東京高等裁判所 昭和29年(ネ)1269号 判決 1955年8月03日
控訴人 平林邦太郎
被控訴人 吉崎新太郎 外四名
主文
本件控訴及び控訴人が当審でなした拡張にかかる請求はいずれも棄却する。
当審における訴訟費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は、原判決を取り消す、控訴人に対し、被控訴人吉崎新太郎は原判決添付の物件目録第二の(イ)の建物を収去し、同西尾はこれより退去して、同目録第一の(イ)の土地(原判決添付図面一の(イ)の部分)を、被控訴人吉崎磯次郎は同目録第二の(ロ)の建物を収去し、同矢部及び園原はこれより退去して、同目録第一の(ロ)の土地(同図面一の(ロ)の部分)を、被控訴人西尾は同目録第二の(ハ)の建物を収去して同目録第一の(ハ)の(1) 及び(2) の土地(同図面一の(ハ)の(1) 、(2) の部分)を各明け渡すべし、控訴人に対し、被控訴人吉崎新太郎は昭和二六年七月一日以降昭和二七年一一月三〇日まで一ケ月金三四五円、同年一二月一日以降同月三一日まで一ケ月金四二二円、昭和二八年一月一日以降同年一二月三一日まで一ケ月金五二〇円、昭和二九年一月一日以降同目録第一の(イ)ないし(ハ)の各土地明渡済みまで一ケ月金六九二円の各割合による金員を、被控訴人吉崎磯次郎は昭和二六年七月一日以降昭和二七年一一月三〇日まで一ケ月金九〇円、同年一二月一日以降同月三一日まで一ケ月金一二六円、昭和二八年一月一日以降同年一二月三一日まで一ケ月金一五一円、昭和二九年一月一日以降同目録第一の(ロ)の土地明渡済みまで一ケ月金二〇〇円の各割合による金員を、被控訴人西尾は昭和二六年七月一日以降昭和二七年一一月三〇日まで一ケ月金一四〇円、同年一二月一日以降同月三一日まで一ケ月金一九五円、昭和二八年一月一日以降同年一二月三一日まで一ケ月金二三四円、昭和二九年一月一日以降同目録第一の(ハ)の(1) 及び(2) の土地明渡済みまで一ケ月金三一一円の各割合による金員を、それぞれ支払うべし、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの連帯負担とす、との判決並びに仮執行の宣言を求め、被控訴人ら代理人は控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上の陳述は、控訴代理人において次の如く追補陳述したほか、すべて原判決の事実摘示と同一であるからここにこれを引用する。
控訴代理人の当審における追補陳述。
一、被控訴人吉崎新太郎、吉崎磯次郎、西尾に対しては本件土地の公定賃料による額を地代相当の損害金として請求する。(被控訴人吉崎新太郎につき六九坪分、同吉崎磯次郎につき二〇坪分、同西尾につき三一坪分)即ち、控訴人の前主訴外平林長左衛門が本件土地を被控訴人吉崎新太郎に賃貸した時甲第一号証第一条第四号にあるように賃料を経済事情の変動等があつた場合「改定すること」と特約してあり、じ来この特約に基ずき租税公課の増加又は公定賃料の増額に伴いその都度賃料を増額して来たものであるから、各年度の公定賃料は前記被控訴人らが本件土地を明け渡さないため控訴人が現実にこうむる最低限度の損害というべく、同被控訴人らにその賠償義務がある。
二、原判決添付の物件目録第二の(イ)、(ロ)の建物はいずれも古材古雑作を利用し、坪当り三、四十円で建築したもので、殊に(ロ)の建物は建築当時総坪一七坪を請負代金五五二円五〇銭で古家の古材木、古建具を使つて建てたものであり、(イ)の建物も大差のない極めて粗雑なものであつた。
三、被控訴人吉崎磯次郎は同目録第二の(ロ)の建物を建築所有しながらその保存登記をせず、当初から他に賃貸して賃料をあげ、居住したこともない東京都大田区久ケ原町一一四八番地(本件土地の旧地番)を住所として家屋台帳簿にだけ掲載して土地賃貸人に告げないため、賃貸人は何人が土地を使用し、右建物を所有しているか知るに由なかつたし、被控訴人西尾は同目録第一の(ハ)の(2) の土地上に自ら建物を建築して使用することの承諾を土地賃貸人たる前記長左衛門に求め、これを拒絶されながら賃借人たる被控訴人吉崎新太郎が建築するものの如く欺き長左衛門をして右新太郎が建築所有するものと誤信させ、よつて新太郎名義の建築届の附属書類たる承諾書に記名押印させた上、被控訴人西尾自ら建物を建築所有ししかも、建物登記簿、家屋台帳その他の公簿に何らの手続もせず所有名義を不明にして公租公課の支払を免れている。そして右各所為については被控訴人吉崎新太郎は、被控訴人吉崎磯次郎や同西尾に協力したのみならず、同被控訴人は、被控訴人西尾からは前記目録第二の(イ)の建物の賃料増額名義で転貸土地使用料に該当する収益を取得している傍ら、右西尾をして屡々賃借建物を修繕、改築させて補強し、朽廃を防止して耐用年限を延長しながら代価を払わずして代価相当額を利得しているが、他面土地賃貸人として賃貸期間満了の際の明渡しの請求において建物買取請求額に影響して予期しない負担を加重される結果となるのである。
右は長期間に亘り相互の対人的かつ継続せる信頼関係を基礎とする土地賃貸借につき賃貸人として賃貸借を継続し難い事由であるから、昭和二六年六月二〇日到達の書面による解除は右の背信行為もその理由の一つとして主張する趣旨である旨を補足する。仮りにこの補足が許されぬとすればここに改めて右背信行為を理由に被控訴人吉崎新太郎に対し契約の解除をする。(昭和二九年一〇月七日の本件口頭弁論期日)
