東京高等裁判所 昭和29年(ネ)1592号 判決
戦災跡地である空地の一部を賃借した者が、賃借地に隣接する空地の一部を賃借地の便益のために数カ年にわたり所有者に無断で通行使用していた場合、かような通行という事実によつて通行地の占有権を取得するかどうかは一概には決しえないところである。
およそ占有権は自己の為にする意思をもつて物を所持するによりはじめてこれを取得しうるものであるから、本件において控訴人がA、B地の占有権を取得したかどうかはその従来の目的、程度のいかん、A、B土地に柵、塀その他の標識をほどこしてその範囲を明らかにするとともにこの土地は排他的に自己が通行する土地であることを一般に認識させる方法をとつたかどうか、あるいはかかる方法によつて所有者陳の従来からの管理占有を排除して自己の占有を設定しえたかどうかなど、A地B地にたいしおよぼした具体的かつ客観的な実力支配関係を総合判断して決すべきものである。ただ数年間土地を通行していたというような単純なことがらによつてはその土地の占有権を取得したものとすることはできない。
よつて控訴人はA地B地をはたしてどのようにして通行使用していたかについて観察するに、
(イ) A地には公道から汲取口P1までの間にコンクリートがひいてあること前記のとおりであつて、これはあたかも控訴人が空地の一部たるA地をコンクリートによつて区劃し、私道として専用していたかのような外見を呈するが、当審証人陳潤楳の証言およびこれにより成立を認める乙第一〇号証によると、このコンクリートは戦災前に八七番地の一、二の宅地上にあつた建物への通路のためにひいたものであつたところ、控訴人の賃借地を区劃して定めたとき、コンクリートがたまたまa建物の北側に位置するようになつたものであつたことが認められる。またPから先はコンクリートはなく、横出入口およびその先の部分は地面があらわれていることも前記のとおりである。したがつてコンクリートがひいてあるとのことによつては控訴人がその賃借地の北側にある空地からとくにA地を区劃して控訴人方専用の通路として使用し、この土地を自己の支配内においたとのことおよびこの事実を一般外部の者にも認識せしめたとの事実を認める資料とすることはできない。
その他本件には控訴人が垣根、柵などをもうけてA地がもつぱら控訴人方の私道として使用されているものであることを認識しうべき標示をしたとの事実を認めうる証拠はない。
(ロ) 仮にまた柵、塀その他の標示をもうけることがなくとも、控訴人方の家人が間断なく、ヒンパンにA地を通行し、A地が控訴人方に属する私道であることを一般に認識せしめえたものとすれば、この事実によつても控訴人のA地にたいする実力的支配が及んだものと考えてもよいかも知れない。
しかし、控訴人は、控訴人方において平常朝夕にどの程度にA地を通行使用したかについて主張および立証をしない。ただ単に控訴人方において通行していたとの事実を認めうるのみでは控訴人の通行それ自体によりA地に控訴人の支配力が及んだことを肯定しえない。のみならず、原審および当審における検証の結果によれば、控訴人居住のa建物の間口約五間は公道に面し、この建物内を通行することによつても公道に出ることができ、また控訴人の賃借地の南側の一部はせまいながら通路となつており、その公道に接する個所には巾約三尺の木戸が取付けられていることが認められるので、控訴人方においてはある場合には建物内を通ることにより、ある場合にはこの南側通路を利用することにより、公道に出入していたことが推測され、控訴人方でどの程度に北側A地を通行していたものか疑なきをえない。(ただし、当審における検証の結果によると、賃借地の南部にある通路は隣地、ガソリンスタンドの土地を少しく冒しているようであるが、とも角控訴人方でこの通路を利用しえていたことは明らかである。)
(ハ) 便所の汲取回数は便所設備のいかん、使用人数の多少により異るものであつて、一概には断定できないが、一般に一カ月に数回を出でないものと解され、控訴人がかかる程度でA地B地内を通行していたものとしても控訴人がこの土地につきその主張のような範囲の土地につき継続的な支配力をもつにいたつたとは考えられない。あるいは控訴人が汲取のためにこの土地を通行することを所有者から禁止されることがなかつたとしても、それは不表現、不継続のきわめて短い時間の土地使用であり、かつ空地となつている土地であるから土地所有者においてこれを寛容し、しいて空地の立入を禁止しなかつたものと解するのが相当であり、かかる通行により控訴人がA、B地に排他的な実力を確立したものとは肯認しがたい。
以上のとおりで、控訴人はA地、B地をその実力支配下においたものとは認めがたく、占有権の要素とする物にたいする所持はなかつたのであるから、たとえ控訴人において自己の利益のためにこれら土地を占有する意思があつたとしても、これによつて控訴人は右土地につき占有権を取得するいわれはない。