東京高等裁判所 昭和29年(う)718号 判決
被告人 前野直八郎
〔抄 録〕
一、論旨第一点について。
原判決が被告人に無罪を言渡した原判示第二の(20)の窃盗の事実と有罪を言渡した原判示第三の(十五)の事実とは、原判決書及び本件記録によるときは、最初右(20)の如く被告人に対する窃盗の事実として起訴されたものであるところ、後に訴因の予備的申立によつて右(十五)の如く賍物故買の事実が追加されたものであつて元来同一事実であることは所論のとおりである。
しからば原判決は一見、同一事実につき無罪と有罪と互に矛盾する二個の判決を為した如くである。
しかし原判決の理由を仔細に読めば、被告人に対する窃盗の公訴事実中予備的訴因に基き判示第三の(一)乃至(十五)に認定した犯罪事実以外に係る分は結局犯罪の証明がないことになるから無罪たるべきものと判示しているのであつて、原裁判所は右有罪と認定した(十五)の事実についてはその窃盗の訴因の部分については格別無罪たるべきことを宣言する意思は更になかつたことは明白である。
よつて原裁判所は判示第二1、13乃至21云々と判示し、あたかも右(20)の窃盗の事実を予備的訴因の賍物故買事実で有罪としながら、なお無罪たるべく宣言した如くであるが、それは判示第二1、13乃至21(但し20を除く)、或は判示第二1、13乃至19、21と記載すべきところを誤つて判示第二1、18乃至21と記載したもの即ち誤記したものと認めるのを相当とする。
なお仮にしからずとするも、一個の事実について窃盗或い、又はしからずとするも賍物故買であるという予備的又は選択的に二個の訴因事実を表示して公訴が提起されたときでも公訴事実はあくまでも一個であることはいうまでもないところである。従つて窃盗(或は賍物故買)の事実が認定されれば、賍物故買(或は窃盗)の事実は当然成立しなかつたものであることは説明するまでもないことであるから、判決にこの成立しない理由を記載する必要はないものである。
しかし窃盗(或は賍物故買)は成立するが、賍物故買(或は窃盗)は成立しない即ち犯罪の証明がないと説明したからというて、一個の事実について矛盾した二つの判断をしたものとは解せられない。蓋し公訴事実(基本的事実)は一個であるが、一つは窃盗と見一つは賍物故買と見ているのであつて訴因は二個存在するのであるいうなれば、山の頂上に達するのに甲、乙二道あり、甲道は通行可能であるが、乙道は通行不可能であるというようなものでその一つは成立する即ち犯罪の証明があるが、他の一つは成立しない即ち犯罪の証明がないというのであるからである。
而して理由で無罪と説明したところを主文にその旨表示したとしても矛盾した判断でないことはいうまでもなく、又審判の請求のない事実について判決したことともならないものと解せられる。何となれば、訴因としては二個の事実が表示されているのであるからである。
なお仮に主文に表示することは誤であるとしてもその誤は被告人に利益でこそあれ何等不利益にはならないことで判決には全く影響のない誤である。
原判決には所論の如く理由にくいちがいの存するものとは認められない。
以上のとおりであるから、いずれにしても原判決には所論の如き違法の存するものとは認められず、論旨は理由がない。
二、同第二点について。
記録を調べてみるに、本件の起訴は四回に分けて行われたものであつて、その訴因はいずれも各起訴状によれば、「被告人は原審相被告人瀬田留一、前野鎮三郎らと共謀して他人の財物を窃取したものである。」という趣旨の窃盗の訴因であつたところ、その後検察官から昭和二十九年一月二十五日附訴因罰条の予備的追加請求書と題する書面をもつて、右各起訴状記載の公訴事実につき、いずれも、「被告人は前示瀬田留一、前野鎮三郎らが他から窃取して来た他人の財物をその盗品であることの情を知りながらこれを買い受けて賍物の故買をしたものである。」という趣旨の賍物故買の訴因を予備的に追加すべきことの請求があつたので、原裁判所は、該追加請求を許可した上、そのうち原判示第三の(一)ないし(十五)の事実を認定したものであることは所論のとおりである。而して、所論は右予備的追加の訴因は、公訴事実の同一性を害するから、かかる訴因の追加は許さるべきでない旨主張するのであるが、しかし、記録に基ずき本件各起訴状記載の公訴事実と前示訴因罰条の予備的追加請求書記載の犯罪事実とを比較対照してみるに、両者の共通点としては、いずれも、起訴状記載の日時場所において同記載の他人の財物が不法に領得された事実に被告人が関与したその行為が中心問題とされているのであつて、前者においては被告人の関与した行為を窃盗と認めたのに対し、後者においてはこれを賍物故買と認めた結果、事実関係には、でき事の推移につき多少の差異を生じたに過ぎないものであつて、盗品を中心として観察するときはたとえ賍物故買が人を介して行われたような場合であつても、基本的事実関係には変動がないのであるから、このような訴因の予備的追加は公訴事実の同一性を害しないものと認めるのが相当であるというべく、従つてこれを許可した原審の措置は正当であつて、原判決には所論の違法があるものということはできない。論旨は理由がない。