解せられ、その間たまたま他人と雑談を交したからといつて、その間公務の執行から離脱したものとは云えないのである。又本件記録によつては前田保之巡査が本件当時休憩をしていたという状況は認め得ないのである。よつて同巡査の本件行動を目して所論のように単に勤務時間中の行動にすぎず、公務の執行中ではなかつたとは認められないのである。原判決には所論のような事実誤認の存するものとは認められない。所論は公務の執行ということについて独自の見解を披歴するにすぎない。論旨は採用できない。

弁護人の論旨第四点及び第五点

本件拳銃等不法所持の公訴事実は被告人佐野富男は昭和二七年九月一一日午後八時三〇分頃法定の除外事由がないのに南巨摩郡富河村町屋三八六六番地望月義治方に在つた前田保之巡査所持の実包六発装填の拳銃一挺及び実包一二発入の帯革を持出して同家より同村福士十字路附近迄約六〇米の間を往復携帯して所持したものであるというのであるところ、原判決は被告人佐野富男は昭和二七年九月一一日法令上許された場合でないのに拳銃一挺を山梨県南巨摩郡富河村福士四四五四番地望月義隆方附近から同所三八六六番地望月義治方まで携帯して所持したものである旨認定し、公訴事実中の望月義治方から持ち出した点は認めなかつたものと認められるのである。ところで、本件記録によつて原判決挙示の関係証拠を検討すれば、なる程これらによつては被告人佐野富男が本件拳銃を望月義隆(三河屋)方附近から望月義治(たまる屋)方まで携帯した事実は肯認しうるのであるが、本件公訴事実の如くたまる屋からこれを持ち出したという点はこれを肯認し得ないのである。

その他原審が取り調べた全証拠によつてもこれを確認し得ないのである。

而して、本件記録によると、本件日時頃前田保之巡査は自己の職務として富河村福士町屋地区内を夜警邏する途次、当日はたまたま選挙演説がその地区内で行われる日であつたので、制服制帽を着用して警邏するより、略装で警邏を続ける方がよいと考え、制帽や制服上衣及び拳銃(実包装填及び実包入の帯革附)を右たまる屋こと望月義治方に預けて同家を立ち出でようとしているところを本件暴行を受け公務の執行を妨害されている中に何人かが右拳銃及び帯革をたまる屋から持ち出したところ、被告人佐野富男がこの拳銃及び帯革を後に三河屋附近から右たまる屋へ持つて行つたというのであるから、通常の経験則によれば同被告人の右所為はそれ自体が右拳銃等を元あつた場所え戻す為のものであつたことを示しているのである。のみならず他方証人小池光義の原審並びに当審における供述によれば、右たまる屋に持つて来られた拳銃と帯革を発見した同人から直ちに前田巡査に返還されている事実が認められるのであるから、これらによれば、被告人佐野富男の本件拳銃の携帯は右三河屋附近からたまる屋迄これを返還しに行く為のものであつたと認めるに十分である。原判決が同被告人の右所為をもつて拳銃を返えしに行つた行為とは認められないとしたのは事実を誤認したものというべきである。

要するに本件においては原判決も認定する如く、被告人佐野富男がたまる屋から本件拳銃及び実包入帯革を不法に持ち出したという事実はこれを認めるに足る証拠なく、認めうる事実は同被告人が一旦不法に持ち出された拳銃及び実包入帯革を元あつた場所へ返還しに行つたという事実だけである。

而して最初拳銃を不法に持ち出した者が後にこれを元の場所に返還しておいても、これは拳銃の不法所持であることは云うまでもないところと認められるのであるが、或者が不法に持ち出した拳銃をこれを知つた他の者(持ち出しについて共謀があつてはならない。)が元の場所に返還しに行く為の携帯行為が果して拳銃等の不法所持罪を構成するであろうか。

元来拳銃等の不法所持を罰する理由は一般人に対し危害を加えるに役立つこの種物件が隠匿保存されることを根絶しようとすることにあるのであるから、この所持とは右隠匿保存されることに何等かの関連と影響のあるものでなければならない。よつてこの所持とは勿論これを自己の実力支配関係の下に置く意味の把持がなければならず、この程度の把持のない以上たとえ携帯しても犯意のないもので、所持罪は構成しないものと解する。例えば道に落ちている拳銃を警察署に届ける為に拾つて警察署に届出る間の携帯の如きものは、これらを隠匿保存することに何等の関連性も影響力もないのであるから、未だ自己の実力支配関係の下に置く意思のある把持とは解せられず、従つて犯意のない行為というべきである。