四、仮りに平林長左衛門が乙第一号証の五に記名押印したことが、前記目録第一の(ハ)の(2) の土地を被控訴人吉崎新太郎が同西尾に転貸すること又は西尾において同地上に建物を建築することに対する同意であるとしても、右同意は被控訴人新太郎が自ら建築、所有するものの如く西尾をして欺かせ、長左衛門をしてこれが真実ならば土地賃借人は被控訴人新太郎なる故同意を拒み得ないものと思わせたがためのものであつて、法律行為の要素に錯誤があるから無効である。
五、控訴人が右長左衛門から本件三二一坪八勺の土地の贈与を受けたのは昭和二六年六月五日であり、その登記を経たのは同年七月二日であるから、かように訂正主張する。
<立証省略>
理由
訴外平林長左衛門がその所有地である原判決添付の物件目録第一の(イ)ないし(ハ)の(2) の土地合計六九坪を被控訴人吉崎新太郎に対し昭和一〇年一〇月三日普通建物所有の目的で控訴人主張の如き約旨を以て賃貸したことは、控訴人と被控訴人吉崎両名との間には争なく、その他の被控訴人らとの関係では成立に争なき甲第一号証によつて明かであつて、次に、成立に争なき甲第三号証によれば右六九坪の土地を含む右目録第一記載の土地三二一坪八勺の土地が昭和二六年六月五日右長左衛門から控訴人に贈与せられ、同年七月二日その旨の所有権移転の登記がなされたことが認められる。
さて、本訴は右贈与によつて取得した控訴人の土地所有権に基ずくものであるところ、被控訴人吉崎両名はその主張の如き事由によつて右贈与は信託法第一一条に違反する無効のものであるから控訴人はこれによつて土地所有権を取得するに由なく、本訴はこの点においてすでに失当である旨抗争し、そして贈与の効力を否定するこの抗弁は控訴人の本訴請求の基本を否定するものであつて、他の被控訴人らの関係においてもしんしやくされるべきであり、以下、右抗弁の成否について判断する。
ところで、控訴人と被控訴人吉崎両名との間には争なく、その他の被控訴人らとの間においては成立に争なき甲第二号証の一、二によつて認められる、控訴人の前主たる長左衛門から賃借人たる被控訴人吉崎新太郎に対し本件六九坪の土地の賃貸借契約を控訴人主張のような事由によつて解除する旨の意思表示が昭和二六年六月二〇日に到達していること、然るに、前記の如く右六九坪の土地を含む三二一坪八勺の土地が長左衛門から控訴人に贈与されたのはその前である同月五日であつて、その登記がなされたのは同年七月二日であること、記録上明かな如く、本訴は右登記から僅か数日を経た同月九日に提起されていること、本訴における控訴人の主張、請求は被控訴人らが控訴人の所有地六九坪の全部又は一部を不法に占有しているから所有権に基ずき明渡しないし損害賠償を求めるというにあるところ、若し、控訴人の前主長左衛門の所有のままで明渡請求等の訴を起すにおいては同人と被控訴人吉崎新太郎間の前記賃貸借及びこれに由来する他の被控訴人らの権限が問題となるのは必至であるのに賃貸土地を控訴人に譲渡し、第三者たる控訴人から右の如く訴求するにおいては、右賃貸借の登記も、賃借地上に存する被控訴人吉崎新太郎所有の建物の登記も存しない(これら登記の不存在は控訴人と被控訴人吉崎両名との間には争なく、その他の被控訴人らとの間においては土地賃貸借の登記については被控訴本人吉崎新太郎の原審における供述により認め、建物の登記についてはこれら被控訴人らの明かに争はないところである。)本件においては、右土地賃貸借ひいてこれに由来するものの対抗を免れる関係にあるのであつて、現に控訴人も本訴でこのことを主張していること、原審における証人平林長左衛門の証言、控訴本人及び被控訴本人吉崎新太郎の各供述に弁論の全趣旨を綜合して窺われる、控訴人側と被控訴人吉崎両名との間には既に前からこの六九坪の賃貸土地あるいはその地上の建物をめぐつて悶着が起つていて、控訴人側は本件贈与前に公簿等によつて諸般の調査を行つていること、原審における右平林証人及び控訴本人の証言、供述によつて認められる、控訴人の前主たる平林長左衛門は控訴人を含めて六人の子をもち、そして凡そ八千坪の土地を所有しているのであるが、うち本件の三二一坪八勺及び神奈川県の若干の土地を控訴人に贈与したのみで、他の土地は、又、他の子に対しては未だその分与をしていないこと、これら諸般の事実を合せ考えると、本件贈与は、右長左衛門において、子である控訴人をして、被控訴人吉崎新太郎に賃貸した六九坪の土地の明渡し等に関する訴訟行為を為さしめることを主たる目的として為した信託譲渡を以て目すべきであつて、無効のものといわねばならぬ。
従つて、右贈与によつて土地所有権を取得したとして、この所有権に基ずき被控訴人らに対し土地の明渡し及び原審で請求した限度における損害賠償を求める控訴人の本訴請求はその他の点について判断するまでもなく失当として棄却すべく、結論においてこれと同趣旨に出た原判決は結局正当であつて本件控訴はこれを棄却すべきであると共に、控訴人の当審における損害賠償についての拡張請求も亦同様失当として棄却すべきものとする。
よつて、民事訴訟法第三八四条第二項、第九五条、第八九条を適用して主文の如く判決する。
(裁判官 薄根正男 奥野利一 古原勇雄)