大判例

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東京高等裁判所 昭和29年(う)452号 判決

被告人 田中米穂

〔抄 録〕

右弁護人の控訴の趣意第一点について。

論旨は、公判期日における訴訟手続については公判調書のみによつて証明せられ、しかもその公判調書には裁判所書記官が署名押印しなければならないことは刑事訴訟法及び刑事訴訟規則の定めるところである。しかるに原審記録に編綴された第一回公判調書には裁判所書記官の署名がなく、何人が作成したものか判明しないのであるから、右は刑事訴訟規則第四十六条に違反し無効であり、したがつて、原審においては適法に公判を開いて審理を遂げた事跡の徴すべきものがないから、原審は公判を経ずして直ちに判決したか、又は無効の公判を証拠に採用したことに帰するものであつて、原判決は破棄を免れないと信ずる、というのである。よつて按ずるに、刑事訴訟法第五十二条の規定によれば、公判期日における訴訟手続で公判調書に記載されたものは公判調書のみによつてこれを証明することができること、及び同法第四十八条、刑事訴訟規則第四十六条第一項の規定によれば公判期日における訴訟手続については公判調書を作成しなければならないし、その公判調書には裁判所書記官が署名押印しなければならないと定められていることはまことに所論のとおりである。しかしながら、右刑事訴訟法第五十二条の規定は公判期日における訴訟手続で公判調書に記載されたものについても他に反証を許さないものとする趣旨ではなく、さらにその公判調書に記載されなかつた事項についても他に立証の方法がないものとする趣旨ではないのみならず、公判調書にその公判に立会つた裁判所書記官の押印があるだけで署名を欠いた場合においても、その裁判所書記官がこれを作成したものと認められ、かつその記載内容についても誤がないものと認められる場合にはその公判調書を無効とすべき理由は何ら存しないものといわなければならない。しこうして、記録を調査すると、原審において事実審理の行われた公判は昭和二十八年十二月二日に開かれた第一回公判期日のみであり、次の公判期日である同年十二月十五日には判決が宣告されていること、及び右の第一回公判期日の公判調書にはその作成者たる裁判所書記官の署名がなく、ただその署名のあるべき部分の下部に「裁判所書記官之印」と読まれる押印のみが存するに過ぎないことは所論のとおりである。そこで、なお、仔細に右第一回公判調書を検討し、当審において取り調べた証人杉原長富の供述を参酌すると、右第一回公判期日には長野地方裁判所上田支部裁判官鈴木敏夫及び裁判所書記官杉原長富が列席し、検察官小林幸英、弁護人下崎茂卯立会の上審理を公開し、被告人の人定質問に続いて起訴状の朗読、被告事件の陳述、検察官の冒頭陳述が順次行われて証拠調手続に入り、被告人の供述があつて、検察官、弁護人の弁論があり、被告人の最終陳述がなされて結審し、判決宣告期日を同年十二月十五日午後一時と指定告知して閉廷したこと、及びこの調書については刑事訴訟規則第四十六条第一項の規定に基いて、右公判期日における訴訟手続が同公判調書記載のとおり相違なく行われたことを認める趣旨のもとに裁判官の認印がなされていることが明らかであり、かつ長野地方裁判所上田支部には裁判所書記官は当時前記杉原長富一名のみであり、右第一回公判調書に押捺された前記「裁判所書記官之印」とある印影は同公判調書の契印とともにまさしく右裁判所書記官杉原長富の職印であり、かつその公判調書の作成者もまた同裁判所書記官杉原長富であることを認めるに十分である。もつとも、前記証人杉原長富の供述によれば、同公判調書は同人と同時に入廷し、いまだ裁判所書記官代行辞令を有せず、したがつて独立して調書作成の資格なき裁判所書記官補高木寛をして自己の草稿を代書せしめたものであることが窺われるけれども、これがため、同公判調書の作成者は右裁判所書記官杉原長富ではないものということはできない。したがつて、右第一回公判調書は、もとより所論のごとく、何人が作成したものか判明しないものということはできない。されば、右第一回公判調書はその作成者たる裁判所書記官の押印があるのみで署名を欠き瑕疵のあるものではあるけれども、その公判に立会つた裁判所書記官の作成したものであることが明らかであり、かつその記載内容にも誤は存しないのであるから、何らこれを無効とすべき理由はないものといわなければならない。結局右公判調書の無効を前提とする所論は到底採用し難い。論旨は理由がない。

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