尤も届出の意思はあつたとしても直ちに届出られる状態にあつたのに、これを自宅に持ち帰えるが如き場合は最早自己の実力支配関係の下に置いているのであり、犯意ある行為というべきである。

以上のとおり、右のように届出の為にする携帯は拳銃の不法所持罪を構成しないと解するのを相当とする。

ところで本件のように或者により特定場所に置かれていた拳銃が不法に持ち出された後これを知つた右の者とは全く別個の他の者(本件において被告人佐野富男と拳銃を持ち出した者とが同一人であることは勿論、この二者間に意思の連絡のあつたという事実も認められない。)がこれを元の場所に返還しに行く為のみの携帯行為が右届出の為の携帯行為と何処が相違する点があるであろうか、同じく自己の実力支配関係の下に置く意思のある把持とは認められず、所謂不法所持とは認められないのである。

これを要するに、被告人佐野富男がたまる屋から本件拳銃帯革を持ち出した事実が認められない以上、原判決が認める同被告人の拳銃携帯の所為はこれの不法所持とは認められず、被告人佐野富男に対する本件拳銃不法所持の公訴事実は結局これを認めるに足りる証拠のないことに帰する。しかるに原判決が原判示の如き事実を認めてこれを銃砲刀剣類等所持取締令第二六条第一号、第二条に該当すると認めたのは法令の解釈適用を誤つたか、事実を誤認したかの何れかであつて、この誤は勿論判決に影響を及ぼすものであるから、論旨は何れも理由がある。

(その他の判決理由は省略する。)

(裁判長判事 久礼田益喜 判事 武田軍治 判事 石井文治)

弁護人池田輝孝、同関原勇の控訴趣意

第三点、原判決は事実の誤認があり、判決に影響を及ぼす事が明らかである。

佐野富男等の公務執行妨害罪について原判決は、巡査前田保之が一般犯罪予防及び選挙違反の取締のため夜警邏勤務に従事中被告人等が暴行を加えて公務の執行を妨害したと認定したが、前田巡査が公務の執行中であつた点は原審記録より認定出来ない。認められるのは、前田巡査が勤務時間中であつたという事実のみである。同人の証言によれば、八時ちよつとすぎに自転車で三河屋につき、三河屋の人と少くとも本件事実直前迄おしやべりをし、更にたまる屋に入つて上衣、帽子、拳銃をぬいだという事実が認められるにすぎず、又小池光義の証言によれば此の日も相当に飲酒していた事実が認められる。従つて同巡査が引きづられたのは夜警邏中でなく、三河屋及びたまる屋の人と雑談中或は雑談の終つた直後であり、公務執行中ではないし、公務の執行に際しでもない。

第四点、原判決は左の点で事実誤認があり判決に影響を及ぼす事が明らかである。

本件公務執行妨害罪と銃砲等所持取締令違反の行為の関係は甲は前田巡査を引張つて「たまる屋」から「三河屋」迄行き、その留守中に乙が「たまる屋」においてあつた前田巡査の拳銃を一時かくし、更に前田巡査が甲其の他の者と話合がついて、甲其の他の者と道路上に出た際、前田巡査は丙が右の拳銃を持つてかくされた所よりたまる屋にもどしに行つたのを目撃したという事実であり甲は同時に乙或は丙と論理上同一人でありえない。原判決は佐野富男が同時に二人いるという認定である。然るに原判決は佐野富男に甲及び丙の役割りをあてはめているが、之は証人の証言があてにならない事を示す一例である。之は現場が暗かつたのと証人が最初警察に参考人として呼ばれた時、取調官に暗示を受けて信じてしまつたもの、及び自分が共産党のシンパだと官憲に思われるのをおそれる心理に基くものと思われる。本件の行為者は別にある。

第五点、原判決には、法令の適用に誤りがあり判決に影響を及ぼす事が明らかである。

原判決の認定によれば佐野富男が前田巡査の拳銃を所持したのは望月義隆方附近から望月義治方迄であり、望月義治方には前田巡査が自ら拳銃を預けたのである。従つて佐野富男は一旦何者かにより、前記望月義治方より移転された拳銃を前田巡査がおいていた元の場所に戻したのであり、贓物を窃盗より取返して被害者に返すのが贓物運搬罪にならないと同様正当な行為である。その間同被告人が何らか自己の目的で所持していた事実はなく、証拠により認められるのは走つて元の場所に戻しに行つた事実のみである。原判決は拳銃を返しに行つた証拠がないと認定しているが、之は誤認である。然らば被告人の所為は違法性なく無罪を言渡すべきである。

(その他の控訴趣意は省略する。)

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