大判例

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東京高等裁判所 昭和29年(う)661号 判決

被告人 喜久村契秀

〔抄 録〕

原判決が証拠として採用した証人三苫丈次の供述は、これをその他の証拠と照し合せて検討して見ると、本件当時の情況をありのまま表現しているものと認められ、所論のように当時実際に交わされた被告人の言葉を擅に改さんして表現したものとは認められない。そして原判決の挙示した証拠を綜合すると、被告人は昭和二十六年七月二十五日東京都台東区上野桜木町八番地の上野警察署東園連絡所で警視庁巡査三苫丈次に対し、さきに被告人が同巡査に対して怠業的行為をそそのかしたという嫌疑で検挙勾留せられたことについて不満を述べ口論をしたが、同巡査から退去を求められて立去るに当り「われわれに対してつまらぬことをするとどうするか判つているか、人民裁判でまたあおう」と告げた事実を認めることができ、右の情況から考えれば当時被告人は三苫巡査を畏怖させる意思があつたものと認めるのが相当である。そして人民裁判というものが所論のように独裁裁判ではなく、最大多数の人民の意思を代表してなされる裁判であり、正しいことをしてきた者には何等畏るるに足りないものであり、そのことが一般に認識されているならば、前記のようなことを告げても相手方を畏怖させるに足りないかも知れないが、現在一般に知られている人民裁判というものはそうではなく、思想的な立場を異にする者に対する制裁として法律によつて定められた手続によらないで人民裁判の名のもとに人の生命、身体、自由等に対し害を加えることを意味するものと解されていることは一般に公知の事実であるから、前記のようなことを告げれば人の生命、身体、自由等に対し害を加うべきことを告知したものというべきである。尤も右害悪の告知も告知者の力の及ばないこと又は告知者と全く関係のないことに属する場合は脅迫とはならないであろうが、被告人が三苫巡査に対して告げた言葉の意味は、われわれに対しつまらぬことをするとわれわれの手でおまえを人民裁判にかけ、ひどい目に合せてやるぞという意味に解されるのであつて、被告人の力の及ばないこと又は被告人と全く関係のないことを告知したものということはできないから、被告人の所為は脅迫罪を構成するものといわなければならない。要するに原判決挙示の証拠を綜合すると原判示事実は優にこれを認めることができるのであつて、原判決には所論のように採証の法則を誤り事実を誤認したとか、証拠によらないで事実を認定したとか、法令の適用を誤つたという違法はなく、従つて憲法第十三条及び第三十一条に違反したものでもない。論旨はいずれも理由がない。

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