東京高等裁判所 昭和29年(ネ)1848号 判決
控訴人家がかつて喜谷実母散と称する商号をもつて婦人薬を製造販売していたことは当事者間に争いがなく、原審証人喜谷喜和、小林誠之助、小林正男、工藤リン、当審証人喜谷喜和、河合政吉、中島四郎、工藤リン(第一回)の各証言(ただし、喜谷喜和及び小林誠之助の各証言中後記措信しない部分を除く。)によれば、小林誠之助は控訴人の先先代の時代から控訴人家に雇われ番頭格として控訴人家の家業たる売薬業について一切の代理権を有しかつ控訴人家所有の本件土地を含む東京都中央区京橋一丁目一帯に存する宅地約四百五十坪の管理もなしていたこと、昭和二十年五月控訴人家の工場が焼失したため控訴人家では右営業を廃止し小林誠之助も解雇され右権限を喪失したこと、控訴人は昭和二十一年夏頃戦災により焼失した従前の東京都中央区京橋一丁目所在の店舗の焼跡に店舗を新築し同所で売薬業を始めたが、昭和二十二年頃厚生省に就職して公務員となり更に昭和二十四年には大阪に転勤して右営業を営むことができなくなり、また、小林誠之助は戦災で居宅を焼失し、妻子に死別し単身で居宅もなく困難していたので控訴人が同情し小林誠之助を昭和二十一年頃右店舗に居住させたこと、小林誠之助は控訴人の営業を引き受け自己の名義で売薬業を営んでいたこと、同人は真実自己の営業として右売薬業を営んだのではなく、また右店舗の賃料ないし使用料を控訴人に支払うとの約定を結んでおらず、むしろ、従前の関係から控訴人の委任を受けて代理人として右営業を営み控訴人に対し利益が生ずればこれを交付し、損失があれば補填を受ける関係にあつたこと、もつとも、いまだ損益ともに生じなかつたので控訴人に利益金を交付し、又は、損失の補填を求めたことはないこと、右店舗には控訴人あての通信もあり、小林誠之助は控訴人の認印を預つてそれらの処置をしておること、控訴人所有の土地は母喜和が管理しているが、小林誠之助が借地人に対し時折延滞地代の督促をしたり、借地人が地代を届けるときはこれを領収して控訴人名義で領収証を発行することを控訴人は承諾していること、従つて、他人には従前どおり控訴人の土地の管理についても代理権があると思われていたこと、被控訴人工藤も同人にかかる代理権があると信じて前記のとおり転貸借の承諾を得たことが認められる。右認定に反する原審証人小林誠之助、原審及び当審証人喜谷喜和の各供述は措信しない。右認定事実によれば、小林誠之助は従前控訴人家の家業及びその土地の管理権を有し、現在も控訴人の店舖で控訴人を代理して営業をする権限があり、かつ控訴人の土地の地代の督促及び領収につき代理権があり、従前どおり控訴人の使用人としてその土地の管理をなしているような状況を備えていたのであるから、被控訴人工藤が本件転貸借の承諾について小林誠之助に代理権があると信じたのは正当の事由があるというべきである。従つて被控訴人らの右主張は理由がある。
(牛山 岡崎 渡辺一)