東京高等裁判所 昭和29年(ネ)2010号 判決 1956年5月19日
控訴人(再審原告) 鈴木彦一郎
被控訴人(再審被告) 三谷寛太郎 外一名
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は、「原判決を取消す。原告を村上愛三郎、被告を控訴人及び矢部竹雄とする東京地方裁判所昭和二十二年(ワ)第一九六六号建物収去土地明渡請求事件につき、同裁判所が昭和二十五年十一月二日言渡した判決中控訴人に関する部分を取消す。被控訴人等(右原告村上愛三郎の承継人)の控訴人に対する請求を棄却する。訴訟の総費用は全部被控訴人等の負担とする。」との判決を求め、被控訴人等代理人は主文第一項と同旨の判決を求めた。
控訴代理人は本訴再審請求の原因として、
前記東京地方裁判所昭和二十二年(ワ)第一九六六号建物収去土地明渡請求事件においては、「原告村上愛三郎は被告鈴木彦一郎(本件控訴人)に対し東京都墨田区向島請地町百八十三番宅地百三十八坪の引渡を、被告矢部竹雄に対し右宅地のうち五十八坪の上に存する木造瓦葺二階建一棟建坪十三坪五合外二階六坪五合の収去と右土地の明渡とを求め、その請求原因として、右原告村上愛三郎は大正十二年十二月一日被告鈴木彦一郎の先代から前記宅地百三十八坪を普通建物所有の目的で、賃料は一箇月金六十九円五十銭、毎月末日払、期間二十年の定めで賃借し、その後右先代の死亡により被告鈴木彦一郎が右契約を承継したところ、昭和十八年十一月三十日存続期間終了後、原告村上愛三郎と被告鈴木彦一郎との間に右契約は同一条件で更新され、原告村上愛三郎は引続き建物所有の目的で前記宅地を賃借中、昭和二十年三月十日空襲のため、同地上に所有していた建物六棟十二戸が全部焼失するに至つたが、依然その敷地たる前記宅地の賃借権を有していたにも拘らず、被告鈴木彦一郎は右宅地のうち五十八坪の土地を被告矢部竹雄に賃貸し、同被告はその地上に前記建物を建筑してこれを占拠し、原告村上愛三郎の前記借地権の行使を妨げているから、被告鈴木彦一郎に対し前記宅地の引渡を、被告矢部竹雄に対し前記建物の収去と土地の明渡とを求めると主張し、同被告等の抗弁事実を否認し、これに対し右被告等訴訟代理人は、請求棄却の判決を求め、答弁として、被告矢部竹雄においては原告村上愛三郎主張の土地五十八坪を昭和二十一年九月十日その所有者たる被告鈴木彦一郎から賃借し、同地上にその主張の如き建物を建築してこれを占有していることは認めるが、その余の事実は不知、被告鈴木彦一郎においては、原告村上愛三郎が終戦後も引続き借地権を有することは否認するが、その余の主張事実を認めると述べ、両被告等の抗弁として、原告村上愛三郎は昭和二十年九月中被告鈴木彦一郎に対し賃借権放棄の意思表示をしたから、原告村上愛三郎の借地権はこれにより消滅した」と主張して抗争したが同裁判所は昭和二十五年十一月二日「原告村上愛三郎に対し、被告鈴木彦一郎は前記宅地百三十八坪を引き渡すこと。被告矢部竹雄は右宅地のうち五十八坪を同地上に存する前記建物を収去して明渡すこと。訴訟費用は被告等の負担とする。この判決は、原告村上愛三郎において担保として、被告鈴木彦一郎に対し金三万円、被告矢部竹雄に対し金十万円を供託するときは、仮に執行することができる。」旨の判決言渡をなし、該判決はその後確定した。
而して右訴訟事件においては、被告鈴木彦一郎(本件控訴人)は弁護士篠田一丸を訴訟代理人に選任して訴訟を追行したのであるが、最終口頭弁論期日たる昭和二十五年八月三日午後三時の口頭弁論期日には同代理人は出頭せず、その復代理人として弁護士別府祐六が出頭し「篠田代理人は病気のため弁論の延期を求める。」旨を陳でたが、同裁判所はその弁論を終結するに至つた。そして同裁判所は同年十一月十七日前記判決の正本を別府代理人に送達した外、同月二十一日被告鈴木彦一郎本人にもその送達をなした。よつて控訴人(右被告鈴木彦一郎)は自己に対する送達から起算して控訴期間内である同年十二月五日控訴の申立をしたが、別府代理人に対する送達から見れば期間経過後の申立であつたので、控訴審において昭和二十六年三月三十日控訴取下をなし、これにより前記判決の確定を見るに至つたのである。
然しながら、前記篠田代理人は別府弁護士に対して前記訴訟の復代理を委任したことはない。従つて別府弁護士は篠田代理人の復代理人として控訴人のため訴訟行為をなすに必要な訴訟代理権を有しないに拘らず、代理人として訴訟に関与したものであるから、民事訴訟法第四百二十条第一項第三号に該当するものというべきである。而して控訴人は昭和二十七年一月三十日初めて右再審事由を知つたのである。
而して前記訴訟の原告村上愛三郎は昭和二十六年四月十五日死亡し、被控訴人等は相続により右原告の地位を承継した。
よつて控訴人は右原告村上愛三郎の承継人たる被控訴人等に対し本訴再審の請求をなす次第であると陳述した。
被控訴人等代理人は答弁として、控訴人主張の事実中、控訴人の代理人たる弁護士篠田一丸が弁護士別府祐六に対しその復代理を委任したことがないこと、控訴人にその主張の如き再審事由があり、且つ控訴人が昭和二十七年一月三十日右再審事由の存在を知つたことはいずれも否認する。その余の主張事実はすべてこれを認める。控訴人は昭和二十五年十一月二十一日控訴人主張の判決正本の送達を受けたことにより、少くともその主張の如き再審事由の存在を知つたものであると述べた。
<証拠省略>
理由
控訴人の主張事実中、東京地方裁判所昭和二十二年(ワ)第一九六六号建物収去土地明渡請求事件において、昭和二十五年十一月二日控訴人主張の如き判決言渡があり、該判決がその後確定したこと、右事件の被告鈴木彦一郎(本件控訴人)が弁護士篠田一丸を訴訟代理人に選任して訴訟を追行したが、同年八月三日午後三時の最終口頭弁論期日において右篠田代理人は出頭せず、その復代理人として弁護士別府祐六が右期日に出頭し、「篠田代理人は病気のため弁論の延期を求める」旨を陳べたが、同裁判所はその弁論を終結した上、前記判決言渡をなすに至つたこと並びにその後同事件の原告村上愛三郎が昭和二十六年四月十五日死亡し、被控訴人等が相続により右原告の地位を承継したものであることは当事者間に争がない。
控訴人は、前記訴訟代理人篠田一丸は弁護士別府祐六に対しその復代理を委任したことがなく、従つて別府弁護士は何等訴訟代理権がないのに代理人として前記訴訟に関与したのであるから、民事訴訟法第四百二十条第一項第三号に該る再審事由があると主張するから按ずるに、
前記事件においては、弁護士篠田一丸が控訴人の代理人となつて訴訟を追行したことは当事者間に争がなく、成立に争のない甲第一号証の記載と原審証人篠田薫、同別府祐六の各証言によれば、右弁護士篠田一丸は昭和二十五年七月二十四、五日頃発病し重態のところ、同年八月二日死亡するに至つたこと、同弁護士は生前前記訴訟については弁護士別府祐六に対し何等の委任をしなかつたこと、然るに篠田薫は父篠田一丸の意思に基かずして擅に同月三日附をもつて篠田一丸が弁護士別府祐六を自己の復代理人に選任する旨の訴訟委任状(甲第二号証)を作成し、これを右別府弁護士に交付したことが認められ、他に何等の反証がない。従つて前記事件については、篠田代理人から復代理人に選任されない別府弁護士が訴訟復代理人として前記昭和二十五年八月三日午後三時の口頭弁論期日に出頭したものといわなければならない。
然しながら、民事訴訟法第四百二十条第一項第三号に定める訴訟代理権の欠缺をもつて再審事由とするには、かかる無権代理人が訴訟代理人として口頭弁論期日に出頭しただけでは足りず、本人のため実質的な訴訟行為をなし、判決の基本となるべき弁論をなした場合を指すものと解するのが相当である。本件においては、控訴人は、別府弁護士が訴訟復代理人として前記口頭弁論期日に出頭し、弁論の延期を求めたというに止まるのであつて、(この点当事者間に争がない。)記録上同弁護士が本人たる控訴かのため事件につき弁論をなし、実質的な訴訟行為をしたことの証拠のない本件においては、前記期日は被告鈴木彦一郎(本件控訴人)が単にこれを懈怠したという結果に等しいのであるから、同弁護士に訴訟代理権がないからといつて、これをもつて前記条項に基く再審事由となすに足りないというべきである。
然らば控訴人の本件における主張は前記条項に基く再審の要件を欠くものであるから、本件再審の訴は爾余の点につき判断を下すまでもなく不適法として却下を免れない。従つてこれと同趣旨の原判決は正当で、本件控訴は理由がないからこれを棄却すべきものとし、民事訴訟法第三百八十四条、第九十五条、第八十九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 渡辺葆 牧野威夫 野本泰)